第21話 相方のミカ

「これ読んで。大御所芸人さんの役な。

 スタート!」


 渡されたメモの端書きに書かれた言葉を、もうどうにでもなれと草野が声に出す。


「――いやーこれは大変だよなぁ。

 じゃあ、このチャレンジは、誰にやってもらおうかなぁ」


 棒読みで書かれたままのセリフを読むと、もう、なにかしらのバラエティ番組の収録で、ゲスト席の雛壇に座ってる風のハルは、


「絶対やりたくないわ―、ホンマやりたくないわ―、やる人可哀想やー」


 と、早くもフリをしている。


「じゃあこれは、桐島ハルちゃんにやってもらおうかな」

 

紙に書かれたセリフを読むと、間髪入れずに、


「ちょっと待ってくださいよぉ! こんなにいっぱい芸人さんいてはるのになんでうちなんですかぁー! 勘弁してくださいよほんとにぃー!」

 

驚いたような顔をしながら、前のめりでハルが飛び出してきた。

草野があっけにとられていると、


「うちがコレ苦手って知って言ってんでしょー村田さーん! 

 いやー先輩達の方がええんとちゃいますかー?」


と、雛壇にいる他の芸人達に振る真似まで忘れない。

 

数分その行動をやりきったところで、またハルは、ぱん、と手を叩いた。

 彼女にとって、これがカットの合図らしい。


「―――まあ、ざっとこんなもんや。あくまで大御所の機嫌を損ねないように、それでいてフレッシュさを出しつつちょっと大げさな感じでやるんや。

で、振られた事はリアクションをしながらこなす、と」

 

うっすら額に汗をかいているハル。

 どんだけエナジーを使ってんだよ、と突っ込まずにはいられない。

 

その汗を拭うとハルは一言。


「やってみ」


「やらねぇよ! なんで俺がそんなんやらなきゃいけないんだよ!」


「やれやこの雛壇芸人!」


「芸人ちゃうわボケぇ!」


最後はハルの関西弁がうつってしまい、高らかに叫ぶと再びハリセンが飛んできた。


脳天に貰った一撃は、脳幹部に致命的な損傷を負わせれたんじゃないかというほど痛い。


「関東人が、エセで使う関西弁が一番嫌いやわ」


ハルはご立腹である。


その後も、「VTRを見ている時に、ワイプで抜かれるための良いリアクション」やら「アイドルや俳優とゲーム対決などの企画の時に、アイドル達を勝たせつつ、おいしく負ける方法」など、エトセトラ、エトセトラ。

 

おおよそ生きる上で、まったく必要のない知識を体に叩き込まれる。


最初は抵抗していたが、次第に疲れてきてそんな気力もなくなり、言われるがままにこなしていく。

 このモンスター、倒せない。

 

 ぜえぜえと肩で息をしながら満身創痍。

 スタジオでは機材の移動をしているスタッフとかが、あの人前説を担当する若手芸人さん? といった調子でちらちら眺めてくる。違うわ!

 

時間も忘れてそんな無駄としか思えない特訓をさせられていると、桐島ハル大師匠閣下様が、ちょっと休憩や、と言ったので、端に置いてあるパイプ椅子に倒れ込むように座った。ぐったりと、背もたれに体を預ける。


「くそー、なんなんだ…。

 あの構成作家も、キツく当たって来るし……。

 俺はなぁ、何言われても傷つかないアンドロイドじゃねぇんだぞ」

 

 やけ酒をあおるようにペットボトルのお茶を飲み干してため息をつく。

 会議の最中、どんな事を言っても却下し、冷たい視線を浴びせて来た構成作家の対応が、今更になって防御力ゼロのハートにズキズキきているのだ。

 

ハルはパイプ椅子に座って伸びをした。肩をほぐしながら、


「当たり前やろ。中津さんは、元漫才コンビのツッコミの人や。

もう何年も前に解散したらしいけどなぁ」


「……そうなの?」


「せや。構成作家の人って、もともと芸人やってたけど、売れなかったりスカウトされたり、各々の事情で裏方に回ってる人が多いんや。

だから、アンタみたいに注目されてメインはれるようになったのに、文句ばっか言ってる奴見てると腹立つんやろうな」


 ハルはしれっと言い放つ。

 だからって、自分がサーカスに入れられる理由にはならないのだが。

 もともと芸人で前に出たい性分なら、ポジションを変わって欲しいぐらいだ。


メディアに出たい奴が出られず、出たくない奴が抜擢される。

まったく人生の縮図だな、と、おおよそ若者がしてはいけない疲れ濁った瞳で掛けてあった時計を見る。もう夕方だ。



「失礼します、うちのハル、こちらに来てはります?」

 


おずおず、といった様子で、一人の女の子がスタジオの扉を開けてひょこ、と顔を出した。


「あ、ミカ来たんか」


 テーブルに片肘をついていたハルが立ち上がり、もうそんな時間、と呟く。


「うん。あ、もしかしてそちらが?」


「AD草野や。先週の『ハル☆ボシ』の」


「この前の放送見させていただきました。相方の夏木ミカです。うちのハルをよろしくお願いします」


 扉を開けて入ってきたその女の子には見覚えがあった。


前に、予習として川崎レインボーズのネタを見た時に、ハルの横でボケ倒していた子である。


 ショートカットの髪は柔らく、見ているだけでシャンプーのいい香りがただよってきそうである。

すらりとして健康的な体つきなハルとは対照的に、小柄で華奢な子だ。


ハルが目鼻立ちのはっきりとした美少女なら、ミカははんなりとした和風美人である。

 

 綺麗な子だな、と頭の中では思いながらも、そこは植物系男子日本代表、そしてギネス記録に挑戦中の身。

 じりじりと間合いを取りながら一瞥する。

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