第28話 不夜城のアツシ

「おいちょっと待て」


 草野は辺りを見渡した。どう考えても、自分の頭の中の想像と違う場所である。


「局は有楽町だろ。なんで俺はいま新宿に居るんだ」

 

眠らない街、新宿。

アルタ前を見上げながら、自分をここまで連れてきた星川に突っ込んだ。


「いやあ、大丈夫大丈夫。平気平気」


「何がだよ! ………っと、勝手に撮らないでほしいんだけど」


確信犯らしい星川は笑いながらどんどん歩いて行ってしまう。


居酒屋やカラオケの客引きを軽やかに避けながら歩く姿は実に優雅である。

草野と星川に気がついた通行人達が、話しかけるでもなく遠巻きに写真を撮ってくるので、草野は舌打ちをして足早に逃げる。


「モラルの欠如もいいとこだ」


と、ぶつぶつ文句を言う。

 

星川は交差点を渡り、信号の前に止まっている白いバンを指さした。


「ほら、あそこにスタッフやハル君が待機してるから」

 

草野の体に内蔵されている「ヤバいぞセンサー」が反応した。

 

怪しい、怪しすぎる。


何故、収録と言われたのにつれてこられたのが新宿で、しかもドンキホ―テの前の決して治安が良くない場所に車が停まっているのだろうか。

しかも、窓にカーテンが引かれていて、外からは何も見えないようになっている。


「よろしくお願いしまーす」

 

星川が声をかけて扉を開け、中に入る。

全身で警戒しながら後に続くと、車の中は思ったよりも広く、中には運転席に彫りの深い顔立ちの斎藤ディレクター、助手席に構成作家の中津が座っており、中央には普段の収録の時に使うよりも小さいカメラを持ったカメラマン、後部座席にはハルと、垂れ目のスタイリスト。

 

そしてその横には、大きな化粧道具入れ、スーツがたくさん揃っている。

 

スタイリストは草野を見てばっちしウインクをした。



「さあさ、篤志クン。メイクアップのお時間よ?」

 


ま さ か。

 

草野はコンマ一秒で危険を察知した。「ヤバいぞセンサー」は有能なのである。


引き戸であるロケバスの扉に手をかけ、外へ飛びだそうとする。

 

しかしすぐに、確保される。


「離せぇ! な、何する気だお前らあぁ………っ!」


「観念しぃやAD。自分メインのロケしてもらえる事を有難いと思うんやな」


ハルが頷きながら手を振る。


星川が、暴れる草野のパーカーのフードを掴んで、外に逃げる事を制止する。

 

ドンッ

 

衝撃が走って、草野の意識は一瞬にして闇に投げ出された。

まるで格闘漫画よろしく、構成作家の中津が草野の首元に素早く手刀を繰り出したのだ。

 

きらり、と中津の眼鏡の縁がきらめく。

 

星川とハルがあんぐりと、眼鏡を押し上げる中津と、ぐったりと崩れ落ちる草野を見比べているが、中津はまるで何事もなかったかのようにスタイリストに「よろしくおねがいします」と草野を預けた。

 

数十分後、草野は自分の頬に軽くはたかれる衝撃で起きた。


顔を覗き込んできたのはスタイリストだ。


「ほら見て篤志クン、こーんなに男前になったよ」

 

大きな手鏡を自分の前に向けてくる。

 

その鏡の中には、日々世界に矛盾を感じていそうな、無愛想な男。

人はあまりに驚くと声が出ないのだと知った。

 

明るい茶色のウィッグ、顔に塗りたくられたファンデーション。香水の香り。

おおよそ草野が知らない化粧道具を駆使され、綺麗に「夜の顔」に仕上げられている。

 

着させられているのは、何故かストライプの黒スーツ。

 

絶句して何度も鏡を確認していると、中津は景気良く手を叩いて言った。


「さ、ハル☆ボシに願いを! ロケスペシャル第一弾。

『女性不信・AD草野君にホストクラブで女性の扱い方を教えてもらおう』の回、撮影開始!」

 

バンの扉が開いた。


「僕達は車内でモニタリングしてるからね」


「せいぜい良いリアクション取ってなぁ」

 

ハルと星川が爽やかに告げる。


「いい画を期待してますよ」

 

敏腕腹黒鬼畜構成作家は、綺麗に手刀を決めた手で草野を掴んだ。

 

斎藤と中津に両腕を押さえられ、半ば捕獲された宇宙人状態で、夜の新宿に連れだされる。抵抗するも、ほとんど抱えられる様にして連れて行かれる。

 

助けて警察の皆さん! だの、お前ら次出会うのは法廷だからな、とわめき散らす草野は行きかう人々の注目を浴びはしたが、誰も特に興味を示したり助けたりはしなかった。


ああ、大都会ロンリネス。アスファルトジャングルか、と吐き捨てる。

そんな様子を、斜め前を歩くカメラマンは逐一カメラで映している。


そして連れてこられたのは、ピンク色の看板に電飾がつけられた店の入口であった。そこには『不夜城』と書かれている。

 

うそウソ嘘でしょ、と手足をばたつかせて抵抗するも、ガタイの良い斎藤ディレクターにぐいぐい押されて店の中に入れられてしまった。

 

扉を開くと、やけに熱気のこもった空気が顔にぶつかった。


バニラのような、いやに甘ったるいムスクの香りがどこからともなくただよってくる。



「いーっらっしゃいませぇ、今夜のナンバーワン、アツシのお通りです!」

 


プロフェッショナルな腕で着飾った草野を出迎えたのは、金髪や赤髪の派手な髪色のイケメンたち。列に並んで、一斉に頭を下げてきた。


『一番前の人が、その店のオーナーの朔夜さんや。ちゃんとあいさつしい』

 

耳につけられたイヤホンから、別室でモニタリングしているハルの言葉が聞こえた。

 

金髪にサングラスをかけた背の高い男性は、にこりと白い歯を見せた。


「……よろしくお願いします。……その歯いくらぐらいかかったんですか」

 

イヤホンからは『馬鹿!』というハルからの咎める声が聞こえた。

しかしそこは心の広いオーナー、ホワイトニングをしまくっているであろう歯を見せつけると、「まあざっと二百万かな?」と笑っている。

 草野の貧相な体にねじ込んだ肩パットが、ずる、と落ちた。

 

クール系、いかつい系、可愛い系と、いろんなイケメンが、黒を基調とした壁とふかふかのソファが置かれている客席へと案内してくる。

様々な香水が入り混じった匂いで吐き気がする。

 

へっぴり腰で、出口のドアへと後ずさる。


「この前番組見ましたよ!」


「緊張しないでくださいね、女の子のお客さんたちが待ってます」

 

耳打ちをしてくるホスト達。みんなカラコンやネイルをしていて、今までの人生で一度もかかわったことのない人種だと、ネトゲ廃人の疾風の魔剣士はおののいた。


「離せ…! ちょ、カメラ向けんな……お前ら、見てんじゃねえええええ!」


 化粧をしている草野の顔にフォーカスを当てるカメラマンを払いのける。


「さあ今宵の主役は、ハルボシで大注目を浴びた時の人、その名もアツシ!

彼のトークとあどけない笑顔に姫様たちもメロメロか!

一夜限りのスペシャルタイム! 熱い夢を見させてアツシ!」

 


マイクパフォーマンスが流れ、きらめくミラーボールとともにシャンパンタワーが照らされた。


客たちの歓声が上がり、高そうな酒とフルーツ盛り合わせがテーブルに置かれた。

 

胸を強調させた女の子の隣に座らされ、煙草の火のつけ方や酒のかき回し方などをレクチャーされ、コールを一緒に大声でやらされて、最終的には大画面のカラオケをデュエットさせられたが、何故だか途中からプッツリと記憶がない。

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