第11話 不慮の事故が運命を

番組は生放送である。放送が近づいてきて、機械やモニターをいじっているスタッフ達は忙しそうに最終チェックをしている。


なのに、たばこを吸いに行ったままの柿崎が、本番十分前になっても帰ってこない。

 小太りのディレクターが舌打ちをしながら「何やってんだよ」とイライラしている。


どうします、とスタジオの端にあるパイプ椅子に依然座ったままのプロデューサーに話しかけている。


「広いビルだから迷っちゃったのかねぇ。AD君、電話掛けて聞いてみて」

 

胸ポケットの中からスマホを取り出しポイッと草野に投げて来た。

慌てて受けとり、アドレス帳から柿崎の名前を探し、電話をかける。こういった雑用もADの仕事なのか。

 

ぷるるる、ぷるるる、とコール音が響く。が、なかなか出ない。思わず貧乏ゆすりをしながら待っていると、十数コール後につながった。


「あ、ADの草野ですけど、」


『ああ…うん、ごめんな…ごめん、俺間に合いそうにない』


え? と聞き返すも、柿崎は何度もごめんごめんと繰り返してる。

なにやら息遣いも荒く、後ろからはうるさい物音がしていて、声が聞き取りにくい。


「生放送の時間迫っているんで、早く戻って来てもらえませんか」


『轢かれた』


「はい?」


『バイクに轢かれちゃって、いま救急車…』



 確かによく聞くと、後ろの音はピーポーピーポーという救急車のサイレンの音だし、救急隊の話声も聞こえる。かすれた柿崎の声は、まさに痛みに耐えているように、息も絶え絶えだ。



「―――――ええ!?」


『ぷろ、プロデューサーに代わって…くれ…』



 ぱくぱくと、なんて言っていいか分からず草野が口を半開きにさせていると、柿崎はつらそうに声をあげている。

うう、とこっちも苦しくなるようなうめき声が受話器越しに聞こえる。

 

おいどうしたんだ、とざわめくスタジオの中、急いでプロデューサーに携帯を渡すと、プロデューサーは陽気な口調から一変、神妙な声で顎ひげを撫でだした。


「……分かった、じゃあお大事にね」


通話を終了し、一息ついて目頭を押さえた後、何事かと見つめてくるスタッフ一同に向き直った。



「ザキちゃん、車に轢かれたんだって」


「ええ!」



 すでに席に着き準備万端だった星川とハルが同時に立ち上がった。スタッフ達からも心配そうな声が上がる。


「まあ軽傷だったらしいから命に別状はないみたいなんだけど、今日の生放送は無理だよなぁ…」


 まずい事になった、と槙野プロデューサーは眉根をよせてううん、とうなった。


「二人じゃ進行的にも画面の見栄え的にも…」


「誰か適当な芸人さん下の階で捕まえてくるとか」


「でも、ギャラとか時間の都合もありますし、やってくれる人なんて…」



スタッフ達は慌てふためきだす。構成作家の男が、目の前のパソコンで調べたらしく、

「もうネットニュースにも出てるみたいですね。『ポッピンズ柿崎、バイクと接触』って」

と冷静に呟いた。


生放送は夜の八時から。今は七時五十五分を回ったところ。もう五分で生放送が始まってしまう。

ネット番組とはいえ、宣伝をうって今日から始まる新番組。中止にするわけにはいかない。


バイクに接触なんて超痛いだろうなぁ、と、せわしく走り回るスタッフの波の中、軍手を脱ぎながら、何もできない草野はぼんやりと立ちつくす。


そんな時、星川とふと目があった。


スタジオはてんやわんやの大騒ぎ。そんな時、テーブルでスタンバイしている星川の目が、やたらと輝いていた。


草野は口ぱくで『なんか大変な事になったな』と言った。

しかし、星川はそれには反応せず、なにやら読めない表情で草野とプロデューサーを見比べている。


ロマンスグレーのプロデューサーは、参ったように何度も「誰か代わりの者いねーか」と言っている。


無言の見つめ合い。星川はじっと草野を見て、またプロデューサーを見た。

まさか。



嫌な予感がした。



草野は口ぱくで「おいお前、滅多な事はやめろ」と言った。



しかし意思疎通は図れない。星川はその口ぱくをどう取ったのか、何やら笑顔でうんうんと頷いている。


こんな大したことない距離で、結構仲がいい友達なのに、なんで伝わらないんだよ!



そして、キングオブ空気読めないくんは、声を大にして言った。



「プロデューサー、代わりならぜひ草野君を!」




 ――――――――と、馬鹿な事を。

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