第3話 対決はゲームで
「……面白いから止めなかったけど、いい加減迷惑っすよ」
つかみ合いになっている男二人に呆れながら、『悪玉菌太郎』が髪を掻きあげた。
もう一度だけお互い対峙して、草野と『彦星』は自分の席に座った。
未だに鼻息荒い草野は腕を組み椅子にふんぞり返る。
「リアルファイトされると店側にも迷惑だから、やりあうならコロシアムでな」
すっかり冷めたから揚げを頬張りながら、『悪玉金太郎』が冷静に解決案を提示した。
それを合図に、全員一斉に自分の鞄をあさりだす。
通勤用の皮の鞄やボロボロのリュックから、各々のスマホを取り出し広げた。
店内のフリーWi-Fiに繋げ、アイコンをクリックする。
途端、画面いっぱいに、最新グラフィックのゲームのオープニングが流れ出す。
草原を浅黒い男の戦士が走っているところからフェードアウトして、城が立ち並ぶ街が表示される。
スキップボタンを押すと、「IDを入力してください」のコマンドが出た。
そう、雰囲気も年齢もバラバラの男たちがこうやって深夜に集まるのは、同じゲームで遊んでいるユーザー同士だからである。
ギルドという、一緒に冒険する仲間同士の集まりで仲良くなった者が、オフ会と称して顔を合わせるのも最近では珍しくない。
そのゲームは今人気のもので、自分のキャラクターの名前、容姿、性別、体型、職業、声の質なども全て自分で選択し、オリジナルを作ることのできるタイプのものだ。
草野の使っているキャラクターは、銀髪の長い髪に漆黒の肩当てを付け、たくましい腹筋を露出させた戦士である。
武器はエクスカリバーという大型の剣だ。
RPGの主人公のようなカッコいい容姿なのに、名前が『光合成マン』なので妙に間が抜けている。
草原の中にたたずんでいた『光合成マン』は、他の仲間が来るまで意味もなくその辺をぐるぐる回って素振りをする。
左下の吹き出しには「チーム極楽鳥」にログインしたメンバーの名前が表示されている。そこにカーソルを合わせると、チャットのように簡単な会話ができる。
『光合成マン』さんがログインされました。PM 23:18
『彦星@撮影終了』さんがログインしました。
彦星@撮影終了の発言:来たよー
『ヘルニア大佐』さんがログインしました。
『悪玉菌太郎』さんがログインしました。
悪玉菌太郎さんの発言:なんか調子悪くて回線想い。
悪玉菌太郎さんの発言:想い→重い
ヘルニア大佐さんの発言:そろったので行きますか~
光合成マンさんの発言:うい。
『彦星』さんがワープの呪文を唱えました。
基本的にこのゲームは、仲間とともに魔物を倒してレベルを上げ、ミッションをこなしていくスタンダードなRPGタイプなのだが、対人対戦用に、自分のキャラを闘技場で戦わせることができるのだ。
『彦星@撮影終了』のキャラは金髪ポニーテールで、スリットの入ったスカートにタンクトップを着ている魔道格闘家。
遠距離の魔法も、近距離の肉弾戦もできる使い勝手の良いタイプ。
動くたびにその巨乳がなめらかに揺れるので、一部のファンから絶大な支持を得るキャラデザである。
ちょっと前まで大声で掴みあいの喧嘩をしあっていたのに、今度は全員仲良く一心不乱にスマホに夢中だ。
さっき親しげに話しかけてきた女性店員ですら、少し気味悪そうに見ている。
ネトゲ廃人とまで言われた草野の腕はハンパじゃない。
コロシアムの全国強者ランキングでも常に三十位以内に入っているのだ。未だに右に避けるときに実際に体も右に傾いてしまう『彦星』では、相手にならない。
対戦申し込みをして、ゲーム内ではゴングが鳴り響き、対決が始まった。
広い試合場の中を、銀髪の戦士が軽やかに駆け抜ける。
すばやく指先を動かし、『彦星』に打撃を加える。ガードをするも、蹴りで転ばされ、そのままカトラスを振り下ろされる。
一気に『彦星』の体力ゲージが削られる。
ガッチムチな陸軍所有の軍事アンドロイド『悪玉菌太郎』、細身で短剣使いのアサシン、『ヘルニア大佐』は、やられっぱなしの『彦星』に向かって武器や回復アイテムを投げていく。
同じギルドのキャラクターなら、手助けをすることができるというシステムだ。
草野は、ずるい! と連呼しながらも、その手の動きを止めない。
夜中のファミレスで、本名も知らないゲーム仲間同士で繰り広げる、全く有意義じゃない時間はゆっくりと過ぎていく。
夜が明ければ、全く生活環境の違う者同士、出会うはずもない日常を送るのだろう。
複雑なコマンドを入力して、丁度ガードをしていなかった『彦星』に必殺の一撃を食らわす。
雷をまとわせた拳で殴るその攻撃は完璧に『彦星』を捉え、弓なりに体を反らせ巨乳を揺らし場外へと飛んでいく。
勝利を確信した草野がもう一度その技を決めようとして、
ガシャン。
嫌な音がした。
興奮して、机に置いてあったグラスに肘をぶつけ、中身をこぼしてしまったのだ。
「あああ!」
液体は見る見るうちにテーブルに広がっていく。『ヘルニア大佐』が紙ナプキン を投げてきた。
「ちょ、待て待て、待てって!」
「よし今のうちだ、超必殺決めろ」
「承知した!」
画面上の『彦星』は立ち上がる。
服の端は焦げ、体力ゲージは赤くビカビカ光ってはいるが、相手の『光合成マン』は今、操作している本人がジュースを拭く作業でいっぱいいっぱいなので、画面上の銀髪剣士は剣を構えたまま棒立ちの状態である。
巨乳格闘家のキャラから次々技が繰り出される。棒立ちの光合成マンは、ぐえ、ぐはっ、と声をあげてなすがままだ。HPがみるみるうちに減っていき、赤色になった。
「ずりいぞ、待てって!」
草野はテーブルを拭きながら怒鳴るも、ギルドの三人はシカトである。
ついにはモップを持った店員が慌ててこぼしたジュースを拭きに来た。
すみません、と平謝りしながら手伝う。
丁度拭き終わった時に、画面を見ると「YOU LOSE」と言う文字が表示されていて、ボロボロの光合成マンがコロシアムの舞台に横たわり、巨乳ポニーテールが勝利のポーズを決めていた。
画面から顔をあげて「へーい!」と楽しそうにハイタッチをする他三人。
絶対に勝てたのに。待てって言ったのに。草野は小学生のようにむくれて、
「――――帰る!」
と叫んで立ち上がった。
『悪玉菌太郎』はニヤニヤして、「おつー」と手を振って来る。
星川はちょっと焦ったのか、
「あ、明日の約束忘れないでね」
と言うも、
「お前に明日があると思うな! 馬鹿野郎! もう、とにかく、馬鹿が!」
最後には、なけなしのボキャブラリーも尽き子供みたく馬鹿馬鹿と連呼して、草野は財布から自分の食べた分ぴったりのお金を取りだしテーブルに置き、逃げるように店を飛び出した。
足早に階段を降り、コンビニの光に照らされた歩道を、怒りにまかせて歩いて行く。
酔いつぶれたサラリーマンとすれ違いながら、草野はまだ肌寒いのでマフラーに首を突っこんだまま、どうしようもなく虚しい気分にひたっていた。
「………俺は間違ったことは言ってない」
丑三つ時の夜空に呟く。生憎の曇り空で星は一切見えず、溜息はすぐに消えた。
あと数時間もすれば夜が明ける。
夜の終わりを目の当たりにするたび、草野は心の底から思うのだ。
明日なんか来なければいいのに、と。
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