第16話 運命という『概念』の話
なぜそんなに世間にバズってしまったのか。
きっかけは、草野にとって一番地雷な質問。
運命の人に会えるにはどうすればいいですか? というもの。
「運命なんて、嘘っぱちだ」
きっぱりと言い放った草野の言葉に、静まり返るスタジオ。
「……えっと、どうしてそう思うんだい?」
付き合いの長い星川は、ヤバい、と草野の異変を察したのだろう。
少しだけ焦った様子で、しかしどうする事も出来ず話を広げる。
どもり、かすれ、小さかった声はどこへやら。
アナウンサーばりの活舌の良さで、草野はきっぱりと言う。
「運命なんて勘違いだ。相手を好きだという気持ちが、運命だなんてくだらない事を考えさせるんだ」
怒りに震えて拳を握りしめている草野。
その様子に焦ったディレクターは、慌ててスタッフ達に目配せをする。
しかし、プロデューサーだけは、白い髭を撫でながら、「面白い事になってきた」というように、不敵に笑っていた。
チャットには次々と、
『どうしたAD』
『おお、いきなり喋りだした』
『何切れてんのw』
とウォッチャー達からの言葉が書き込まれていく。
「なんや、どういう事やねん」
ハルが即座に反応するも、草野は、
「『運命』なんてことは自分の気持ち次第で、それが『自分と相性のいい相手』、『長く付き合える相手』かどうかは全く関係がない」
つらつらと、噛む事もどもる事もなく言う草野。
「会社で気になるあの人が、最寄駅が同じだった。電車で気になってたあの子が、たまたまバイト先に客としてきた。好きな先輩の誕生日と、自分の電話番号の下四桁が同じだった。共通の知り合いがいた。実は中学が同じだった。
そんな事があったら、すぐにこれは『運命』だ、と浮かれるだろ。
そうじゃない。ただの偶然だ。
どんな相手でも、探せば絶対に共通点なんてある。
それを、相手を好きだと思う気持ちから勝手に『運命だ』と思いこんでるだけだ。
すれ違っただけの人や、嫌いな上司も苦手な友達も、ちょっと考えれば『運命』だと思える要素は絶対にある。結局は確率論だ。
それを勝手に『運命』だなんてまくしたててるだけだ」
いきなり喋り出した草野にスタッフ達はあっけにとられている。
が、もしかしたらいい方に転ぶかもしれないと、生放送中のカメラは止めずに番組は続行し続ける。
目の前のオンエア中の画面を映し出すモニターには、ある種の悟り顔で語る、華の無い男がアップで映っている。
「自分の恋する気持ちにだけじゃ自信がないから、何かに背中を後押ししてほしい。
それから出来上がったのが『運命』と言う概念。
分かるか? 俺に言わせれば、チャラ男や尻軽女、もしくは脳みそメルヘンな奴の言う話だね。だから運命の人と出会うなんてことは諦めな、『マロンちゃん』」
頬杖をつきながら、草野はくだらない物のように吐き捨てる。
完璧に、ファミレスでドリンクバー三時間コースの草野が出てしまっていると、星川は顔をひきつらせてキョロキョロとスタッフを見渡している。
視聴者に暴言を吐くMCなんてバッシング食らうにきまっている。
せっかく決まった冠番組なのに潰されてはたまらないと、星川は思った。
「ど――――でもええっちゅうねん!」
バンッ、とテーブルを叩いて、ハルが草野の演説を遮った。
大きい瞳は苛立ちのせいで細められていて、似合わないジャケットを着せられた草野を見下ろした。
「なんやねんアンタ。聞いたらペラペラと、薄っぺらい話を尺取ってしよったなぁ」
指で草野の肩を小突きながら、
「アンタ、モテへんやろ」
草野はぎくり、という効果音が似合う驚き方をした。
「どーでもええ屁理屈こねて、自分がモテない理由を言い訳しとるやろ。
そーやって世間のせいにしてる根暗やから、モテへんことにいい加減気づきや」
「お、俺がモテるモテね―は関係ないだろ」
「うちは運命は信じるね。会ってビビッと来る相手っちゅーのはおるもんや」
「何がビビッとだ。お前みたいなへらへらした奴がそうやってテレビで言うから、恋愛脳の奴が増えるんだ」
まるで縄張り争いをしている肉食獣のように、お互いを睨みつける草野とハル。
ぐるるる、と言ううねり声まで聞こえてきそうな状況だ。
草野は、らちが明かないと言った様子で頭を掻くと、
「いいか、これを『人間』とする!」
と、握った右の拳をドン、とテーブルに置いた。
「そしてこれが『運命』だ」
左手で持った、ケータリングのミネラルウォーターのボトルをその横に荒々しく置く。
「ただのペットボトルやん」
「馬鹿が! 想像しろ、俺は概念の話をしてるんだ。想像力を働かせろ!」
ボルテージが上がりきってしまっている草野は、相手が売れっ子アイドル芸人だと言う事もブン投げて、鼻息荒く吐き捨てる。
「人間は、運命に引き寄せられるのか?」
握った拳をペットボトルに近づける動作をする。
「それとも、ひたすら運命の周りをまわっているのか? どっちだ」
次にペットボトルの周りを拳がぐるぐる回る動作をする。
そんな草野をハルは鼻で笑って肩をすくめた。
「分からんわそんなん」
「なんでじゃあ目に見えない、訳わかんない物をそんなに信じられるんだよ!
愛とか絆とか友情とか言っちゃうクチか?
お涙頂戴番組で泣いちゃう思考の持ち主か?」
どんどんヒートアップしていく二人を止めねばならないと、立ち上がったものの会話に入れない星川は右往左往している。
「ぐちぐちぐちぐちうっさいわー。
なんやねん、こんなの可愛い女の子の夢みたいなもんやないか。
それを微笑ましく見守る器のでかさは無いんか?
よっぽど酷い女に騙されたんか」
「―――うるさい!
もともとルックスが良いお前らみたいな天上人に、俺の気持ちなんか分かる訳がねぇ」
名前でもなくあだ名でもなく、会う曜日で「木曜日」と登録されていた屈辱。
自分だって信じていたのだ。
席替えで隣になった『偶然』、帰る方向が一緒だった『偶然』、自分が飼ってる犬と彼女が飼ってたインコの名前が同じ「ミルク」だった『偶然』。
それを運命だって信じていたのだ。愚かにも。
目頭が熱くなってきた。
「お前には一生分からない。
初恋の子と撮ったプリクラを、泣きながら切り刻む俺の気持ちなんか」
こんな自分を好きで、ちっとも他の男になびいたりしないで、ひたむきに愛し続けてくれる、それでいて可愛い子なんて存在しないのだと、思い知らされたのは死ぬほど辛かった。
草野は涙が流れてしまいそうなのをぐっと堪えるのだけで精一杯だった。
それ以上二の句を告げず、唇を噛みしめる。
「……なんで切り刻むん。怖いわ」
捨てるぐらいは分かるけど、なんでわざわざ切るねん、とドン引きしているハル。
しかしその横の星川は一言、「分かる気がするよ、草野君」と小さく呟いた。
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