第152話 ルールブック

7/10 水曜日 


 キーンコーンカーンコーン……


 チャイムの音が響くと、僕はそのまま机にうなだれた。

 高二の一学期期末テストって、難しすぎる。

 

「桂馬君……って、なんか死んでるね」

「黒崎のこった、どうせ毎日ノノンといちゃラブしてたんだろ」


 頭の上で高二女子の会話が聞こえてくる。

 恐らく日和ひよりさんと古都ことさん。


「昔はあんなに偉そうにしてたのにな」


 この声は上袋田かみふくろだ君か。

 珍しい。恐らく、テストに自信があるんだろうね。


「入院してたんだもんな、勉強会でも開けば良かったか」


 続いて小平こだいら君。

 勉強会、開いてくれたら助かったかもね。

 僕が黙ったままなのに、頭の上で四人の会話が進む。


「小平君自信ありそうだね。聞いたよ? レギュラーになったんだって?」

「おう、希望ポジション用紙に全部って書いたのが正解だったな!」

「おめでとー、それで、どこになったの?」

「ライトで二番! 応援宜しくな!」

「えー行くー! もう甲子園ってやつ?」

「まだだよ、まだこれから埼玉地区予選」


 野球部だっけか、小平君、青春してるなぁ。

 僕の方も夏の大会あるんだけど、大会名が恥ずかしくて言えない。

 

「けーまも、大会に参加するんだよ!」


 ああ、ウチの可愛いのが余計なこと言ってる。


「大会って、観察官に大会なんてあるのか?」

「そりゃ初耳だな、教えてくれよ黒崎」


 小平君はともかくとして、なぜ上袋田君が一緒なんだ。

 君はどちらかというと敵じゃなかったのか。


「私知ってるよ。桂馬君が参加するのは、バトルロワイヤルなんだって」


 あっさりと日和さんがバラしてしまった。

 一緒に藍原さんが説明してるの聞いてたもんね。

 恐らく、古都さんも既に把握済み。

 

「バトルロワイヤルって……あの殺し合いの?」

「……黒崎、柔道、教えてやろうか?」


 結構です。

 恐らく銃撃戦なので、必要ないです。


「そういえば、私もルールブックとか見てないんだよね。まだ貰ってないの?」

「……基本的に僕たち観察官の活動は極秘ですので」

「そういや一年の最初の頃に流川ながれかわ先生がそんなこと言ってたかも」

「だから、今回はこれでお開きってことで……さよなら!」


§


 逃げるようにして教室を後にして、僕とノノンはその足で日和さんの自宅へと向かった。

 水曜日は日和さんのお店〝リビュート〟でのお手伝いの日だ。


「いらっしゃいませー!」

「おお、混んでるね」

「ごめんなさい、三十分くらいお待ち頂くことになります!」

「いや、いいよ、それぐらい待つさ」


 ノノンの軽快な声が響く店内には、お客さんでいっぱいだ。

 

「こんなに忙しいお店じゃなかったのに」

「まるで薄利多売のお店みたいだね」

「ウチは組合加入してるから料金お高いのにね」


 日和さんがぐでっとしながら僕の隣に座り込む。 

 冷蔵庫からお茶を取り出すと、一口で飲み干して「おし、行くかぁ!」と戦場へと戻った。


 ノノンが消えてしまったあの日以降、僕はワガママを言って、一階の住居エリアで休まさせてもらっている。もしまたノノンが消えてしまうような事があったら、すぐにでも鎖を付けられるようにするための措置だ。


「ああ、構わないよ。こちらとしてもノノンちゃんが来なくなることの方がダメージが大きい」


 誠さんの言葉が、ありがたかった。

 冗談交じりの言葉かと思いきや、お店の状況を鑑みるに本気の言葉だったらしい。

 平素手伝わない日和さんもエプロンを身にまとい、レジや掃除に大忙しだ。

 

「痒い所は、ござい、ませんか!」

「大丈夫です」

「では、顔を拭きますねー!」


 ノノンの方も手慣れた感じで接客に付いている。

 こうして愛する人が働いているのを見るのは、なんというか新鮮で微笑ましい。


「トニック付けますかー?」

「ああ、頼むよ」

「かしこまり!」


 シャンプー後のマッサージとかも丁寧にしててさ、ちょっとお客さんになりたいくらいだ。

 というか……ノノン目当てのお客さん、本当に多そうだな。


 ノノン、結構触れちゃってるし。

 おっぱいとか、特に。


 ……。


「桂馬君、暇そうだね」

「おっと日和さん」

「大好きな彼女さんですから? どこ見てても構いませんけど?」


 ジト目は勘弁して下さい。

 

「それはそうとさ、バロトワのルール、本当は来てるんでしょ?」

「……まぁ、一応来てますけど」

「読まさせてよ、超気になってるんだよね」

「お店、忙しそうですけど?」

「休憩だよ。私はノノンちゃんと違って六時で終わりって訳にはいかないから」


 理髪店の子ですものね、二十時の閉店までずっとか。

 藍原課員の言葉も聞いているし、日和さんなら別に大丈夫かな。

 

「これ、バトロアのルールブック」

「お、ありがとー。さてさてどんな……ぶはっ!」


 〝幸せの青い鳥! YO! 僕とキミとで、この狂った世界を救いたい!〟


「あははははっ! なにこれ、ふざけてんの!?」

「ガチです」

「なにこれ、いや、は?! YO! とか、タイトルに入れる!? だははっだはははは!」


 ああ、笑い転げてる。

 しかも普段見せないおかしい笑い方だから、心の底からの爆笑だ。

 なんか、とても恥ずかしくなりました。


「……にぎやかだね」

「誠さん、すいません」

「どうだろうか、娘の休憩中だけでも、黒崎君も手伝ってくれないかな?」

「いいんですか?」

「ああ、男子高校生がいれば、それはそれで妻の方が盛り上がる」


 奥さん、うららさんの方というと、美容の方か。

 出来る事なんて掃除とマッサージくらいのものなのだけど。


「けーま……えと、黒崎君、前掛け、お願いします」

「はい、分かりました、火野上さん」


 でも、ノノンと同じ場所で働くのは、なんか、ちょっとだけ楽しくて。


「あら、君、高校生?」

「はい、高二です」

「へぇー、若いなぁ。お話しても大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。というか、それくらいしかすることありませんから」

「あはは、君いいねぇ。最近彼氏があんまり連絡くれなくてさー」


 見知らぬ女の人の人生相談にも乗ってあげたり。

 掃除とレジ打ち、タオルの洗濯とか、何も知らない僕でも結構出来ることが多くて。


「ありがと、また前髪だけでも来るから」

「こちらこそ、お待ちしております」


 接客業って、結構楽しいかも。

 ノノンと二人で将来お店を開いたら、こんな感じなのかな。

 そんなことを思いながら、僕も僕で、リビュートの仲間入りをした。

 そんな平和な一日を過ごすのでした。



21:00



「さてと……そろそろ本腰を入れるか」


 バトルロワイヤルのルールブックを眺める。

 普通、何の準備も出来ないのがバトルロワイヤルだけど、これは違う。

 既に告知がされている以上、事前準備が可能だ。


 戦いは、戦う前から始まっている。


§


次話『チーム戦』

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