第137話 あーし達は正義の味方だから。※岡本まゆら視点

 昔、中学生の頃、私は俗にいう陰キャオタクだった。

 漫画やアニメ、小説を読むのが大好きで、自分で書いたりもしてた。

 学校だとクラスメイトの目があったから、主に図書室。

 予約すれば使用できる勉強スペースは、私だけの個室だ。


 そんな私のパーソナルスペースに、たまに入り込んでくる男の子。

 同じクラスにもなったことあるけど、会話は一回もしていない。 

 

(黒崎君……また一人なんだ)


 多分、同じタイプなんだろうなって、喋らなくても分かる。 

 物静かで、男友達はいるけど、学校が終わってから遊んだって話は聞いたことがない。

 なんとなく、親近感を覚える。

 きっと話しかけたら、ちょっとは盛り上がったりするのかなって。

 

 でも、そんな行動に出れてたら、私たちはこんな場所にいない。

 人と会話するのが怖くて、一人の世界に没入しちゃって。

 喧嘩することもないけど、仲良くすることもない。

 空気みたいな存在。それが私たち。


(……あ、もう六時か。いけない、遅くなっちゃった)


 きっとこのまま静かに、平凡に生きていくんだろうなって思っていたのに。

 ある日、帰りが遅くなった私には、平凡じゃないことが起こったんだ。


「お、そこの君、可愛いね」


 夕暮れから闇夜に空が変わる、そんな時間。

 学校からの帰り道、繁華街で私に声を掛けてくる男の人がいたんだ。


 とても顔が整った男の人。テレビとか動画で見て、ああ、こういうタイプの人とは一生縁がないだろうなって、そう思っちゃうくらいにカッコいい人。だから、呼び止められたのが私だとは思えなかったんだ。


「ちょちょ、無視しないでよ」

「……私、ですか?」

「うん、そこの可愛い君。俺、ストリートスナップ撮ってるんだけどさ」

「ストリート、スナップ?」

「そ、このカメラで可愛い子を写真に撮ってネットに投稿するの。ほら、これ俺のアカウント。出来たらでいいんだけど、君をモデルに写真撮りたいって思うんだけど、いいかな?」


 写真の一枚くらいなら。

 そう思って承諾すると、ここじゃ逆光だからって、彼は近くのカラオケに私を誘ったんだ。

 確かに、カラオケなら個室だし、モニターを消してしまえば部屋は暗くなる。

 いろいろな言い訳にひとつずつ納得しながら、私は彼とカラオケへと足を運ぶ。


「可愛いけど、これじゃ物足りないな」

「……はぁ」

「ちょっとだけで良いから、下着、見せてくれないかな?」

「下着。え、ダメですよ」

「そういわずに」

「ダメです、ダメですって」


 豹変した彼は、スカートの中に無理やりカメラを差し込んできた。

 スカートの中でフラッシュが焚かれ、私の下着が彼のカメラに収められる。

 

「これ、クラウド保存だから。消して欲しかったら……分かるよね?」

「……そんな」

「大丈夫だって、終わったら消すからさ」


 怖かった。

 写真に撮られたことも、ネットに晒されることも、これからされることも。

 小説や漫画とは違って、ここは現実だ。

 誰かが助けに来てくれることもないし、私はヒロインじゃない。

 制服を脱がされ、下着姿にされる。

 でも、そんな時でも、私は叫ぶことも出来ないんだ。 


 それでも願う。

 誰か助けて。


 男の舌が……。


 やだぁ……。


 ……。


「お客様」


 突然聞こえてきた声に、男は咄嗟に私から離れた。


「そういうのは他所よそでしてもらえませんか。ウチ、監視カメラあるんで」


 カラオケ店のエプロンを付けた店員さん。

 すっごい腕が太くて、すっごい強そうな人。


「……ちっ、店員が勝手に入ってくんじゃねぇよ!」

「お客様、以前も同じことしてましたよね? 警察に相談済みですから、悪しからず」

「け、警察!? おいお前、俺の情報を警察に渡したのか!」

「ええ、全部渡しましたよ? 本名住所連絡先、どうかされましたか?」


 慌てるのも無理はないだろう。

 だって、彼は犯罪者だ。


「あ、あの」

「……?」

「その人、レイプ犯です……私、襲われてました」


 途端、逃げようとする男へと、店員さんは拳を叩きこんだんだ。

 凄い音がして、たった一撃で男は動かなくなっちゃって。


「……大丈夫ですか? 気付くのが遅くなって、すいませんでした」

「い、いえ、大丈夫、です。……大丈夫、でした。……ぐすん」


 店員さんの名前は、おか隆二りゅうじ

 その日から私は毎日彼のお店へと行き、彼女になるべく猛アタックを開始したんだ。

 聞けば、彼は二十歳の元ボクサーさんで、今はフリーター。 

 遅刻とか計量失敗が重なって、ボクシングに対する熱が無くなってしまったらしい。

 

「俺に残ったのは、腕力だけなんだよな」

「……でも、私はそれに助けられたよ?」

「……そうだな、正義の味方みたいだったな」

「じゃあさ、なろうよ、正義の味方」


 私みたいな人は、きっと沢山いる。 

 現行犯は難しいけど、襲われて心に傷を負った人は沢山いるに違いない。


 その日から私は、学校や街中、ありとあらゆる場所で女の子に声を掛けて回ったんだ。

 見た目や喋り方も、その時にギャルを意識するようになった。

 陰キャなままだと誰も相談をしようとしないけど、ギャルなら何故か心を開いてくれる。

 

 浮気された彼氏への復讐、時には不倫された主婦の相談なんかもあった。

 

「これ、少ないけど取っておいて」

「そんな、あーし達は金目当てじゃないよ?」

「いいの。そうじゃないと、私の気が済まないから」


 事が終わると、みんな笑顔になるんだ。

 正義の味方も悪くない。

 私たちがしていることは、正しいんだって思える。

 

『貴方の言うとおり、何人の男の人に抱かれたら分かりません。覚えてもいません』


 久しぶりに再会した黒崎君は、昔と違って少し男らしくなっていた。

 青少女保護観察官として、彼女さんを守るために365日一緒に生活する。

 凄いことだと思った。それと同時に、選定者の存在を、私は知ったんだ。


 許せないと思った。 

 殺してもいいと思うぐらいに。


「隆二」

「ああ、分かってる」

「今回、ちょっと大変かも」

「そうだな、〝レナトゥス〟のメンバー全員で動かないとだろうな」


 レナトゥス、ラテン語で転生を意味する言葉。

 アタシ達の活動に賛同した仲間を指す言葉。

 組織名として、隆二が決めた言葉。 

 

「全員ぶっ潰そ、天誅を下さいないとね」


 だって、あーし等は正義の味方なんだからさ。


§


次話『正義の味方として※丘隆二視点』

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