第35話 休む暇もない

ガラ、と勢いよく部屋の扉が開いた。

 

最近ますます肉付きの良くなったオカンがこっちを見ていた。


「あら、いたの篤志。なんでこんな真っ暗にしてんの。

目が悪くなるから電気つけなさい」

 

あまりに静かだったので外出中だと思ったのだろう。母親は手に洗濯物と掃除機を持っている。

こうやって知らないうちに、自分の部屋はガサ入れを受けているのだ。

草野は、掃除をしてくれている事に対する感謝の気持ちよりも先に、誰に許可取って入ってんだよ、という思春期のような反抗をした。

 

母親は遠慮なくずかずかあがりこんで来て、窓に手をやりカーテンを開けた。眩しいほどの光が部屋を埋め尽くし、今が昼の二時だと言う事がやっとわかった。


徹夜明けの眼球に直射日光きつすぎる。

草野は「目がぁ、目がぁ!」と叫びながら毛布の中に体をねじ込んだ。



「たまに休みかと思ったら、こんなゲームばっかやって。まったくこの子は…」


「はいはい、掃除なんかしなくていいよ」



そんな息子の言葉など聞くわけもなく、母親は掃除機を勝手にかけはじめる。


うるさい吸引音が耳をつんざく。数分そうして毛布の中で息をひそめていたら、くるまった毛布の上にボスッと何かが落ちる感触がした。


「そう、この雑誌にアンタが載ってたよ。

良かったわね~、星川君のおかげねぇ」

 

母親が投げてきた雑誌を、頭だけ出して確認する。

それはTV番組の予定表と、出演俳優のインタビューばかりが載っているやつだ。

イケメン俳優がレモンを持っている表紙が特徴的である。

 


端が折られたページを開くと、



「――――――はあああああ!?」



草野は飛び起きた。眠気などコンマ一秒でブラジルまで吹っ飛んだ。

 

その記事に書かれた、大々的なアオリ文に、聞いてねぇぞ、と立ち上がる。

 

するとまるでタイミングをはかったかのように、携帯が着信を告げて震えた。

 

相手は案の定、『構成作家 中津』である。


すぐに通話ボタンを押した。



『どうも中津です。今大丈夫でしょうか』


「おい、TVプレスの記事、なんだよこれ」


『ああ読みましたか。なら話は早い』


「また勝手に話し決めたな! 〇〇野郎!」


『その言葉、番組の中では言わないようにね。放送禁止用語なんで。

詳しい話は今からするので、会議室まで来てください』


「いい加減にしろよ。仏の顔は三度だが、俺の顔は一度もゆるさねぇからな」


『心配しなくても、プロデューサーの気が変われば、すぐにでも切ってあげますよ』


草野はその冷血漢の構成作家を散々口汚く罵った。

横にいる母親は、「小学生の時は、優しい子だったのにねぇ…こんな子になんでなっちゃったのかしら」とため息をついている。

 

通話を切って、ついでに勢い余って電源まで切って、立ち上がる。真昼の日差しは未だに眩しい。



「ちょっと出かけてくる」


「行ってらっしゃい。星川君に、また遊びに来てねって言っといてね~」



のんきな母親は相変わらずの星川ファンで、毎回放送を見る度にハルのハリセンを食らわせるシーンでも「痛がってる姿もカッコいいわぁ」とか言っている。


なんで同じ家で二十年以上同じ飯食って生きてるのに、こんなにのんびりした性格になるのか、母親をちょっと羨ましくなった。

 


ちらりと、テーブルに染みついた三カ条に目をやる。

 

クソ。しらねぇよ、こんなの。

 

俺は毎日を生きるだけで精一杯だよ。

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