第38話 黄昏時の邂逅
次々と仕事を入れられ、学校と局と家を往復する日々が続いた。
イベントの宣伝をするために、ネットCMや雑誌、テレビの取材に追われたのだ。
体力気力はどんどんエンプティに近づいていき、コミュニケーション能力の皆無な草野は記者を前に黙りこくる事も多かったが、そういう時は星川がいつもの調子で助け船を出してくれた。
大学では、話した事もない同じ学部の生徒に握手やサインを求められてしまうので、うんざりした草野は風邪でも花粉症でもないのに大きなマスクをつけて過ごしている。
その日も午前中で学校を終え、局に向かって雑誌の取材を三本と打ち合わせ。
最近、収録以外の仕事は星川と二人で行う事が増えた。
それが妙に頭の片隅にひっかかる。
雨が降っていた。せめて空ぐらい晴れてくれていれば、まだましなのにと、企画書で紙飛行機を折って飛ばしたら中津に大層怒られた。
草野は思う。人間は使命を持って生まれてくるのだと。
でも全ての人間が、「望み」と「使命」が同じなわけではない。
「優れた革命家」になることが使命だったナポレオンの望みは、「革命を起こす事」だったのだろう。
「支配からの解放者」になる事が使命だったガンジーの望みは、「仲間達を救う事」だったのだろう。
望みと使命が等しい者は、偉業を成し遂げ偉人となり後の世に名を残すのだろう。
自分の望みは「誰にもなんとも思われない、植物のように生きる事」。
でも、まだ知らぬ使命はそうじゃないのかもしれない。だからきっと、俺は偉人にはなれない。
すれ違うサラリーマン、単語帳をめくる浪人生、アフター5を楽しむOL、派手な髪形をしたキャバ嬢。
すれ違う一体どれほどの人数が、望みと使命がイコールな生活をしているのだろう。
仕事終わり。駅の階段を上っていると、平日の帰宅時間とはいえ、普段よりも人でごった返している。
ふと電光掲示板を見ると、三つ先の駅で人身事故が起きて遅延している、という。仕事帰りの会社員たちは舌打ちをし、買い物帰りの主婦は家族に遅くなりそうだと電話をしている。
電車の復旧のめどはついていないと、何度も駅員がアナウンスを繰り返す。
周りの人たちは、じゃあ地下鉄で、バスで、タクシーでと、各々の違う帰宅を考えホームから去っていくが、草野は別段急ぐわけでもなく、ドアの開く場所の最前列に並んでぼんやりと線路を見渡していた。
人身事故だと言ってはいるが、どっかの誰かが自殺したのだ。ホームに飛び込んで。
アナウンスは何度も、乗り換えの方法などを放送している。大勢の人が慌ただしく駆けて行くホームの上、草野は自分だけ時間が止まってしまったのではないかと錯覚した。
俺も線路に降りてみようか。
夕暮れは、どうしても昔から狂気じみた自分が少しだけ顔を出す。
「人身事故だって、怖いね」
いつの間にか後ろにいた星川が話しかけて来た。
ライダースのジャケットを羽織り、ニット帽を目深にかぶっているが、声ですぐにわかる。
星川が乗るのは反対側の電車のはずだが、すっと草野の横を陣取った。どっちにしろ全線止まっているのだ。
「自殺かなぁ。最近多いよね」
電光掲示板の赤い文字を目で追う星川。
「分からないぞ。周りはみんな自殺って言うかもしれないが、死んだ本人はそんな自覚は無くて、ちょっと遠くへ行きたくなって、スタンドバイミーごっこをしていただけかもしれん。
どっちにしろ、死人に口なしか。明日は我が身だな」
そう呟くと、星川はぎょっとして草野を見た。
そんなこと考えもしなかった、といったような目。
何か言おうとして、しかし何も言えず、悲しげに眼を伏せている。
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