第3章 スポットライトを当てないで

第15話 トレンドワード1位

昼下がりのファミレスにて二人。


「待て待て待てちょっと待ってくれ」


 草野はテーブルの上で頭を抱えた。


「陰謀だ」


「見てくれよ、トレンドワード急上昇ランキングに『AD草野』ってのがあるよ」


「横暴だ」



番組の公式サイトに行くと、昨日の生放送がアーカイブで見れるようになっている。

草野はこんなはずじゃなかった、と何度も呟いている。


星川が実に楽しそうにノートパソコンをいじりながら、その画面を見せてきた。


「―――絶望だ」


 確かに、今をときめく若手芸人ナンバーワンの桐島ハルと、イケメンモデルの星川稔のネット番組として、各人のサイトやブログで宣伝していただけあって、二人のファンは見ていただろう。


お笑いファンには有名なネット番組の、夜帯の第一回目放送だったため、結構な人数の視聴者がいたようだ。


「あー嫌だ。目立ちたくない。注目怖い」


「すごい反響だなぁ。あ、ほら見て。もうSNSに『#AD草野君応援』ってのがあるよ。投稿五百人超えてる」


「ネット社会怖い」


がくがくと震え、髪を掻きだした。


草野の無意識の貧乏ゆすりのせいでまるで地震かのようにテーブルが揺れて置いてある食器がカタカタと音を上げている。


「あ、大丈夫です。彼の発作みたいなものなのですぐ収まるんで」


白い視線を送ってくる横のテーブルのカップルに謝りながら、星川は炭酸水六、オレンジジュースが四の比率で混ぜた特製ドリンクバードリンクを差し出す。


草野が震える手でストローを持ち、一気に飲み干した。ずず、と行儀の悪い音が響く。



「落ち着いたかい」


「デジタルタトゥーってどうやったら消えんの?」


 はぁ、とため息を吐いて、幾分正気を取り戻した草野は垂れていた頭を上げた。

星川はその言葉には答えず笑顔でスマホをいじる。


「しっかし凄いね。ニュースサイトでも取り上げられてたよ。

『ポッピンズ柿崎のピンチヒッターはまさかの番組AD? 桐島ハルや視聴者に暴言を吐きまくる、AD草野の屁理屈に注目が集まった』」


「家で読んだから、わざわざ音読すんな」


「『番組終了後、彼はいったい何者なのかという問い合わせが殺到。アーカイブでは再生数が一日で三十万を超したという、ネット番組にしては異例の反響であった。モデルの星川稔とも親交が深いらしく、今後毎週レギュラーを務めることとなった彼の動向が気になるところだ』」


「うおふ!」


 ドリンクを思わず噴き出してしまいそうになる。入ってはいけない方の気管に水が入って大きくむせ返る。


「でん……プロ……」


「さすが草野君! 底知れぬカリスマ性があるんだね。ようやく世間が君という逸材に気が付いたというわけだ」


 何が嬉しいのか親指をぐっと突き出してくる星川に、


「いますぐ電話しろプロデューサーに、話が違うだろ!」


 一回だけの約束ではなかったのか。

草野はおしぼりで口元を押さえながら、げほげほと咳をする。


「そんなに怒らないで。ほら、僕が提示した三つの目標があっただろう? 

これで人気になればお金も入るし、人脈増えるし彼女もできるかも。前向きにさ」


「いいからはやく電話」


 有無を言わさぬ草野に、唇をとがらして、


「君は人生を楽しめないタイプの人間だよねぇまったく」


と不服そうにスマホを操作する星川が槙野プロデューサーへ電話をかける。


 数コールの後、


「お疲れ様です星川です。あのプロデューサー、今回の番組の件でお話が。

ええ、そうです。はい、草野君ですか? いま丁度一緒に居ますけど」

 

二人の会話に聞き耳を立てる。何故かプロデューサーはやけに上機嫌そうだ。


「あっはは、本当ですか? やめてくださいよ―お世辞でも嬉しいですー」


楽しげに話している星川にジェスチャーで俺のこと、俺のレギュラーとかいう事聞くの! 

と激しく訴えるも、片手をあげて分かった分かったといなす星川。なんも分かってね―だろテメー。


 数分喋って、星川が電話を切った。


どうだった、と尋ねるよりも先に、


「色々と打ち合わせしたいから、二人で今から局に来いってさ」


 と言われて言葉に詰まる。



 だから、打ち合わせって何。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る