第33話 一方的な解散宣言
「ハルから電話が来てるよ」
「なんやろ。すみません、草野さん出てくださいますやろか」
パーソナルな物なので結構触れられる事を嫌がる人も多いが、ミカは意外に大雑把な性格らしい。
いいの? ともう一度尋ねて、お願いしますと返って来たので、草野は恐る恐る、陽気な音楽を奏でるミカのスマホを手に取った。
通話ボタンを押して耳に当てる。
『もしもし。はよ出ろや』
すぐに、ハルの憮然とした声が聞こえた。
草野は今相手してるのがミカではなく、頼まれて自分が出ているのだと説明しようとして、しかし喋ったら『なんでアンタが出んねんドアホ!』とキレられそうな気がして、躊躇していた。
すると、その迷っているタイミングで、ハルはとんでもない事を言った。
『な、うちら解散しよか』
何の感情もない無機質な声。
草野は一瞬言葉の意味が分からず、口をぽかんと開けたままだった。
電話越し、自分をミカだと勘違いしているハルは続ける。
どこに居るのだろう。とても静かだが、時折遠くで電車の通る音が聞こえる。
『もう限界と思わんか? 二人でやってくのは無理や』
淡々と、業務連絡をするように喋るハルは、自分の知っている声じゃないように冷たい。
『……何も言わんか。せやろな』
どうすればいいのだろう。自分はミカではないと言うべきか。
しかし、苦楽を共にずっと歩んできた二人の、大切な会話を盗み聞きしてしまった罪悪感で、言葉が出てこない。
『その方がお互いのためや。……じゃ、また今度話そ』
と言って、一方的に電話は切れてしまった。
結局一言も言葉を発することは無く、草野はスマホを持ったままぼんやりとしていた。
画面には、通話時間三十二秒と表示されている。
その程度の時間で、重大な事を言いきってしまうのだから、ハルらしいと言えばハルらしい。
着替え終わったミカが私服姿で出てきて、何も気が付いていない無邪気な笑顔で「あの子なんて言ってました? どうせまたこっちの話聞かんと、切ってもうたでしょ」と尋ねてくる。
ミカのその笑顔が、今から自分が言う言葉によって泣き顔に変わってしまうのかもしれないと言う不安がよぎって、草野は黙ってミカの顔を見ていた。まだ少女らしさを残す、あどけない表情。
「先に帰ってゴメンって、それだけ言ってたよ」
嘘をついた。
当たり前のようにその言葉が出てきた自分に驚いた。
代理で出ただけなのだから、用件を素直に言えばいいだけなのに。
ミカは脱いだセーラー服を畳みながら、「なんや、そんなん怒ってないのになぁ」とスマホを鞄にしまった。
『解散』の二文字が、脳内を占拠する。
草野は口元に手を置き、チリチリと点滅している部屋の端の電球を眺めて、ミカから視線を反らしていた。
すると小太りの国友ディレクターが控室に入って来て、
「まだいたのか。今日はこれでバラシだ」
と注意してきたので、荷物をまとめて立ち上がる。
「草野さん、一緒に帰りましょ」
ミカのショートカットの髪の毛が、細い首の横で揺れている。
小柄な体には大きすぎるほどの鞄を抱えて、跳ぶように出口へと駆けて行く。
日本中のお笑い好きを魅了する、愛らしい後ろお姿。
夜中の十二時を告げ、壁掛け時計のベルが小さく鳴った。
偽証罪を犯してしまった男は、誰もいなくなった部屋に立ちつくす。
自分の心臓の鼓動と、いつかハルの歌っていた懐かしいメロディーが、頭の中で繰り返し繰り返し響いていた。
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