第138話 正義の味方として。 ※丘隆二視点
俺の拳は、人を殺している。
熱くなっちまうと、止まらないんだ。
「じゃあさ、なろうよ、正義の味方」
まゆらの言葉を、心の底から受け入れた訳じゃない。
試合中の事故とはいえ、俺は人を殺しているんだ。
そんな男が、正義の味方になんかなれるはずがない。
「なかなか、相談に乗ってくれる子がいなくてね」
「そうか……まゆら、無理するなよ」
「無理なんかしてない、私がしたいからしてるだけ」
最初は全然、誰も俺たちに相談なんかしてこなかったんだ。
まぁ、そんなもんだろう。
誰が
正義の味方ってまゆらは言ってたけど、俺は違う。
まゆらを襲った男を殴った時に、俺は笑ってたんだ。
肉を殴る感触に、俺は喜んでたんだよ。
「じゃん! どう? 私ギャルに見える?」
「……おお、見える」
「へへ、頑張っちゃった。私、考えたんだけどさ、陰キャなオタクじゃ誰も相談してこないよね。私だって私になんか相談したくないし。だったら、ギャルならどうかなって考えたの」
濡れ羽色をした黒髪だったのを、まゆらは金色に染め上げてきた。
長かった髪も短くし、メイクも濃く、爪やアクセサリーもゴテゴテと。
「……悪くないな」
「へへー、でしょでしょー? 後は喋り方も変えないとだよね。私じゃなくて……あーし、とか? ギャル語ってどんなのがあるんだろ、調べないとだね。他にもスカートもうんと短くして、露出も派手にしないとだよね。他には……あ、隆二、ちょっと」
まゆらは本気だった。
本気で正義の味方になろうとしていた。
「ギャルになるんだろ」
「そ、そうだけど……」
「だったら、処女は捨てないと」
「……わ、わかった」
俺に出来ることなんて、何もない。
俺に出来ることは、ただ、壊すことだけだ。
だが、こんな俺でも、正義の味方になれると彼女は言っている。
こんな、人殺しの俺でも。
「これで、ギャル、かな」
「……そうだな」
「へへ、もっと、がんばろ」
まっすぐな瞳を誰にも奪われたくないと、その時、思っちまったんだ。
最初は、何か側にいる邪魔くさい女だと思ってたのに。
それから数日もすると、まゆらは初めての相談者を連れてきたんだ。
浮気した彼氏に復讐がしたい、こっぴどくやっつけて欲しいと。
「……すいません、でした」
「もっと真剣に謝罪しないと、好きぴもう一回殴るよ?」
「ひっ、ほ、本当にすいませんでした! もう浮気はしません!」
大抵の男は一発殴るだけで大人しくなる。
ボクサーの拳は凶器だ、普通の拳とは訳が違う。
「ありがとう、すっとした!」
「にへへ、悩んでる子がいたらドシドシ連絡頂戴ね!」
「うん、ありがと!」
一件目が成功すると、そこから人伝に俺たちの存在が知れ渡っていったんだ。
毎日のようにまゆらの携帯に依頼が入り、二人で現場へと足を運ぶ。
どれもこれも真っ黒な事件ばかり。
警察に頼ることも出来ない、泣き寝入りしか許されない事件ばかりでさ。
「隆二のしてること、聞いたぜ?」
「……なんだ、説教か?」
「違う、俺も協力させて欲しい。だって、それって正義の味方なんだろ?」
まゆらのしてる事が、俺の拳が次第に正義として認められていく。
その事実に、俺の感覚も麻痺していっちまったんだろうな。
依頼が増え、人が増え、金も増える。
「ここまで大きくなったら、組織名とか必要かもね」
「……レナトゥス」
「レナトゥス? なにそれ」
「ラテン語で転生って意味らしい。俺たちがしてる事に、ちょうどいいと思ってな」
転生、やり直し。
依頼者の人生を、やり直させる。
俺の人生を、やり直すんだ。
§
「隆二、俺たちのことを警察が嗅ぎまわっているらしい」
レナトゥスとして活動を始め、一年が経過した。
基本的に俺たちがしている事は正義だが、やり方は違法だ。
俺とまゆらの二人で活動している時には問題なかったが、今はデカくなり過ぎちまった。
金の流れに敏感な奴等も近づくようになってきたし。
何となく、終わりが近い気がしていた。
「隆二、ちょっと相談したい事があるんだけど」
そんな時に、まゆらは選定者という女の子の情報を持ってきたんだ。
言葉は知っていたが、どんな内容なのか、までは知らなかった。
「……あの事件の」
「うん、実は、その子の彼氏が昔の知り合い……じゃないか。あーしが勝手に知ってただけの男っていうのも、何か変かな? とにかく、知り合いなの。だから、ノノンを襲うように仕向けた首謀者の女とか、ノノンを抱いた男とか、そこら辺を徹底的に叩きのめしたいんだよね」
既に俺たちは組織だ。
独断専行で動ける状態じゃない。
だから、仲間にも相談したんだ。
「いいと思うぜ? 一人十万でも頂けりゃ、結構な金になりそうだし」
「……いや、金は」
「警察、ヤバイんだろ? 逃げるにしても金は必要だぜ?」
組織だからこそ、全員が俺たちの為に動いてくれる。
それがとても、あったけぇって思っちまってさ。
「……すまない」
「構わねぇよ、レナトゥスとしての最後の花火、ぱーっと上げてやろうぜ」
「このこと、まゆらには」
「ああ、内緒だろ? 後、首謀者が女ってことだよな。汚れ役の奴等、集めとくからよ」
みんな、俺のことを理解してくれててさ。
正義の味方なのに、悪者の俺なんかにはもったいない仲間でさ。
「……感謝する」
もう、これで終わっていい。
レナトゥスが解散したら、それで終わりでいいんだ。
これ以上の仲間には出会えないし、これ以上楽しい時間も、きっと訪れることは無い。
だから、最後の最後は
万人が認めなくとも、俺には信じられる仲間がいるから。
まゆらが、ずっと側にいてくれるから。
§
俺たちの隠れ家的場所だった、港湾のコンテナ倉庫。
今、俺の前には縛られた女が一人、意識を失い横たわっている。
かつて不良集団のトップだった男の元恋人。
今はその男とも別れ、普通の男と結婚した一人の女だ。
「……んっ、んんんっ、んんんん!」
しばらくすると、もぞもぞと動き出しやがった。
目隠しされ、口に布を噛まされ、両手足が縛られてんだ。
おまけに裸、そりゃ叫びたくもなる。
「起きたか」
「……んんんっ!」
「これからお前には、罰を与えようと思う」
打ちっぱなしのコンクリートに寝そべったまま、明崎は震える。
「理由、分かるよな? お前が過去にしてきた事を思い返せば、自然と分かるはずだ」
「んんんっ! んんんんんっ!」
「明崎椎、お前は過去に一人の女の子の人生を終わらせているんだよ。一晩で数十人の相手を強引にさせた張本人。この事、お前の旦那は知っているのか?」
この手の輩は、自分の過去を隠したがるもんだ。
つまり言い換えれば、自分のしたことが悪だと認めているも同然。
「知らせてないよな、言えないよな。だから、俺から教えておいてやったよ」
「! んんんんんんっ! んんっ! んっ、んいいいいいいいいいいっ!」
「旦那さん、顔真っ青にしてたぜ? まぁ、それだけの事をしたんだ、報いは受けねぇとな」
「んんんんっ! ひっ、ひっ、いいいいぅ! んんんんんん!」
「安心しろ、俺が裁きを設けてやったからさ」
「んんんっ! んーんっ!」
「三日後、お前が傷つけた女をここに連れてきてやる。彼女の目の前で、お前は報いを受けるんだ。同じ事をされれば、少しは痛みってもんが理解できるだろ」
「んんんんんんんっ! んんんんっ!」
「……じゃあな。水も食料もねぇが、それまで死ぬんじゃねぇぞ」
§
次話『誘拐※ルルカ視点』
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