第17話 大演説

三つのカメラのレンズは四方八方から草野の醜態を映している。

ディレクターはカンペを出すことを忘れ、音声さんも照明さんも、小刻みに震えているピンチヒッター大学生を見つめている。

 

草野はなけなしの力で声を振り絞った。


「俺はお前みたいに、可愛い可愛いと言われて調子に乗ってる女が嫌いだ。

私がアンタを選んでやってるのよ、と、男を条件で選ぶ高慢な女が嫌いだ。

今までどんな男と付き合ったとか、自分がモテる事を案にひけらかす女が嫌いだ。

彼氏の愚痴と言いながら、結局のろける馬鹿な女が嫌いだ。

そんな女達のケツをおっかけて、つけあがらせる男が嫌いだ。

彼女がいない俺を、上から目線で見下す男が嫌いだ。

嫌がる俺をこんな所に引きずり出し、無理難題を吹っ掛けるお前らが嫌いだ。

流行と言う名の洗脳を、毎日毎日朝から晩まで垂れ流す有害メディア達が嫌いだ。

俺は俺を卑下する人間を許さない。

そんな俺を可哀想な奴だと、寂しい奴だと、虚しい奴だと、おかしい奴だと、言う奴ばかりだった。

今までの人生、誰からも理解されたことなんかない!

俺は人間が大っ嫌いなんだ! 草と花と鳥とハムスターが大好きだ!」

 


そう叫んで、草野はテーブルに崩れ落ちた。


うおおおおおおおぉ、と意味不明に叫びながら、わやくちゃに自分の髪を掻きむしる。



「落ち着いて、草野君、落ち着いて」

 

すぐさま星川が草野の背中をさすりにきた。しかしそんな星川にすがるように問いただす。


「なあ星川、俺はおかしいのかな?」


「草野君落ち着いて、ほら、大きく深呼吸を」


「人を愛せない俺は欠陥人間なのか。人と違う考え方の俺は、皆と同じ方向を見て歩いてちゃいけないのかな」



 マネキンのような端正な星川の顔が真近にあった。


こんなイケメンに生まれたら、苦しい思いをしないで済んだのか? 疑問は尽きる事を知らない。



「―――――俺は運命なんて信じない。信じないんだ」



 何より、こんなクソみたいな人生を、神様のせいだと思ってしまったらもう、生きていけないから。



 ぽつりと、言った言葉が、白く小さいスタジオに落ちる。


 正確な時間を表すデジタル時計の数字だけが、等間隔で時を刻んでいた。



「草野君」



 沈黙を破ったのは星川の声。



「なんだようるっせえなもう喋んねーよ帰るよ」


「違うよ、チャットを見て」



 顔を手で覆いながらふてくされていると、星川が信じられない物を見たかのように言ってくるから、真っ赤になった瞳でパソコンの画面を覗き込んだ。


 そこには、物凄い勢いでコメントが投下され、スクロールされていくチャットのウィンドウが表示されている。


「凄い量のコメントだよ! こんなことってあるのかい! 

ええっと、『先週振られたばかりの自分の気持ちのようだ』、『なんだか勇気が出た』、『俺らの気持ちを代弁してくれた。ありがとうAD!』とか…ああ、早くて読み切れないよ」

 

視聴者からの、怒涛のようなチャットの書き込みで、画面が物凄い勢いでスクロールしていってしまう。読み切れない星川はマウスをいじりながら、その言葉に驚いているようだ。


 無我夢中で叫んでしまったは良いが、リアルタイムで放送されているネット番組だと言う事を忘れていた草野は、あわわ、と口を覆いながら、その言葉の数々を読んでいく。

 

暴言を吐きまくったからさぞかし叩かれているのかと思いきや、意外とそれは少数派で、『まるで現代に生きる太宰治だな』だの、『全俺が泣いた』だの、『草野結婚してくれ』と言ったコメントが多い。


するとチャット画面に赤い枠が出て『2,000円』、『500円』、『3,000』と金額が載っている。


「なんの金額だこれ」


「投げ銭だよ草野くん。応援してくれている人が、お金を出してコメントしてくれてるんだ。ええと、『これでうまいもんでも食ってくれ』、『金欠だけど応援してる』、『俺がずっと思っていたことを代弁してくれてありがとう』だって」


投げ銭は止まらない。チャリン、チャリンという音を立てながら、画面がスクロールしていく。


まさかまさかの支持コメントの量に、向かいでパソコンをチェックしている構成作家の男も額に手を置いてあんぐりと画面を見ていた。

 

ほら見ろ! 世間はみんな俺の味方だ、少なくとも、これを書き込んでくれた人たちは俺を支持してくれている。

 

そう思って横で憮然とチャット画面を見ているハルを見てみると、

 

ガゴッ


 鼓膜に物凄い風音が響いたかと思うと、こめかみが焼けるように痛んで、草野はローラー付きの椅子から転がり落ちた。

 

いってぇ! と叫んで床に手をつく。

ああ、これはデジャヴか? 腕を組み特大ハリセンを持ったハルが、どす黒いオーラを纏って草野を見下ろしていた。



「なんやねん、その『ほれ見ろ』って感じのドヤ顔は」


「ぼ、暴力反対! 今は人を傷つけない笑いが流行ってるんじゃないの?」


「ええ加減にせえよ素人崩れが! せっかくのうちの冠番組にのこのこ出てきて荒らしまくりおって! 隠キャの叫びだかなんだか知らんが寒いねん!」


 まるで借金の取り立てのような大層な剣幕でまくしたてられて、草野はビビりながらへっぴり腰で逃げる。腫れあがったこめかみがじんじんと熱を持つ。


 星川がその二人を止めようと立ち上がると、ふと目に飛び込んできた時計はまさに八時五十八分で、中央に陣取っているディレクターのカンペには「最後締めて!」と書かれている。


「えっとえっと、色々ハプニングがありましたが、ウォッチャーのみなさんご視聴ありがとうございました!」


 栗色の髪をなびかせて、星川は取り繕うようにカメラに向かってほほ笑む。


 その言葉にかぶるように、後ろからはハルにヘッドロックをきめられている草野の断末魔が響いていた。


「それでは、せーの、ハル☆ボシに願いを! 来週もよろしくね!」


 一応台本通りに言ってみたものの、本当はMC三人でやるはずだった番組最後の掛け声を言ったのは、結局星川だけだった。


 爽やかな笑顔を浮かべて手を振る星川の後ろで、首根っこを掴みあっているハルと草野が映され、生放送のネット番組はゆっくりとフェ―ドアウトしていった。

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