第147話 事後処理

 倉庫で隆二りゅうじさんにボコボコに殴られた僕は、そのまま死んだように眠ってしまっていた。

 起きた時には三日も経過していて、最初はどこで寝ていたのか分からなかったくらいだ。


桂馬けいま……起きてる」

「……んっ、ああ、あれ? ここ、どこ?」

「良かった、良かった……桂馬、本当に、心配したんだから……」


 ベッドで横になる僕のことを、ぎゅっと抱きしめてくれる。

 それだけで幸せを感じるんだけど……でも、この感じ、ルルカか?

 


6/26 水曜日 



 後で医師に説明を受けたけど、僕は殴られた時に後頭部をしこたまコンクリートにぶつけていたらしく、結構危ない状態だったらしい。最悪、植物状態もあり得るところだったとか。頭に巻かれた包帯が痛々しく見えて、自分でもちょっと驚きだ。


 結局あの後どうなったのかを聞くと、ルルカがニュースを見せてくれた。

 タブレットを起動して、ニュースサイトを開きサムネイルをタップする。


『こちらレポーターの酒井さかいです。昨晩、東京都と千葉県の境にある港湾地区にて、数十名が逮捕される事件が発生しました。逮捕されたのは若手で構成されるグループ〝レナトゥス〟の幹部、おか隆二容疑者、及び彼らが雇用したと思われる成人男性四十三名になります』


『酒井さん、事件の概要をお願いできますでしょうか?』


『はい、こちらの〝レナトゥス〟というグループは、過去に性的被害を受けた女性の味方を謳い、加害者へと暴力行為を行い、その見返りとして金銭を要求するグループだったとの事です。こちらの倉庫ではグループによって拉致・監禁された人物が囚われていたとの事ですが、昨晩警察の手が入り、容疑者は逮捕、事件に関わった人物も全員逮捕に至ったとの事です。なお、現場には青少女保護観察官も数名おり、犯人逮捕に協力したとの情報も入っております』


『酒井さん、ありがとうございます。ではスタジオにて、このレナトゥスというグループについての説明をしたいと思います。彼らは――――』


 報道にあった通り、レナトゥスの幹部は全員逮捕、ノノンと明崎あきざきさんを襲っていた男たちも全員仲良く逮捕となり、更に警察はグループ関係者の洗い出しを行い、末端にまで捜査の手が及んでいたのだとか。


「まゆらさんも、逮捕されたのかな?」

「うん。でも、まゆらさん、否認してるんだって」

「否認?」

「自分がした事は間違ってないって、ずっと言ってるみたい」

「そうなんだ……一度、会いに行った方がいいのかもね」


 会いに行った所で、何も変わらないかもしれないけど。

 精一杯説得はしたけど、隆二さんも変わらなかったんだ。

 

「桂馬、女の子はね、真っ白な一枚の紙なんだよ」

「……真っ白な、紙?」

「うん。側にいる人に染まる事が出来る、真っ白な紙。まゆらに私たちが会いに行っても、多分何も変えることが出来ないと思う。彼女を変えることが出来るのは、きっと隆二さんだけなんじゃないかな」


 そういうと、ルルカは僕とキスをしたんだ。

 とても優しくて安心するキスに、二人して微笑んでしまう。


黒崎くろさき君か、ああ、良かった、電話が出来るほどに回復したんだね』

「はい、渡部わたべさん、ご迷惑をお掛けしてすいませんでした」

『いやいや……本当なら会って話がしたい所なのだが、後始末があってね。残念だが、お見舞いには当分行けそうにない』


 電話口も賑やかだし、渡部さん、忙しそうだ。


『先の報道にあった通り、犯人逮捕に青少女保護観察官が手助けしていた、という情報がマスコミによって報道されてしまったからね。どこまで情報を明かすべきか? 協力者には何か褒章を与えなければいけないのではないか? その際には授賞式にマスコミを招かないといけないのではないか? 等々ね。恐らくその際には黒崎君に声を掛ける事になると思うが……だがその前に、君には罰を与えたいと思う』


「罰ですか」


『ああ、私の指示を無視して現場に向かった件、及び情報を隠匿し、私へは連絡せず千葉県の神崎かんざき観察官を頼った件、この二件は訓告に値する。よって黒崎君、君は退院までに、報告書と反省文を私へと提出するように』


「……分かりました」


『最後に、しばらく私と水城みずきは黒崎君の所に行けそうにない。我々の代わりに藍原あいはらのぞむ君という観察課員が君たちの対応をする事となった。今後は彼女に連絡を入れるようにして頂きたい』


「藍原観察課員ですか、わかりました」


『ああ、ちなみに藍原君は昨年度まで君と同じ、保護観察官だった女性だ。そして黒崎君と同じ最優秀受賞者でもある。先輩としていろいろと学べる点も多いだろう、是非とも楽しみにして欲しい。……それでは、電話を切らさせてもらうよ』


 渡部さんから紹介された藍原さん。

 彼女は当日中に僕の病室を訪ねてきて、名刺と共に挨拶してくれたんだ。


「黒崎観察官の担当となりました、藍原望です。これから宜しくお願いします」


 赤い髪をショートカットにした彼女は、どこはかとなくノノンに似ている気がして。

 まっすぐな瞳に誠実性がある喋り方は、彼女の性格を表しているように聞こえた。


「あの、藍原さん」

「はい」

「昨年まで観察官だったとの事ですが、観察課に入るのって難しかったですか?」

「いえ、私は最優秀受賞者の特典で、そのまま入職出来てしまいましたので」

「え、ポイントじゃないんですか!?」

「はい。我々三年生にはポイントはありませんでした。稼ぐチャンスも無かったですからね」


 言われてみればその通り。

 僕たちと違って、去年の三年生はそれまでポイント自体が存在しなかったんだ。

 とても羨ましいと思った。僕はまだあと二ポイント稼がないといけないのに。


「では、私も残務処理がありますので」


 藍原さんが帰ると、病室には僕とルルカだけが残ったんだ。 

 手を伸ばせば届く距離にいる彼女に、なんと無しに甘える。


 でも、ルルカは僕の手を握るも、ベッドに戻したんだ。

 そして、真剣な顔をして、僕の目を見てこういった。


「桂馬……ノノンについて、大事な話があるの」


§


次話『消えてしまった彼女』

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