第27話 人生ガチャはSSR

それまで黙って聞いていた星川が、腕時計を確認すると、


「あ、そろそろ今日の収録の時間だよ」

 

と言った。

収録という言葉に反応した草野は体を反らすと、星川の視線から逃げるようにテーブルの下に隠れた。



「行かない。もう俺は行かない」


「わがまま言うなよ草野君」


「いかない。いかない」



 三歳児のように行かないと連呼する草野に、ほとほと呆れて肩をすくめる星川。


「じゃあ僕がコロシアムで勝ったら行くって約束してくれる?」

 

多少の間の後に、それならば、と草野がテーブルの下から出てきた。

根っからのゲームマニアの血が騒いだし、星川には負けないという自負からだろう。


前と同じように、全員が鞄の中からスマホを取り出してファミレスのテーブルに設置する。

壮大なテーマが流れ、草原の中に立っている『光合成マン』のグラフィックが映る。


ワープの呪文で城下町へと飛び、すぐに『光合成マン』VS『彦星』の対決の申し込みをして、闘技場の中に立つ。


審判の掛け声でゴングが鳴らされ、疾風の魔剣士の異名を持つ『光合成マン』は目にもとまらぬスピードでコマンドを入力していく。


しかし、観客席で見ている他の二人が、『彦星』に向かって大量の強化アイテムやら回復アイテムを投げていくので一向にHPが減らない。


「ずるくない? ねえちょっとずるくない?」


連呼するも、打ち合わせをしていたかのような連係プレーで『彦星』に絶妙なタイミングで補佐をしていく。


しまいには、どこで手に入れたのか、超レアアイテムで一撃必殺で相手を仕留める事のできる「竜の牙」という武器を『悪玉菌太郎』が投げてきた。


「おいおい、どこでそれ手に入れたんだよ! 教えろよ!」


叫ぶも『悪玉菌太郎』はニヤニヤするだけだ。


技術は下手だが、多大なるサポートのおかげで、「竜の牙」を掴んだ『彦星』はあっさりと『光合成マン』に勝利した。



草野は机に突っ伏した。


星川はにっこりと笑う。



「さ、男に二言は無いだろう? ほら行くよ」


ずるずると首根っこをつかまれて連れて行かれる。体型維持のために筋トレをしているという星川は、細身に見えて力は強い。


草野は引きずられるまま店を出て行く羽目になる。


テーブルでは、慈悲も無いギルドの他メンバー達が、実に爽やかな笑顔で『光合成マン』と『彦星』を見送った。




 店の外でタクシーを止め、無理矢理草野を中にねじ込み、シートベルトをつけた星川が語る。


「そういえば番組に、人気ユーチューバーの人が草野くんとコラボしたいって連絡来てたってよ」


「しません」


「メンズ誌やニュースサイトが、インタビューしたいってのも」


「受けません」


「僕の事務所の読者モデルの女の子が、草野くんと飲みたいから連絡先教えて欲しいって」


「教えません」

 

タクシーの天井を眺めながらAIの自動音声のように返答する草野。

星川は苦笑いして頬を掻く。まあそう言うと思ったけど、と呟く。


「今まで俺を馬鹿にしてきたような奴らが、少し注目されただけで手のひら返しとはな。どうせ何か粗探しされて、すぐ突き放されるんだ」


「まあ、否定はできないけどね。それが有名人の宿命かもね」

 

大御所俳優の二世として持ち上げられてきた星川は、自らも思い当たることがあるのか、頷きながらスマホの画面に目を落とす。


「だったら、いっそ今だけの期間限定ログインボーナスだと割り切って、楽しめばいいのに」


「……どうせろくなガチャは引かない。人生にリセマラはできないしな」

 

今だけ楽しめばいいという星川に、無駄に時間を課金して痛い目見たくないという草野。例えがゲームなあたり、引きこもりオタクの余韻を残している。

SSRのガチャを当ててしまった結果がこれだ。強いカードが必ずしもいいとは限らない。


賑わう都内の夜を、二人を乗せたタクシーは走り続ける。

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