第145話 私刑⑤

6/22 21:00


まことさん、車の後部座席に積んであるもの、お借りしても宜しいでしょうか?」

「構わないが、武器にするには心もとなくないかい?」

「大丈夫です、正規の使い方をすれば、この道具は最強の武器になります」

「私も一緒に行った方が……」

「いえ、何かあった時に車を出せないと逃げられないですから、このままここにいて下さい」


 誠さんの車から道具を借りて、僕は港湾を走る。 

 大きいクレーンに遠くに見える船舶、波の音と潮風が心地よくて。


 こんなドラマでしか見た事のないような場所を走るとか、想像したことも無かったな。

 普通に、観光として来てもいい場所なのに。

  

(倉庫、あれか)


 今は、敵の本拠地にしか見えなくて、ちょっと怖い。

 でも、ここにノノンと日和さんがいるのなら。


(篠崎さんが言っていた通りだ、正面からは無理、裏口も見張りがいる。だから、横の避難階段から入るのが一番いい……なるほど、確かに人がいない。もしかしたら、篠崎さんたちが人払いをしてくれたのかも)


 僕が止まる訳にはいかないんだ。

 恐らく、ノノンの為の私刑なんて、ルルカが黙っていない。

 そうなると、警察に追われているまゆらさん達は、強引にでも私刑を執行しようとする。


 その結果がどうなるか。

 考えるまでもない。


 避難階段を上がり、扉を開けて倉庫の二階から中へと入る。

 手すりと通路、倉庫内が一望できる場所で、僕は彼女たちを発見するんだ。


「助けてよ、桂馬ぁ!!!」


 助けを呼ぶ彼女の声に、一瞬、我を忘れそうになる。


 洋服を脱がされ、裸にされた彼女の周りに、何十人という男が群がっているじゃないか。

 ……冷静になれ、キレて叫んだ所でどうにもならない。

 逆に言えば今がチャンスなんだ。

 強烈な一撃を加えることで、相手の数を減らすことが出来る。


 誠さんから借りた三番アイアンを握り締めて、床にボールを置いた。

 狙うはノノンの上に跨っている男、彼に狙いを定めて、打つ。


 シュルルル――――ゴッ!


「ぐぁ! いで、いっでえええええぇ! 目が、目がああああぁ!」


 よし、命中。

 ほら、全員の顔が僕の方に向いたね。


「まったく、探したよ」


 裸の男たちがわんさかいる。

 ノノンも服を脱がされて、良く見たら殴られたのか、口から血を流していてさ。


 泣いてるじゃないか。

 僕の彼女なんだぞ?

 この世で一番大切な人を泣かせるとか。


「何があったのかは知らないけど、この場にいる全員、許さないから」


 絶対に、許す訳にはいかない。

 まゆらさんじゃないけど、こういうの、許せないんだ。


「なんだお前、どこから――ふごっ!」


 二発目も口の中に命中。

 避難通路、おまけに手すりの隙間にボールを通さなきゃいけないとかね。

 でも、僕なら出来る。父さんに教えられた技術と、天性の才能があるから。

 

「なんだアイツ! ゴルフか!? おい! 二階にいる男がゴルフぐへぇ!」

「ゴルフでこんなにも精密射撃できるとか、ありえねぇゴュ!」


 知らないだろ。 

 ゴルフってね、直径42.67mmのボールを、直径108mmのホールに入れるスポーツなんだよ。

 野球や他のスポーツと違い、精密さが求められるスポーツなんだ。


「お前の顔なんて、バンカーよりも大きいんだよッ!」

「グゴッ!」


 振り抜いた打球が、綺麗に鼻にヒットする。

 ゴルフボールの弾速は140キロ以上出るんだ。

 初速を肉眼でとらえられる人間はまずいない。


 ボールは持てるだけ持ってきた。

 外してもいい、打ちっぱなしは子供の頃、散々父親に連れてかれたからね。

 

「おいおいなんだよありゃぁ! イデェ!」

「ヤバイ、ヤバいヤバイ逃げろ!」

「ダメだ、逃げるな! アイツを捉えろ!」


 僕の白球を受けて、ノノンの周りにいた男が散り散りになっている。 


「ノノン! 今の内に逃げて!」

「……桂馬、桂馬! 桂馬ぁ!」

「跳ねなくていいから! 早くそこから逃げて!」

「ダメなんだ! 桂馬! ここ、女の人がいる!」


 女の人? ……あれか、明崎あきざきって誘拐された人か。 

 鎖で繋がれてる、あれじゃ逃げられない。

 ゲスイな、本当に、心の底からゲスイ考えだと思うよ。


「近寄れ! 近寄っちまえばどうにかなる!」


 僕のいる二階の通路にまで人の手が迫っている。

 さすがに連射が出来ない分、無理に詰められたらどうにもならないか。


「狭い通路だなぁ、どうする? 正義のヒーローさんよぉ!」

「そのアイアンで殴ってみるか!? 腕力なら負けねぇけどなぁ!」


 逃げ道がふさがってる。人が多いな、何人いたんだよ。

 でも、何の策も無しに一人突っ込んできた訳じゃない。


「別に、腕力で勝つ必要はないさ」

「ああん? 強気な態度取ってると、必要以上に痛い思いする羽目になるぜ?」

「戦争だってなんだってそうさ、人の争いは、人脈で決まるんだ」


 僕の通ってきた道、つまりは彼らの背後から、一組のカップルが姿を現したんだ。

 色黒で筋骨隆々の身体しててさ、やっぱりいつでも頼りになる、僕の兄貴分。


「うおおおおおおおおおおおぉ!」

「な、ななななな!? 身体が持ち上がってる!?」

「おい黒崎、コイツ等やっちゃっていいんだよな!?」

「うん、やっちゃっていいよ! 僕もやるから!」 


 神崎かんざき沙織さおり、港湾から一番近い、千葉の観察官だ。 

 凄いや神崎君、男の一人を両手で持ち上げて、一階に放り投げちゃってさ。 


「アタシはノノンちゃんの方に行くから!」

「ありがとう諸星さん! 気を付けてね!」

「アタシだって身体鍛えてんだよ! 贅肉たっぷりのデブに負けるかってんだ!」


 諸星さんも蹴り飛ばしながら突き進んでくれてさ。

 本当に頼りになる……でも、彼女も女の子だ。

 ノノンと二人でどうにかなるはずもない。


「下の方が人数が多い! 神崎君も下に!」


 だけど、神崎君は僕へと近寄ると、背中を預けながらこんな事を言ったんだ。


「なぁ黒崎、青少女観察官にも特別な奴がいるの、知ってるか?」

「特別? 何それ、聞いたことが無いよ」

「これまで報告会にも集まりにも、一度も出席してない特別な存在がいるんだよ」


 突然、倉庫の一階、正面の扉が開き始める。

 赤色灯もないし、サイレンもない。

 

 警察や渡部さんが来た、という訳じゃなさそう。

 じゃあ、なんで倉庫の扉が開いたんだ。


「それが日本の首都、東京の観察官」


 倉庫の扉が開いた先には、長い黒髪、白い道着を着た、袴姿の女の子が立ってたんだ。

 鈍く光る刀を握り締めていて、ギラつく彼女の目が、裸の男たちへと向けられる。


九条くじょう鞘華さやかだ」


§


次話『私刑⑥』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る