第42話 放送作家とプロデューサー
平日の昼。次の収録の企画書の製作に追われ、徹夜明けの中津は、自販機の前で伸びをした。
他人にあまり隙を見せたくない性格だが、誰もいないところでは気が緩む。
大きなあくびをしたところで、おりゃ、と真後ろからチョップをされた。
頭をさすりながら振り向くと気配を消していた槙野プロデューサーが、髭を撫でながら挨拶をしてきた。
小銭を自販機に入れながら、
「どうだ、アレは」
もう何年も槙野プロデューサーの下で働いている中津は、なにについて尋ねられているのかすぐに察すると、はい、と頷く。
「……ま、言われたことは抵抗しながらもこなす器用さはありますね」
「そうだなぁ。丁度ローリンローリンが解散して、キレ芸の場所が空いてたっていうのも大きいな」
アレのキレるリアクションは、飽きられやすいのが難点だけど、対抗する相手が今いないからな、とテレビ業界に勤めて三十年以上経つプロデューサーは、しれっと芸人事情について語る。
そのセリフに頷きながら、中津は持っていたボールペンで頭を掻きながら渋そうな顔をする。
「生意気なんですよ、あいつ」
「何か言われたか?」
「『笑いって言うのは、誰かを傷つける事で成り立ってんじゃないか。人間不信の引きこもり野郎と俺のことを思ってる奴は笑えるかもしれないけど、本当の引きこもりやニートは、俺を見ても笑えないだろう。笑うどころか、そいつは俺を見て嫌な思いをするんだ。あんた達は、そういう視聴者の気持ちを考えた事があるのか』ですって」
物まねをしながら中津が言うと、プロデューサーは一際大きい声で笑った。
「お前嫌いそうだなーそういう理屈こねてくる奴」
「大っきらいですよ。あんな素人が、俺が芸人十年やっててやっと気付いた事に、たった数カ月で気付くなんて」
それなら不細工ネタや貧乏ネタを主にしている奴はどうするんだ。
そんな事言うなら自虐ではない、全く正当派の漫才やコントをやってみろ、と文句を続ける。
「ああ、アレは伸びるよ。うまくやれば、だけどね」
髭を手で撫でながら、プロデューサーはまるで物を扱うように言う。
中津はその細い体のどこにそんな力があるんだというように重い機材を持ちあげ、所定の場所に置くと、嫌そうに首を振った。
「腹立ちますよ。若いんだから体張ってりゃいいのに、妙な精神論まで持ち出してきやがって」
「わはは、昔のお前にそっくりだな」
豪快にプロデューサーが笑って中津の背中を叩いてくると、バツが悪そうに眼鏡を押し上げる。
「俺の事は全然番組に使ってくれなかったくせに、よく言いますよ」
中津はため息をつくと、台本を丸めて歩きだした。
胸ポケットに入れてある携帯をいじり電話をかける。相手は出るのを渋っているのか、相当長いコール数待たされた。
やっと出た相手は、不機嫌そうな声をしている。
「作家の中津です。『週間サンセット』と『R―30』の雑誌の取材がきたから、入れといきました。明日会議室で取材をするので来てください。イベントの事、いっぱい宣伝してもらいますよ」
相手は火を切ったように怒りだす。
そんなの話に聞いてないだの、俺はタレントでも芸人でもないだの、マネージャー気取りで仕事を入れるなだの、その他放送禁止用語を連発される。
「文句を言わないでください。屁理屈は、インタビュアーの前でお願いします」
そう言ってまだ文句を言い続けている電話を切る。その黒ぶち眼鏡の奥の瞳は、ほんの少しだけ、嬉しそうだ。
ブルーレイ発売イベントは三日後に迫っていた。
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