第23話 人生の折れ線グラフ
そして、魔の木曜日は嫌でも毎週やって来る。
「ハル☆ボシに願いを! 第二回放送始まりました!」
自分では絶対に買わないであろう、襟元に刺繍の入ったブルーのシャツにスキニ―デニムを履いて、右端の席に座ってぼんやりと目の前のモニターのオンエア画面を見る。
左からイケメン・美少女・俺。
くそ、服に着られてる感が否めないぜ。
「先週、大分反響を呼んだみたいでね。ここで重大発表!
なんと我らがAD草野君がこの番組のレギュラーとなりました!」
元気よく星川がそう言うと、スタジオ中から拍手が上がる。
微妙な表情をしてぺこりと会釈をするが、一体このスタジオに居る奴の何人が、自分がここに座ることを望んでいるのだろう、と早くも猜疑心が顔を出す。
チャットには、怒涛の勢いでウォッチャーから書き込みがされていく。
コメントは早くも草野宛ての物が多く、
『待ってたぜミスター屁理屈!』
『素人だけど頑張って~』
と、褒めているのかいないのか酷い言い分だ。いや、けなしてるか。
「すでにいくつかのメディアやニュースに取り上げられてたり、大分注目を浴びてますねぇ草野君。
今回の放送は先週よりも、今の時点でウォッチャーの数も増えているようだよ。
この快挙について草野君はどう思いますか?」
草野は腕を組みながら憮然と返す。
「俺のこの性格は小学生の頃からほとんど変わっていない。今になって周りから色々言われても、まったピンと来ないね。
俺はものすごい悲劇的な偶然によって先週ここに座っただけで、いつも思ってるんだ。運命なんて信じてないし、人間だって信じてない」
真ん中に座っている紅一点のハルは、やれやれ、と首を横に振った。
「アンタはいちいち長いしネガティブなんや。聞いててイッライラするわぁ」
カンペではすぐに『草野尺取りすぎ』と書いた文字を掲げて来た。
早くも草野のストレスメーターが上がっていく。
「意気込みを一言で」
「草野、超頑張りま――――――っす!」
から元気のやけっぱちで叫んで、片手を上げてやる。
いきなりのゴキゲンなテンションに、スタッフから笑い声が漏れる。
「ささ、しかしウォッチャーの皆さんは草野君のことなんか何も知らないと思うので、ここでドカン。
はい、では参りましょう。『AD草野とは一体何者? 人生折れ線グラフ』!」
星川の掛け声で、スタッフ達から再び拍手があがった。
長机の下から、隠していたフリップを取り出してカメラに見せる星川。
どうやら、草野には秘密で打ち合わせされていたらしい。
「え、こんなの聞いてないぞ」
派手な字で飾り付けられたフリップには、折れ線グラフが書いてある。
それは折れ線グラフというのには大分いびつな、偏った変動をしている。
「えーまず、0歳。草野君が神の祝福を受けて生まれます。
母、和江。父、政幸の子供として、草野家の長男として生を受けました。
ちなみに小さい頃は、夜泣きはしない大人しい子だったが、人見知りが酷く、そしておねしょを良くする子だったそうでーす」
「おい、やめろ」
自分でさえも知らない情報をつらつらと喋っていく星川に、草野は前のめりで止めにかかる。
おいこれ、まさか両親ともグルなのか?
「それから緩やかに運勢は上がっていきますね。小学生の頃はなかなか成績もよく、先生受けは良かったようです。
そして、小学五年生の十一歳。夏休みの宿題の水彩画が、県の絵画コンクールの銀賞に選ばれました。はい、ここが草野君の人生のピークですねー」
「誰情報だ。なあ誰情報なんだこれ」
指でグラフの頂点を指さしながら、星川は淡々と話す。
「そして小学校高学年、中学生と過ごし、ここは平行線ですね。
はいここ! 中学三年生の秋です。
ここで草野君、初恋、そして激しく失恋!
それからはがっつりと運は急降下し、ネトゲ三昧の引きこもり生活が始まります。
ええ、そして十五歳からいままで五年間、運気は底辺で真っ直ぐですねー」
堪忍袋はあっさりとプッツン切れた。
「――いい加減にしろよお前ら! 人のトラウマほじくり倒して楽しいか。こんの冷血漢! 人でなし!」
星川のシャツの襟元を掴んでぶんぶん振ってやるも、スタジオからは笑い声が起こるだけで誰も止めない。
オンエア中を見せるモニターには、がっつりと恥ずかしい折れ線グラフが映っている。
そしてハルは、そのフリップを覗き込んでニヤニヤ笑っている。
草野は雄たけびを上げてそのフリップを奪い、膝で叩き割って真っ二つに折りスタジオの端へと投げ捨てた。
ぜえぜえと、肩で息をする。
ハルはその様子に腹を抱えて笑いながら、駄目押しをするように、
「チャットでみんな、『どんな失恋だったの?』って聞いてんで」
言わない、絶対に言わないと首を横に振って抵抗する。
しかし、目の前の小太りの国友ディレクターは力強い字で『AD、エピソード喋る!』と掲げてきた。
奥で腕を組んでいる構成作家中津の黒ぶち眼鏡がきらりと光る。もうこれパワハラじゃんかああああぁ。
机に両手をついて、スタジオ中を見渡す。喉からはひゅーひゅーと頼りない息が漏れている。
今にも自分を捕食しそうなカメラの眼は、まっすぐにこちらを向いている。
言わなくては駄目なのだと、カメラの向こうの推定数千人が言っている。
腹をくくらねばならないのか。それが今なのか。
そして、草野は重い口を開き、ゆっくりと話した。
五股を掛けられ、『木曜日』と携帯に登録されていた、悲惨で陰惨なトラウマを。
ネット番組とはいえ、全国に放送されるカメラの前で。
数分後、スタジオに湧きおこる大爆笑の渦。
プロデューサーは膝を叩いている。スタイリストの女の子は、笑いすぎて涙が出ているようだ。彫りの深い斎藤ディレクターは、「アイツ才能あるなぁ」と、褒めて頷いている。
宇宙の塵になって消えたい。
原因不明の震えが起こり、机が揺れて目の前に置いてあるケータリングのペットボトルの水がちゃぷちゃぷしている。
ああ、俺が陰陽師の血を引いていたならば、今憎しみでこいつらを殺せるのに、と思った。
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