第146話 私刑⑥

 女の子一人ならどうにかなると思ったんだろうね。

 裸の男たちが一斉に駆け寄ると、九条くじょうさんは彼らに向かって容赦なく刃を向けたんだ。

 

「近寄るな、下郎が」


 駆け抜け一閃。

 九条さんへと駆けていった男たちが、悲鳴を上げながら倒れ込む。


「速くて刀が見えない」

「居合の達人なんだとよ。でも、狙ったのは足の腱だけだな」


 神崎君の言う通り、全員、足の下の方から出血してる。

 凄い、あの一瞬で一体何人を斬ったんだ。 


「凄いのは彼女だけじゃねえぞ? 毎年東京の観察官には、一番厄介な選定者が割り当てられるらしいからな。今年はどこかの暴走族のリーダーって話だったが。おお、ほれ、やってきたぜ」


 突然、外から誰かが倉庫内に吹き飛んできたんだ。

 ……あれ、おか隆二りゅうじって人じゃないか? 

 鼻血出てるし、右腕が骨折してるのか、ぷらんぷらんしてる。


「……くそっ、なんなんだお前は」

「レナトゥスの雑魚が吠えてんじゃねぇよ、弱い物イジメしか出来ねぇゲス野郎が」


 なにあれ、紫色の特攻服? お腹にはサラシ巻いて、長い髪の毛を全部逆立てた見た目凄い男の人が、隆二さんを相手に指の骨をぽきぽき鳴らしながら挑発している。


「うるせぇ、俺はまゆらと逃げるんだっ!」

「ぴーぴーわめいてんじゃねぇぞ雑魚がッ! 俺を誰だと思っていやがる!」


 ぶわっとまくり上げた特攻服には、デカデカと〝炎武類無〟って金刺繍が施されていて。


「東京最強の暴走族〝炎武類無エンブレム〟総長、恋継こいつぐ蓮司れんじを舐めてんじゃねぇぞゴルァ!」


 凄い、蹴り一発で隆二って人を吹き飛ばしちゃったぞ。

 九条さんといい、めちゃくちゃ強いんだけどあの二人。


「せっかく九条のお嬢から昔のツレと会う許しが出たんだ、せいぜいストレス発散させてもらうぜぇぇ!? 行くぜ野郎共! 一夜限りの花火、盛大にぶち上げてやろうぜぇ!」


「ひゃっはー! ぶち殺してやるぜぇぇ!」

「久しぶりの恋継こいつぐ兄貴の命令だ! 嬉しくてたまんねぇ!」

「殺せ殺せ! 敵は全員殺せぇぇぇ!」


 うわスゴ、外から暴走族の方々が一気に雪崩れ込んできたぞ。

 暴走族の方々が追い込んで、逃げようとしているのを九条さんが斬って動けなくしてる。


「おい、黒崎」

「うん、思わず見入っちゃったよ」


 見入ってる場合じゃない。

 僕は僕のするべき事をしないと。

 騒然を極める一階へと飛び降りて、今もなお、女の人の側にいる最愛の人へと向かう。


「ノノン!」

「桂馬、桂馬ぁ!」


 抱きしめる温もりを感じると、やっぱり安心するんだ。

 泣きじゃくって、力いっぱい僕にしがみついてくれて。

 

「怖かったね。もう、大丈夫だからね」

「ううん、平気、桂馬が来てくれるって、信じてたから」 

「そっか……遅くなってごめん」


 間に合って良かった。  

 そうこうしていると、今度は倉庫の外からサイレンの音も聞こえてきたんだ。

 

 こうなるともう、裸の男たちは本気で逃げ始めちゃってさ。

 なぜか暴走族の人たちも「やべぇ! マッポだ!」って逃げる必要ないのに逃げちゃって。

 

「あはは、なんで逃げてるんだろうね」

「くせ、なのかもね。ふふふっ」


 そういうのを見てるだけで、なんか面白くて笑っちゃった。

 だから、彼が近寄っていることに、僕は気づかなかったんだ。

 

「おい」

「え?」


 ゴンッ、て音と共に、視界がいきなり変わった。

 目の前にノノンがいたはずなのに、僕はいま天井を見上げている。


 殴られたって事実に気づいたのは、頬の辺りがジンジンしてきたからだ。

 起き上がろうとしたけど、脳が揺れたのか、力が、入らない。


「お前が、コイツ等を呼んだのか」

「ぐっ……」

「まゆらは必死になって動いたんだよ、お前の彼女の為に」


 僕を襲ったのは、ブチ切れた目をした隆二さんだった。

 折れた右腕を揺らしながら、左手だけで僕の首を掴み、持ち上げる。


「くそ! 離せ! 桂馬を離せよ!」

「黒崎君! 何なのこの男! きゃっ!」


 なんて奴だ、助けに入ったノノンと諸星さんを、容赦なく蹴り飛ばしやがった。

 レナトゥスの仲間も戻ってきたみたいで、二人とも羽交い絞めにされてる。


 助けないと……くそ、身体が動かない。

 神崎君はまだ二階、九条さんも他の人も、レナトゥスの連中の相手に必死だ。


 頼れる人は誰もいない。

 誰も、いないんだ。

  

「まゆらの想いを、無駄にしやがって」

「……ぐっ……うぅぅ!」


 指、動く……力が、ちょっとだけ戻ってきた。

 相手は左手だけなんだ、両手で指を掴めば、なんとか。


 ――ギリィィィッ

  

 かはっ、なんだこの握力は。

 呼吸、出来ない。


「抵抗してんじゃねぇ」


 怒気孕む声に、怯えそうになる。

 でも、怯えてる場合じゃない。


「っ……! 隆二さん、アンタは……間違っ、てるよ」

「間違ってる? 俺たちは何も間違っていない」

「いや、間違ってる、アンタもまゆらさんも、勘違い……してるんだ」


 そこまで語ると、隆二さんは急に、僕の身体を地面へと叩きつけたんだ。

 まるで人形か何かを放り投げるように、凄い勢いで。


「あぐぅ!」


 激痛で動けないのに、また持ち上げられたんだ。

 そして、もう一階地面に叩きつけられた。

 肺の中の空気が全部でちゃったみたいに、息苦しい。


「……げはっ! ……うぐっ!」

「おい、お前、俺たちの何が間違ってるのか、言ってみろよ」


 ズンッて馬乗りになると、僕の顔を殴りつけてきたんだ。

 信じられない、折れてる右腕まで使って殴りつけてるとか。

 何度も何度も、何度も何度も何度も殴りつけてきて、もう、目が、開かないよ。


「げはっ、ごふっ…………ごふっ」

「おら、言ってみろよ、俺たちの何が勘違いなんだ?」

「…………全部、だよ」

「全部だ?」

「ああ、そうだ……ごほっ、ごほっ、全部、間違ってる――あがっ!」


 組んだ両手を顔に叩き落とすとか……鼻が、ヤバい。

 鼻血が止まらない、鼻で呼吸が、出来ない。 


「ごふっ……隆二さん、被害を受けた人の過去は、どうやっても変えられないんだ。傷はどうやっても残るんだよ。その傷を癒すことが出来るのは、時間と人の愛情だ。ゆっくりと時間を掛けて、瘡蓋かさぶたみたいに薄皮を重ねていって、それでようやく少しだけ傷が癒えるんだよ――あがっ!」


 まだ、殴るのか。

 顔の感覚が、何もないよ。


「お前の言い分だと、やられた側は泣き寝入りしろって言ってるみたいだな。恨みを晴らさないでどうするんだよ? 過去が変えられないんだろ? だったら、相手にも同じ痛みを植え付けてやればいい。それが最適解だ」


「ダメなんだ、それじゃダメなんだ。やられてやり返しての繰り返しは、何も生み出さない。そもそも、ノノンが被害を受けていたのはもう何年も前の話なんだ。僕やクラスメイト、大人や同じ境遇の女の子に囲まれて、ノノンの傷はもうほとんど癒えてたんだよ」


「……癒えていた?」


「被害者が味わった苦痛を加害者に与える。それで救われる感情もあるかもしれない。でも、被害者はそれだけじゃないんだ。自分が味わった苦痛をもう一度その目で見ないといけない。ようやく癒えてきた心が、もう一度傷つくんだ」


「……っ」


「何度だって言うよ、隆二さん、貴方達がしている事は間違ってる。貴方達がしている事は、ようやく瘡蓋で塞がった傷を、強引に剥がしてもう一度傷口にナイフを突き立てるような、そんな、被害者の心を踏みにじるような行為なんだよ」


「……そんなはずが。……そんなはずがないだろうが!」


 拳を振り上げる……また、殴るのか。

 逃げないぞ、僕は、暴力に屈したりはしない。


「殴りたければ殴ればいい! ノノンの為なら、僕は命だって投げ捨てれるんだからな!」 


 振り上げた拳が顔に落とされたとしても、絶対に目を閉じずに受け止めてやる。 

 間違ったことをしていない、そう言えるだけの正義が、僕にもあるんだから。



「その通りだ、それこそが、青少女保護観察官としての神髄だ」


 

 でも、隆二さんの拳は、振り下ろされることはなくて。


「なっ、うぐぉ!」


 ゴギンッ

 隆二さんの残る左腕を絡めとると、その人は勢いよく肩関節を外したんだ。


「ぐっがあああああああぁ!」

「おいおい、大人が痛みぐらいで叫ぶな。高校生が鼻の骨を折られても耐えてるんだぞ?」


 ワイシャツとスラックスが異常なまでに似合う。

 僕の憧れの人、こうなりたいって思う大人の姿。

 ダメだな、なんか、涙が出て来ちゃうよ。


「渡部ざん……」

「まったく、自宅待機と言っただろうに」

「……ずいまぜん」

「まぁいいさ。結局、大人は間に合わなかったからな」


 渡部さんが僕の頭を撫でる。

 あはは、ダメだ、もう、指一本動かないや。

 

「けーま! けーまぁ!」


 ノノン……良かった、ケガ、してなさ、そ。


「桂馬! けーまぁ!」


 あぁ……やっぱり、ノノン膝枕って、眠りやすいなぁ……。


§


次話『事後処理』

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