第19話 大きな渦の中に飲まれていく

会議室は思った以上に狭かった。中央に長机が置いてあり、社員証を下げたスタッフが数名並んで座っている。奥にはホワイトボード。

 

星川、ハル、草野は空いた席に座り、置いてある台本に目を落とす。

 

表紙には「ハル☆ボシに願いを! 第二回」と書いてあり、出演者の欄にはポッピンズ柿崎の名前の上に二重線が引かれ、草野篤志とサインペンで書きかえられていた。


「えーでは揃いましたので打ち合わせを始めさせていただきたいと思います。

まずはこちらの自己紹介ですね。

草野君以外は知っていると思いますが、右から、チーフプロデューサーの槙野さん、ディレクターの国友さん、斎藤さん、そして僕が構成作家をさせていただいている中津です」


 簡単に紹介をされた。

国友は小太りで前回草野に指示を出していた男で、斎藤と言うのは前回スタジオの隅に居て言葉を交わした事は無い。彫りの深い顔立ちをしており、どこか欧米の血を受け継いでいるのかもしれない。


立って話しているのは、黒ぶち眼鏡をかけた薄顔の構成作家である。

ちゃんと三食食べてんの? ってぐらい細く、Vネックのシャツからは鎖骨が浮き出ている。


「柿崎の怪我、そして地上波でのレギュラー決定により、草野君を正式にレギュラーとしてもう一度企画等を練り直したいと思いますので、お集まりいただきました。えーみなさんの忌憚ない意見をお聞かせいただきたいと思います」


それより前に、俺に色々ちゃんとした説明があるんじゃないの? 

なんであっさりレギュラーが決定してしまっているのか喉まで出かかっているものの、こういった真面目な会議に参加する立場になるような人生など送ってきていないので、多少緊張している草野はじっと押し黙っている。



「台本をめくっていただきますと、五ページに僕の考えた企画案が載ってます」


 中津の言葉に、会議室に居る全員が目の前の台本をぺらぺらとめくりだした。


 そして五ページには、


『AD草野君のブチ切れリアクションコーナー!

 様々なチャレンジを草野にしてもらい、そのリアクションをウォッチャーに予想してもらう。当たった人には番組グッズやステッカープレゼント。


チャレンジ例:熱々ショーロンポー早食い選手権

   スカイダイビングで万有引力を全身で感じようの会

   ホストクラブに潜入。何人の指名客を取れるか!』

 


と可愛いフォントで書かれている。


口に含んでいたペットボトルのお茶を盛大に噴き出した。


横に居た星川が「きたな! 草野君汚い!」と非難の声をあげるも、ゲホゲホとむせ続ける。何やっとんねんと呆れ顔のハルは、鞄からポケットティッシュを取り出して草野に乱暴に投げつけた。


「ちょっと待て」


 なるほどねぇ、と企画案を読むディレクター達を制する。


「皆さんの意見を聞かせていただきたいですね」


「待て待て。ストップ。え、なにこれ? いじめ?」


「それは聞き捨てなりませんね、れっきとしたバラエティですよ」


 台本を片手に腕を組んでいる構成作家中津は、じと、と草野を見下ろしている。


「君も知ってると思いますけど、前回の初回放送で、君の行動にとても注目が集まりました。SNSでトレンドワードになったりね。

番組ADの素人が、ここまで反響を呼んだのは前代未聞なんです。我々も、急遽色々な企画を考え直さなければならなくなったんです」


「俺は芸人じゃない。こんなことできるかよ」


「話を聞いてましたか? 視聴者たちが求めているのは君なんですよ、草野君。屁理屈はカメラの前でお願いしたい」


 黒ぶち眼鏡の下の瞳はちっとも笑っていない。


むしろ侮蔑と嘲笑の混じった、草野に対する敵意のような感情を受け、鳥肌が立った。この男、口元は笑っているが目が一切笑っていない。

 

す、と星川が手を挙げた。


友よ、四面楚歌の俺を助けくれるのか、と星川に期待の視線を向けた所、


「草野君がサーカスに入団して、玉乗りと火の輪くぐりを覚えるっていうのはどうですか!」


さすがはキングオブKYの冠を誇らしげにかぶる男。

援護射撃かと思いきやまさかの被弾に、草野は信じられないと言った様子で星川を睨む。


「なるほど面白いですね。しかしそうなると、何週かまたぐ形での長期企画になるので、予算のやりくりなどに骨を折るかな」


「じゃあはいはーい、心霊スポットめぐりとかは? 

廃墟や取り壊される前の病院とかを夜中探検すんねん。夏とかにはうってつけだし、絶叫が撮れそう」


「それならあまり予算もかからないね」


「絶叫系なら、動物園の檻の中でライオンと一日過ごすとか」



ディレクター達も混ざっての、本気のディスカッションが始まった。


予算問題やら、撮った時の画が地味だとか、行政に許可取らなくちゃいけないから難しいとか、そんな事まで煮詰めてくのを、当の本人は傍から見つめるしかできない。


中津はホワイトボードにすらすらと、「サーカス 心霊スポット調査 サファリパーク 絶叫系」と書き込んでいく。


前回の動画の再生数、一日で数十万。


ニュースサイトのトピックに取り上げられ、中堅芸人の後任に抜擢。

 

漠然と、大変な事になったなあ、なんて思っていたのは見当違い。


自分ではどうする事も出来ない「大人の事情」に巻き込まれ、とんでもない勢いで周りが動いているのだと言う事をやっと理解した。

 

台本の表紙に、汚い文字で書き直された自分の名前。



激論を飛ばす会議の中、その文字を見て草野は武者ぶるいをするのだった。

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