第24話 最高にポジティブなやつ

 チャットのコメントはさらに書き込まれていき、


『ちょwwww悲ww惨wwww』

『純粋に可哀想』

『ミスター・サ―ズデ―と今度から呼ぶぜ!』


 と、勝手にお祭り状態である。


 どんなに俺がこのことで傷ついたかを知っている癖に、番組を沸かす一エピソードとして使いやがった星川の横顔を睨みつける。


 草野は固く復讐を誓った。


 そして激しい羞恥心の渦の中、すぐに復讐の方法を思いついた。

 この一見爽やかを気取っている友人の本性をバラしてやりたくて、高速で目の前のパソコン画面をスクロールし、奴を陥れる事のできるコメントを探す。


 そして、あたかも普通な書き込みを発見して、星川に投げかけてみる。

「おい、星川。お前にもコメント来てるぞ。

『オナラどっかん』さんが、『星川の好きな女のタイプは?』だってよ」


 木曜事変の名残でまだ笑いの余韻の残る中、そう問いを投げかけると、星川はうん? と小首をかしげて、当たり前のように言った。


「僕は、気の強い女性が良いなぁ」


 スタジオは一瞬静まり返った。

 事情を知っていてスカウトしたプロデューサーだけは、野太い声でがっはっはと笑っている。


 草野は畳みかけるように尋ねていく。


「具体的にはどういうことだ?」


「笑顔で、胸にズキズキ来るセリフを言ってほしいよねぇ」


 ははは、とまるで休日の過ごし方を聞かれて「リラックスするために小旅行に行きますね」と答えるようなノリで言う星川。


「うんうん。愛のある言葉の暴力は、素敵だよねぇ。もちろん僕が受ける側だよ? 

華奢な女の子から放たれる、口汚い罵倒! 想像するだけでぞくぞくするなぁ」


 と答えている。


 星川は腕を組んで得意げに頷いている。

 いつものファミレスドリンクバーコースの時に嫌というほど聞いていた話だったので、草野はしめたぞ、と内心ほくそ笑む。

 

 横のハルは、口をぽかんと開けドン引きしているようだ。

 

 いいぞいいぞ、目に見えてこいつの好感度は下がっていってるようだ。


「でもさ、なかなかそんな子いないんだよねぇ」


 寂しいよ、首を振る星川に、すかさずハルが突っ込む。


「当たり前やろ。そんな女の子がどこにおんねん。そういうお店行けば」


 なにこいつ、と嫌そうに顔をひきつらせている。


 しかしその一見当たり前な言葉に、温厚が服を着て歩いているような星川が一変、


「恋愛と仕事を一緒にしないでおくれよ! 僕をバカにしているのかい?」

 

 ガン、と机を叩いて反論してきた。

 目を三角にして、鼻息荒くハルに言い返す。


「たとえお金を払って数分間、罵られたりしばかれたりしても、それはビジネス上の関係にすぎないじゃないか。

 女の子はお金をもらって僕をなじる、僕はお金を払ってそれを楽しむ。

 そんなお金だけの関係なんて悲しいじゃないか! そう思わないかい?」


「駄目だ、こいつ本当の駄目人間だ」


「アカン黙らせんと。この番組、女子中学生とかも見てんねんで」


 何やら怒りの琴線に触れてしまったらしい星川は、「分かってない、君達は何一つ分かっていないよ!」と鼻息荒く怒っている。


 チャットを見ると、

『イメージ崩れる!』

『そんな性格だったなんて…ショック』


 と書かれた女性からのコメントと、


『カメラの前で性癖を暴露するとは……』

『いけすかないイケメンだと思っていたが、好きになったぜ』

『いいぞもっとやれ』

『俺も気強い女の人好き』


 という男性からの絶賛コメントで、両極端である。


「すごいぞ星川。女性ウォッチャーからの非難の声が」


 そこで星川は、草野の思惑に気がついたのかハッとし、チャット画面を覗き込んだ。

 そこには、幻滅したという声が多数上がっている。


 星川は険しい顔をして草野を見た。

 ため息をついて、諭すように。


「草野君、これが狙いかい。

 君って人は実に最低な人間だな」


「俺のトラウマをほじくり返したお前が言うか?」


 ふん、と鼻で笑ってやると、星川は勢いよく立ちあがった。


「いいかい、僕を馬鹿にしている草野君、そして引いてるハル君、スタッフさん。

 さらに画面の向こうのウォッチャーの君達! 

 僕は自分の名誉のために、これだけは言っておく!」


 どうやらスイッチが入っちゃったらしき星川は、拳を胸に当て自分の性癖を擁護すべく激しいディベートを始めた。


「いいかい、マゾヒストだの、Mだの、言葉だけ聞くととってもネガティブないいやらしいイメージがあるよね。

 でも違うんだよ。考えてみたまえ。

 僕らにとっては、辛い事や痛い事は、イコール『気持ちが良いこと』なんだよ。それは精神的なものも含まれるんだ」

 

 身振り手振りをつけながら、いたって真面目に説いていく。

 

 モニターを見るとそんな彼の様子がアップで映し出されており、生放送でネット配信されている事が分かる。


「だから、嫌な事があっても気持ちいい。

 怒られても、プライドが踏みにじられても、それなりに気持ちいい!

 良い事や楽しい事はそのまま気持ちいいから、僕は人生のほとんどをいい気分で過ごせるんだ。

 逆にドSの人なんて同情するよ。

 きっといらいらする事ばかりで、ちっとも楽しくなんてないだろうねぇ。

 最強のポジティブは、最高なんだ!」


 星川の、『僕は間違ったことは言ってないんですよの眼』は凄かった。


 聞いているこっちが、確かにそうかも、と少し思わせてしまう力強さがその瞳にはあった。

 

 でも、落ち着け。

 ただこいつは性癖の話をしてるんだぜ。全世界に向けて。


「人生をつまんないと思ってる君、是非こっち側の世界に来る事をお勧めする! 

 必ずや世界は広がるよ! さあ一緒に、ラブイズバイオレンス!」


「いい加減にせい!」


 痺れを切らせたハルがお得意の巨大ハリセンで星川の横っ面を仕留めた。

 その打席に立つのはいつも草野だったので、食らうのが初めての星川は勢いよく床に転がった。

 

 しかし四つん這いの姿のまま、ぴくぴくと痙攣していたかと思うと、親指を立ててぐっとこちらに高々と突き出してきた。

 

 スタジオ中に響き渡る笑い声。


「おおぉ……これはなかなかいい刺激だ……!

 いつもこんなのを食らっていたのか草野君……!

 正直、君は今僕が一番嫉妬する人間だよ」


「ごめん星川。謝るからもう喋んないで」


 草野はもういたたまれなくなって、自分の顔を覆った。

 ここまでアレな奴とは思わなかったのだ。

 

 衝撃で立てなくなっているその四つん這いの尻に、容赦なくハルがハリセンを下ろす。


「ああっ、駄目だよハル君子供が見ている! もっとやってくれ!」


「どっちやねん!」

 

 床でもんどり打っている星川に、素早くカメラマンは近づきその表情を真上から映した。

 

 嫌がる仕草をしながらも、その瞳は「来い来い、ばっちこい」と語りかけてきていて、さすがのハルも気色が悪そうに、二打目を渋っている。


「アカン、何やってもこいつを喜ばせてまうと思うと鳥肌立つわ」


 ハリセンを持ったまま後ずさりをした。


「ああ、ご褒美はもう終わりかい」


「ご褒美ちゃうけど」



 星川は不気味な笑みをこぼしている。


 チャットは悪ノリのする奴らで大盛り上がりで、


『コーナー化しろ』

『変態という名の紳士め…』

『これ、上の人が怒られそうだなwww』

『来週から星川がいなくなっているに一票』


 と、好き放題言われている。 



 ぜえぜえと肩で息をしながら星川は立ち上がる。

 名残惜しそうにハルの方にちらりと目を向けると、ハルはその視線から逃れるようにそっと奥へと移動した。


 そんなくだらない事をやっていたら時間はどんどん過ぎて行くのだ。

 ディレクターがカンペで、エンディングの時間だと言ってきた。


「来週からは、なんと低予算のネット番組としては異例の、ロケのコーナーが始まる予定です。

 その名も、『ぶち切れ草野君のチャレンジリアクションのコーナー!』です。

 みなさん、草野君にやってほしいシチュエーションを書いて、番組の公式サイトかDMで送ってくださいねー」


「無駄な事に金使ってんじゃねーよ!」


「それでは、『ハル☆ボシに願いを!』来週も見てくださいね~!」


 ゆっくりと番組はフェードアウトして行く。


 草野は心から思う。

 

 なんだよこの番組。

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