第36話 ブルーレイ発売感謝記念イベント


「『ハル☆ボシに願いを!』、ブルーレイ化決定おめでと―う!」



 会議室を開けた途端、陽気なプロデューサーの声と、小さな破裂音と共に色紙が舞い上がった。


「いやー、思いきっちゃったよねぇ。ネット番組としては異例の早さだよねぇ。これもひとえに三人のおかげだよ。よっ、ゴールデントリオ!」


 髭の似合うダンディな槙野プロデューサーは、もうどこかで一杯ひっかけてきたのか、赤ら顔で実に愉快そうだ。


それもそうだろう。番組が売れれば、不自由してなさそうな懐に、またがっぽリとお金が舞い込んでくるのだろうから。


「え、そうなんですか! やったね草野君、ハル君!」


なんで呼ばれたのか知らなかったのだろう、今日もびしっとグレーのジャケットで決めた星川は、子供のように目を輝かせて驚いた。

走って来て汗びっしょりの草野の手を取り、くるくると回りだす。


「やめろ、何が嬉しいんだよこんなの!」


 そのタンゴだかルンバだか知らない踊りを踊る星川の手を振りほどき、草野は地団太を踏んだ。



「まだブルーレイ化は分かる。全国の店に俺の醜態が並ぶかと思うとぶっ倒れそうだが、もう放送された時点で全国に映っちゃってるんだから、それは諦める。だけど、これは納得できねぇな」


 草野は母親からぶん取ってきた雑誌をプロデューサー、そして後ろに控えているディレクター達に掲げて見せた。


そこには、


「話題沸騰のネット番組、『ハル☆ボシに願いを!』、早くもブルーレイ化! 発売イベント決定! 

購入者のうち先着三千名は、メンバー三人と握手会も!」


と、大胆に見開きページを使って書かれている。

 横に居る星川はそれを見て、


「ファンやウォッチャー達と直に触れあえるってことですね。

凄いなぁ、こんな大規模なイベントできるなんて…」


と、目に涙を浮かべている。

プロデューサーは、「いつも頑張ってる三人にご褒美だよ」と笑っている。ハルも、「プロデューサーやりますわぁ」と、満足げだ。

 

この中で不満を持っているのは、どうやら草野だけらしい。


腑に落ちないぜ。


「なんだよ三千人と握手会って……正気か……?」


 震える手で雑誌を見ると、部屋の奥の中津が眼鏡を押し上げながら、不気味な笑みを浮かべていた。

 草野は大都会の中心で途方に暮れた。


「大変でしたよ、会場を押さえるのも宣伝を打つのも。

ま、存分に売り上げに貢献して、元を取ってくださいね」

 

したり顔である。

 

星川もハルも、一斉にはい、と頷く。


確かに、民放のゴールデンタイムの番組ではなく、いちネット番組がするイベント企画にしては破格の規模である。喜ぶべき事だとは、思うのだが。

 

よく朝のニュースなどで、アイドルやタレントが自分の写真集を発売した時に行われるイベントの記者会見の図を思い浮かべた。


舞台の上で、沢山の記者がフラッシュをたいている。その中で、にこやかに手を振る自分。手には新発売のブルーレイ。


そしてその後、沢山のファン達と和やかな交流会が行われました、と、人気アナウンサーが頭の中でナレーターまでつけている。


想像するだけで、まだ握手もしていないのに手は汗でぐっしょりと濡れていた。


三千人って、通っていた高校の全校生徒の数の三倍じゃないか。

 

顔も名前も知らない相手、でも相手は自分を知ってる相手に「頑張ってください」、「いつも見てます」なんて事を言われながら、ベルトコンベアー方式に次々と握手をしていくなんて、考えただけで失神して失禁してしまいそうだ。


三千のうち、トイレに行って洗って無い手はどれくらいあるんだろうか?

 

そんなめくるめく思考の中に囚われていると、いつの間にか話は終わり解散になっていたらしく、会議室の中にたった一人で取り残されていた。


「おい!」と声を上げるも、時すでに遅し。

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