第151話 僕たちの日常

 6/30 日曜日 15:00


 お見舞いに来てくれた皆と別れた僕たちは、ノノンと二人、マンションへと戻る。


『黒崎桂馬様を確認しました、開錠します』


 三つのデッドボルトが開錠される音とか、なんだか久しぶりだ。

 なんだかんだで丸一週間以上家を空けちゃったから、それも仕方ないか。


 広い玄関へとノノンは靴を脱いで上がると、後ろで手を組んでくるりと振り返る。


「けーま! おかえり!」

「うん、ただいま。ノノンもお帰り」

「ただいま! ……ただいま、けーま」


 靴を脱いで土間から上がりかまちへと上がると、僕とノノンの身長差は無くなる。

 抱きしめあうと、互いの肩に顔を乗せることが出来るんだ。


 とても落ち着く。


 髪から香る匂いと、首筋の感触、さらにはうなじ付近の温もりも感じられて。

 僕がすんすんと匂いを嗅いでいると、ノノンは猫のようにスリスリと甘えてくる。

 

 しまいにはパクッと耳を甘噛みしてきて、くすぐったくって腰が引ける。

 でも、離してくれない。むにむに甘噛みして、舌で僕の耳をぺろぺろ舐めてくるんだ。


 ――リン、という鈴の音。

 ノノンの耳についていたピアスが、音を奏でる。


「そういえば、付けてたんだった」

「ノノンはピアス、好きなの?」

「あまり、好きじゃない。痛かったから」


 そういえば、ルルカが穴を空けたんだったっけか。 

 ノノンが襲われないように、見た目だけでも変えようとして。


「けーま……」


 はむっと、僕の唇を食べてくる。

 はむはむと上唇を食べると、今度は下も。

 

「……えへへ」

「二人きりだから、遠慮なんていらないよね」

「うん、けーまとのキス、好き……」


 はむはむ攻撃は、そのまま舌も絡めるキスへと変わったんだ。

 ずっと、玄関に入って、荷物も片づけずにキスをする。


 逃げようとしない、お互いに顔や腰を引き寄せながら、ずっとするんだ。

 好きすぎて、我慢出来そうにない。

 でも、最後の一線は、怖くて超えられそうにない。


 ――幸せ過ぎて、消えてしまったかもしれない。


 失いたくない。

 もう二度と。


 愛のあるセックスは、目の前にいる彼女を消してしまうかもしれないから。

 これまで以上に、出来ない。


「荷物、片づけないとね」

「……うん」


 名残惜しいけど、やることはある。

 蕩けた瞳をしたノノンともう一度だけ軽くキスをして、僕たちはようやくリビングへと足を運んだんだ。



18:00



『先ほど送付したものが、今回の夏の大会のルールブックになります。何か質問事項があればご連絡頂ければお答えしますので、お気軽にどうぞ』


 藍原課員から送られてきたバトルロワイヤルルールブック。


 〝幸せの青い鳥! YO! 僕とキミとで、この狂った世界を救いたい!〟


 なんだこの表紙に書かれた文字は。

 まさか、これが今回の大会の正式名称なのか。


「あの、このタイトルの由来は」

『さぁ? お偉方の考える事は分かりかねます』

「そうですか……あまり、他の人には言えないですね」

『はい、私個人としても最悪だと思います』


 なんていうか、無理に若者に摺り寄せなくともいいのに。 

 いや、寄せてもないのか? このネーミングセンスは昭和以前なんじゃ。

 

『とりあえず、まずは一読のほど、宜しくお願いしますね』

「ああ、はい、分かりました」

『それと、期末試験もしっかりとお願いします』

「……正直、今回は自信が」

『言い訳なんていう個人の感想は受け付けませんので、赤点だけは取らないように』


 先日まで入院してたんですけど。

 そういうのは考慮してくれないのか。


「けーま、期末テスト、きびしー、なの?」

「……そうなるかもね」

「ノノンの、せい?」

「……違うよ、っていうか大丈夫、とりあえず弱音吐いただけ」


 ノノンからしたら何も分からないままに、突然あの場にいたんだ。

 誰も悪くない、強いて言うなら無茶をした僕のせいだ。


 ソファに座る僕の膝の上には、ノノンの頭がある。

 僕が電話をする時には、いつもこんな感じでくっついてくるんだ。


 ノノンの頭を撫でると「にゃー」って言いながら喉をゴロゴロ鳴らす。

 鈴のピアスも付いてるから、本物の猫のようだ。

 

「ルールブックか、どんなのか目を通しておこうかな」

「ノノンも、ノノンも見る」


 起き上がると、僕に顔を近づけて一緒になってタブレットを見る。

 だから、ちょっと顔を横に向けて軽くキスをしたんだ。

 抵抗は何もない。

 僕からすると、ノノンの方からもチュッと可愛らしい音を立ててキスをする。

 それを数回繰り返した後、ようやくルールブックへと目を落とす。


 多分、監視カメラで見ている人がいるのだとしたら、キスのしすぎって思っているだろうね。

 でも、これが僕たちの日常だから。

 多分、今後もっと悪化するから。


 覚悟しておいて欲しいと、心の中でささやく。


§


次話『ルールブック』



――――



ギリギリ……!

遅れてすいません!


明日もどうなるか、正直微妙です……!

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