第142話 私刑② ※ルルカ視点
照明が数個点灯すると、日和は「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
初夏の熱が残る倉庫の中には、ほとんど荷物が何もなくて。
くぐもった空気が妙に鼻にまとわりつく、いるだけで汗ばむ、そんな場所に。
裸の女が一人、コンクリートの上で横たわっていた。
目隠しされてて、口にも布、両手足も縛られていて。
首輪も付けられていて、倉庫内の柱と鎖で繋がっている。
逃がす気なんて全然ない感じ。
ちょっと、常軌を逸してるよ。
「まゆら、この人」
「うん、
「違う、この人、生きてるの?」
アタシ達が入ってきても微動だにしない。
この倉庫の中に監禁されてたの? 一体何日間?
「生きてるんじゃない? あーでも最近暑かったしね。もしかしたら死んでるかも? でも、死んで当然の女だと思うよ? だってコイツが命令して大変な目にあったの、ノノンちゃんだけじゃなかったし」
腕を組みながら、まゆらは汚物を見るような目で、横たわる女を見るんだ。
「全部で二十人くらいかな? 女の子をオッサンと無理やり売春させてたらしいしね。とにかく、明崎は生きてる価値無しなの。まゆら裁判にて判決! コイツは死刑! なんちゃって」
ダメだ、まゆらはどこかおかしい。
あの明崎って人が生きてるか確認しないと。
「ノノンちゃん、そいつに近寄らない方がいいよ?」
「ダメ、どんな人間でも、死んだら洒落にならないよ」
近寄って体に触れてみる……体温がかなり熱い、暑さにやられてるんだ。
でも、呼吸はある、脈もある。
唇が渇ききってる、水分補給しないと。
「水を頂戴、まだ間に合うから」
「えー? でもまぁ、水ぐらいいっか」
本当に殺す気なんだ。
でも、水はくれるみたい。
「はい、ペットボトルのお茶」
口を縛ってる布……なんでこんなにキツク縛ってあるの。
口端が切れちゃってるし、口が閉じれなかったからか、口の中が乾燥しちゃってる。
お茶を与えると、一瞬身体を震わせたけど、それでも飲んでくれて。
……良かった、生きてる。
「ルルカちゃん、私のエプロンだけでも」
「ああ、そうだね」
日和のトレードマークのエプロンを掛けてあげると、幾分見れるようになった。
大事な場所だけが隠れる程度だけど、それでも無いよりはマシだ。
「まゆら、もっとお水とかないの? この人の身体冷やさないと」
「別に大丈夫じゃね? その内汗だくになるだろうし」
「汗だく? 何を言っているの?」
ゴウンゴウンゴウン……
倉庫の扉が、機械によって閉鎖されていく。
外にいた男たちが全員中にいて、まゆらの背後にいるんだ。
「ノノンちゃんは明崎のせいで一晩に三十人、ううん、多分もっと沢山の男に犯されたんだよ。許せないよね? 日和もさっき許せないって言ってたよね? あーしだって許せない、だから、その罪を明崎は償う必要があるんだ。ノノンちゃんと同じ目にあって貰ってね」
「何を、バカな」
「バカじゃない、あーしは本気だよ?」
「まゆら、この人の状態を見てよ! そんな事をしたら間違いなく死ぬよ!?」
「だから言ってるじゃん! 死んでも別にいいって!」
本気だ、まゆらは本気でこの人を殺そうと考えている。
「ダメだよ、まゆら、人殺しは絶対にしちゃダメだって」
「じゃあなに? 結局ノノンちゃんはソイツを許すの?」
「許すとか、許さないとかじゃなくて」
「ノノンちゃんが許したとしても、あーしが許さないけどね」
何が、まゆらをここまで駆り立てているの。
揺るぎの無い正義が、とてつもなく邪悪な正義が、まゆらの中にあるのだとしたら。
「なに? 両手広げちゃって」
「……」
「守ろうっていうの? 明崎のことを、ノノンちゃんが?」
「……」
「はぁ……本当に意味わかんない。破滅願望があったってこと? でもまぁ、明崎がした事は変わらないし? ノノンちゃんが自分からそういう事がしたいっていう趣味を持っているのなら、あーしは止めないけどね」
殺人だけは、止めないといけない。
アタシのせいでまゆらが殺人犯になるのなんて、絶対に桂馬が悲しむ。
「ルルカちゃん……私も、この人守るよ」
「日和、アンタは向こうに行ってて」
「ダメだよ、ルルカちゃん一人に任せられない」
怖いんだろ? 日和ってば、足を震わせちゃってさ。
アタシだって怖いよ。
これまでと違う、相手は数えきれない程にいるんだ。
殴ってどうにかなる相手じゃない。
扉も塞がれた、逃げ道もない。
これからされる事は、身体が嫌でも覚えてる。
痛くて、気持ち悪くて、悲しくて、辛くて。
またアレをしなくちゃいけないって思うと、涙が出てくるよ。
でも、桂馬を悲しませたくない。
この人を、死なす訳にはいかないんだ。
§
次話『私刑③※ルルカ視点』
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