第13話 散々なデビュー

 事態は把握していた。


 俺は、新番組の初回、生放送の直前に局の外でたばこを吸ってて事故にあった、ド天然ドジっ子中堅芸人のピンチヒッターとして、ここに出演者として座っているのだと。

 

 分かってはいるのだ。

 だけど体が動かない。


「始まりましたね! 『ハル☆ボシに願いを!』」


「せやな、みんな見てるー?」



 星川とハルが、元気よく声をあげる。


 二人ともさすがテレビカメラ慣れした芸能人という感じである。

 草野はその隣で、背筋をぴんと張り、足を付けた行儀のいい座り方で固まっている。手はお膝。


 草野たち出演者から数メートル離れた向かいには、三脚を立てたメラがずらりと並んでいる。

 草野から見て右から一カメ、二カメ、三カメである。

 

 三カメの傍には出演者に見えるように、三台の小さいモニターが置いてある。三つのモニターには、それぞれのカメラで今現在撮られている映像が流れているのだ。


 そしてオンエアで流れているアングルが映されているモニターの下にはランプがついている。

 今は、真ん中の二カメで撮っている正面からの映像がオンエアされているらしい。

 

 その生放送中の番組を、まるで他人を見るように目で眺める。


 画面の中では、一番左にまるで彫刻のような綺麗な顔立ちのイケメン、真ん中には黒髪の似合う可愛らしい関西弁の女の子。

 

 そして右側には、ジャケットを着た明らかにオーラの無い没個性な男が、うつむき加減でぼんやりしている。あれ、俺か。



「この番組は、ブルーTⅤサイトの中のお笑いチャンネルにて、生放送中のネット番組でーす」


「会員登録をすると、ウォッチャーとしてチャットでうちらにメッセージを打つ事が出来る、視聴者参加型の番組やから、ぜひ発言してな」


 星川とハルが説明をする。

 ネット番組は地上波放送と違いCMが入らないため、予算が少なくあまり派手な企画などはできないが、逆に言えば低予算で番組を作る事が出来るので、最近は少しずつ普及し始めている。


 また、食事や何かをしながら、片手間に誰でも見るような地上波とは違い、サイトをわざわざ見に来る限られたファンやお笑い好きが見るため、芸人やタレントの真価が問われる、とも言われている。


 今までパッとしなかった芸人が、ネット番組でのトークスキルを買われ人気が出たり、なんて事も増えてきたようだ。


 またスポンサーがいないため、地上波ではご法度のような下ネタや過激な事をしても多少規制が緩い、という事もあり、ネット番組にしか出ない、という芸人も中にはいるぐらいだ。


 そしてサイトで会員登録をした者は、生放送を映しているウィンドウの横にあるチャットに参加する事が出来る。

 自分の決めたチャットネームが表示され、出演者の言葉や番組の内容にリアルタイムでコメントできるのである。


 ラジオのハガキ職人のように、番組MCがテーマを投げかけて、それに対して視聴者が面白い意見をチャット画面に打ち込み、それをMCが読むと言う、遠い存在のように思える芸能人と生の対話ができる、人気のスタイルだ。


 この番組ではそのチャットで意見してくれる視聴者の事をウォッチャーと呼び、番組を一緒に作り上げていく仲間であり同士だと銘打っているのだ。


 草野が自分の手元にある一台のノートパソコンに目をやると、公式ホームページが開いていて、ここでも生放送中の番組、ぼーっとしている自分の姿、そして横の画面のチャットに、相当な数のウォッチャーからのコメントが寄せられている。


 大分アクセスが集中しているらしく、コメントが表示されては次々と流れて行ってしまう。


 ざっと目に入ったコメントの中に、


『ハルちゃん可愛い!』

『星川君、手ぇ振って~!』


 などのファンメッセージもあれば、


『おい、ポッピンズいないぞどうなってんだ』

『ザキさんは??』


 と言った抗議コメント。


 果てには、


『おい、なんか素人が紛れ込んでるぞ』、

『おかしいな、俺のパソコン、右側だけ静止画みたいなんだが…』

『右のヤツ誰』

『なにコイツ、放送事故レベルじゃねwwwww』


 といった、早くも草野に対する容赦ない意見が書き込まれていく。

 

 カメラの横にスタンバッているディレクターが、スケッチブックに極太マジックペンで書いたカンペを三人にかざした。

 そこには『一人ずつ自己紹介を』と書かれている。


「はい、それでは今日から番組を始めるメンバーの紹介をさせていただきたいと思います。 えーっとまずは僕から。

 星川稔、ファッション誌『RAIN』の専属モデルをさせて貰っています。色々なご縁があって今回この番組のメインホストを務めさせていただいてます」


 爽やかな笑顔の星川の自己紹介が始まる。


「これから毎週ハル君が僕にどんな罵声を浴びせてくれるのか、考えただけで夜しか寝れません!」


「夜寝れたら十分やないかい」


 初めてとは思えないぐらい、二人の会話の息はぴったりである。


 草野、ここまでで一言も言葉を発せず。

 完璧に虚無モード。

 

 続いてハルが自己紹介を始める。


「うちはご存じの通り。生まれは浪花、目指すは頂点。

 咲かせてみせよう夢の花。一度は乗りたい玉の輿。

 東に困った人いれば、助けて腹から笑かそう。西に泣いてる人いれば、気つけにハリセンど突いたろ。

 賞レース優勝夢見て上京、一歩進んで二歩下がる。古今東西、鉄の女と言ったなら、サッチャーかうちかと決まっとる。

 川崎レインボーズのツッコミ担当、桐島ハルや。どうぞごひいきに!」



 朗々としたお決まりのうたい文句に、完璧な仕草で頭を下げてほほ笑む桐島。

 その堂々とした調子に、スタッフから拍手が上がる。

 

 チャットでは熱狂的ファンらしきウォッチャー達が、

『ハルちゃ―――――ん!』

『俺にも突っ込んでくれー!』


 と大盛り上がりである。


「で、ホンマはポッピンズの柿崎さんがサポート役としておるはずねんけど」


「実は本番直前に、ちょっとアクシデントが起こって、今入院中なんだ」


「せやねん。命に別状はないみたいだから、うちも安心したけど、びっくりしたなぁ」


「うん。本当に体には気をつけて、養生してほしいね」


「そんで、うちのこの横におるにーちゃんが誰かってみんな気になっとると思うけど、うちも実は全然知らんねん」



 ははは、と笑い声のスタジオの中、やっと話を振られた草野は、焦点の合わない瞳でハルを見る。


 ハルは小声で、ほら自己紹介せえ、と言ってきた。

 

 不意に指名され、声が喉の奥でもつれて出てこない。なけなしの力で出たのが、



「…………ADの草野篤志です。……よろしく、お願いします」



 放送的には大分よろしくない、酷すぎる自己紹介である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る