第4章 大人の事情でお送りします
第26話 心の平安を取り戻せ
休日の昼下がり。
ランチタイムは過ぎたとはいえ、人の入りの多いファミレスチェーン店に鎮座する、年齢も職業もバラバラな男四人。
『チーム極楽鳥』という名のギルドの仲間同士は、現実世界でも仲間として、顔を合わせている。
『ヘルニア大佐』という眼鏡の大学生は、つきあいたての彼女と何やら楽しげに連絡を取っており、『悪玉菌太郎』という耳に大量のピアスを開けた男はノートパソコンをいじり、『彦星』ことモデルをやっている男は携帯ゲーム機をいじっている。
『光合成マン』こと引きこもり大学生、もとい、今や日本中から注目されている、素人ADお笑いタレントは、ストローをガシガシ噛みながら宙を見上げて頬杖をついている。
その眉間にはしっかりと皺が刻まれており、「俺は今、人生を全く楽しんでいませんよ」といった顔である。
「しかし驚いたよな。まさか『彦星』がモデルで、『光合成マン』がお笑いタレントだったなんて」
「おい、間違ってるっての」
「この前見たぜ、『ハル☆ボシ』。『光合成マン』の笑いのセンスにツボったよ」
訂正したのに、まだ草野をお笑いタレント呼ばわりする『悪玉菌太郎』に腹が立つ。
「『光合成マン』さんも、これを機に彼女作っちゃえばいいんですよ」
はたかれた頭をさすりながら、二ヤけ顔の『ヘルニア大佐』の方に顔を向ける。どうやら初めてできた彼女とも順調らしく、さっきからずっとスマホに夢中だ。
「いい気なもんだなぁ『大佐』よぉ。なに? 恋愛の先輩気分?
女の口説き方やデートの仕方を俺にレクチャーする気?」
「そんな気はないですよぉ」
『ヘルニア大佐』は草野の言葉にぶんぶん、と手を横に振るも、通知音が響き、スマホを見ると鼻の下を伸ばした。
彼女から返信なのだろう。待ち受け画面も、彼女とのツーショット写真だ。
イラッとした草野は素早く『ヘルニア大佐』のスマホを奪い、返信しようと開いていた画面に音速で「今まで黙ってたけど、僕はママのことしか愛せないんだ。さようなら」と打って見知らぬ彼女に送ってやる。
送信履歴を見た『ヘルニア大佐』はこの世のものとは思えないほどの叫び声を上げた。
「くだらん! 実に下らんよ君達!
日和ってるとはどういうことだ! 平和ボケか!」
草野はアニメのキャラのような口調でテーブルを叩いた。
勢い余って肘で注文ボタンを押してしまったらしく、ピンポーンという音が響いてすぐに店員がメニューを聞きにやってきた。すみません押し間違えました、と謝って帰ってもらう。とても格好悪い。
気を取り直して咳払いを一つ。
「今回ここに集まってもらったのは、俺の今のこの状況を、どうにか打破するためにみんなに意見を出してもらおうと思ったからだ!」
その声高らかなセリフに、『彦星』は携帯ゲーム機を、『悪玉菌太郎』はパソコンを、『ヘルニア大佐』はスマホを置き、草野に注目する。
「なにが嫌なんだよ。芸能人と会えて、みんなにちやほやされて、お金もらえて。最高じゃねーか」
『悪玉菌太郎』は呆れて言うと、
「…まあ確かに、金は貰っている」
草野も渋々頷いた。
この前金をおろそうとコンビニのATMに行ったら、いつの間に振り込まれたらしいギャラの値段が表示されていて、その値段に度肝を抜かれた。
そこまで大した値段ではないのだが、今までろくにバイトもせず、齧れるだけの親のスネを齧りまくっていた草野にとってそれは魅力な金額だったわけだが。
「でも、ほら。人生お金じゃないだろ!」
誘惑に負けじと賛同を得ようとするも、
「金だろ」
「金ですね」
とすぐに一蹴される。
「他に大事なものって逆になんだ? お前がまさか、愛だなんて言わないよな」
『悪玉菌太郎』は冷たく聞き返す。
草野は言葉に詰まりながらも、拳で心臓を叩きながら、
「一番大事なのは、心の平安だ」
三人から一斉にため息が漏れた。
『悪玉菌太郎』は再びパソコンのキ―ボードをいじり、
「いーじゃん、たまたまピンチヒッターで任された大役が、人気につながるなんてまさにシンデレラストーリーじゃねーか。
見てみろよ。今動画サイトあさってたら、お前のファンが作ったやつがあったぜ」
そうやって見せてきたのは、公式サイトに載っている番組のアーカイブから取った画像や動画をうまい具合に編集し、音楽を付けたMADと呼ばれる動画だった。
「おまっ……さっきからパソコンいじってると思ったら…」
画面を覗き込むと、『三分でわかるぶち切れ貴公子AD草野』というタイトルで、毎回草野がキレている所だけが編集されている。
「情熱大陸」のテーマに合わせて、「運命運命うううう運命なんて信じない!」、「ハムスターが大好きだ!」などと、そこだけ聞いたら訳が分からない事を叫んでいる。
草野は、その動画を製作した奴のIDを見つめ、「絶対お開示請求してやるから覚えとけよ」と固く心に誓う。
再生数や、そこに寄せられたコメントを見て、暇人どもめ! とファミレスでたむろっている自分のことを棚に上げて言う。
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