第20話 ハルの特訓

三時間以上にも及ぶ打ち合わせを終え、会議室の扉を開けてフラフラと廊下を歩く。


大の大人達が集まって、自分が痛い事されたり酷い事されたりするのを世間様に放送するのを真面目にディスカッションしているのだから、地獄のような時間であった。


ゲームよろしく、今の自分の体力と気力のゲージは赤色にビカビカ光っていて、早くアイテムを使わないと死んでしまいそうだと思った。牛丼だ、牛丼を食べなくては。


「ちょっと、待ちやAD」


 エレベーターに乗ってこの二十階建てのダンジョンから早々にエスケープしなくては、と思っていたら後ろからモンスターに襲撃された。


ハルである。


「なぁにスタッフ達よりも先に帰ろうとしてんねん。アンタはまだやることあるやろ」


 あと一発攻撃を食らったら即死状態の草野は抵抗する事も出来ず、モンスターに首根っこを掴まれて連れて行かれる。


情けない声を出しながら為すがままに引きずられていく。首が締まるって。


スタジオの端に連れていかれた。放送時間ではないので、カメラなどは奥にしまってあるが、何人かスタッフがいる。荷物置き場になっている小さなスペースに陣取り、そこにポイッと草野を投げ捨てると、ハルは仁王立ちで頷いた。


「特訓始めるで」



どこから取り出したのか、巨大なハリセンを片手に持ち、なにやら真剣な顔つきだ。

 

草野は首筋をさすりながら、そのヤバげな単語に「…パードゥン?」と聞き返す。


「特訓や! この前はたまたまハネたけどな、あんなんはビギナーズラッキー。

 アンタに笑いの基礎を教えとかんとあかんと思ってなぁ」


何やら火のついちゃっているハル。情況が飲み込めていない草野との温度差が酷い。


「レッスン一。『最近なんか面白い事ありました?』と司会のアナウンサーに振られた時の、そつないクッショントーク!」


 バシ、とハリセンでテーブルを叩き、題目を掲げるている。


「ぽかーんとしてんな。ええか、今からうちが司会の人やるから、アンタはゲストや。

 設定は……そうやなぁ、お昼の番組。

 主婦とか子供見てるから、下ネタはアカンで。ま、軽―いジャブとして自分の鉄板トークをかます感じやな」


「いや、鉄板トークとか持ってないし」


 勝手にどんどん話を進めてしまうハルに困惑していると、なにやら咳払いをして低い声を出そうと喉の調子を整えている。


 そして特訓という名の三文芝居が始まる。


「えー、あれだね、草野君は休みの日とか何やってんの?」

 

低い声で、お昼番組の有名司会者の物まねをしながら、ハルはマイクを持っているような手を草野に向かってかざす。


「……いや、基本的にゲームとか、ネットとか…」


「へー、インドアなんだね」


「まあ……そっすね」


 ぐいぐい押しつけられるマイクを持っている風の拳に嫌な顔をしながら、歯切れ悪く答えると、ハルはふぅ、と息をつき、全然なっとらん、と言い捨てた。


「なんやそのトークは。アンニュイな雰囲気が売りのアーティストか。

カリスマ性出してんのか知らんけど、そんなおもんないトークだったらファンの子以外全員チャンネル変える」


「何の話だよだから!」


「交代。次うちの番。あんた司会役」


 人差し指を回し、チェンジチェンジ、と指示して、ハルがスタジオの端へと歩いて行った。そしてオッケーサインを出してこっちへ歩いてくる。

まさか、登場のシーンから再現しようってのか。


「……えー、今日のゲストは桐島ハルさんです」


「どぉもー! いやー緊張しますねー生放送なんて!」


 低いテンションで三文芝居に乗ってやると、予想は的中で、テレビ向けの笑顔を振りまきだす。


「……桐島さんは、休みの日はどんな事をしてるんですか?」

 

おそるおそるマイクをかざす振りをすると、


「そーなんですよ、聞いてくださいよ! 

 あのですね、この前ネタでも作ろーとして、久々に渋谷に行ったんですけどぉ」

 

ペラペラとにこやかにトークを始めるハル。相手の司会者の眼を見ながら、笑顔で身振り手振りを付けながら話し出す。

居もしないお客さんに向かって、「そう思いますやろ、でも、実はこれにはこんなオチがあって~」と話しかける真似までしている。


「で、そしたらその人がなんと、楽丸師匠だったんですよぉ!」


 数分ほど喋り倒した後オチを言って、あははー、と笑うと、ハルはすっと真顔に戻って手を打った。


「―――はい、これが一連の流れや。分かったか?」


 確かに、テレビでよく見る感じだとは思ったが、それは果たして自分がやるべきことなのか、お昼の番組なんて出る気もない草野は、曖昧に首をかしげる。

 

そのかしげたこめかみに、再び激しいハリセンの衝撃。

 

ハルは怒りながら、「わざわざ実演してみせることなんてないんやから、感謝しい!」と、傍若無人極まりない事を言っている。


草野は「いてぇ、何故か後頭部が痛ぇ」とぼやきながら頭を抱え、床の上でもんどりうっている。


「アンタのためにやってるんやからな。ええか、次はレッスン二! 

『他にも若手の人たちがいっぱいいる雛壇の席で、大御所芸人さんに無理めな事をやれと突然言われた時のリアクション』や。やってみ」


「できるわけねぇだろ!」


「じゃあ見とき! 目ん玉かっぽじってそのスッカラカンでガランドウな頭ん中に叩き込み!」


 ヒートアップしているハルは啖呵を切ってテーブルを叩く。


草野はもう、なんで二回しか会ったことのない年下の女子にここまで言われなきゃいけないんだろうと、さめざめと泣き始めた。

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