第136話 桂馬の知らない世界。

「はぁ、歩くの疲れたぁー。ノノン、おっぱい揉ませてー」

「ダメ、ノノンのおっぱいは、けーま専用です」

「え、桂馬君、ノノンちゃんのおっぱい揉んでるの」


 揉んでません。 

 キスする時に身体に触れるけど、手のひらで感じたことはありません。


「日和のおっぱいでもいいよぉー、あーし、貧乳でも大歓迎だから」

「無理です。っていうか、虚空を揉まないでください」

「なんでもいいから疲れたのぉー。……お? あそこで休憩とか良くね?」


 休憩? ……無駄にキラキラしたどこはかとなくピンク色した建物でございますね。

 rest time (お休憩)二時間で三千円、おお、安い。

 こっちの方ってあんまり来なかったけど、こんなホテルもあるんだ。

 

「本当に疲れたのなら、行く? 三千円ぐらいなら出すよ?」

 

 ぶっちゃけここからなら家の方が近いんだけど、岡本さんの登録してないし。

 六時から八時くらいまでずっとカラオケで歌って飲んで叫んで。

 それからボーリングとゲームセンターで遊んで、今の時刻は既に九時半過ぎだ。


「藤島まで四十五分でしょ? 一時間ぐらいでホテル出ても怒られないだろうし」

「……え、ちょっと待って、黒崎、マジで言ってる?」

「うん、休憩できるなら、良いかなって」


 女性陣、みんな固まってる。

 あれ? 僕なんか変なこと言った?

  

 ノノンだけがとことこーって近づいてきて、僕の頭を撫でる。

 

「けーま」

「うん?」

「けーまは、そのままでいてね」

「……うん? え、でもさ、高校生が補導されるのって十一時以降だから、そこをリミッターに考えれば一時間ぐらいなら休憩しても大丈夫っていうか。え、僕なんか変なこと言ってる? 岡本さんなんで笑ってるの? え? なんで?」


 岡本さん爆笑してるし、日和さんもお腹抱えてうずくまってるし。

 ノノンだけが僕にくっついて、なんか物凄いニコニコしてる。


「ひーひひひひ……あー、ここ最近で一番笑った。黒崎、アンタ優勝。いひっ、いひひ」

「……どうも」

「ちなみに、休憩大丈夫そ。好きぴが迎えに来るってさ」


 あ、彼氏さん迎えに来るんだ。

 そりゃそうだよな、自分の知らない所で彼女が夜遅くに遊んでたら心配するに決まってる。

 じゃあ彼氏さんの到着を待ちましょうかということで、花宮駅のマクドで時間潰し。


「笑い過ぎて化粧崩れてんじゃん……あーし、化粧直してくるわ。ひよりんも一緒にいこー」

「ひよりん……ああ、うん。一緒に行くから、ちょっと待って」


 日和さん、インナーカラーで金髪にしてるから、夜に遊んでても違和感が仕事しない。

 結構この時間まで平気で遊んでるのかな。なんかちょっと意外。


「ああ、そういえばノノン。さっきの場所って、結局なんだったの?」

「……あそこはね、将来、ノノンとけーまが行く場所だよ」


 隣に座って腕に絡まり、肩に頬をスリスリさせてくる。 


「僕とノノンが将来行く場所? 大人になれば旅行だって行くし、ホテルだって行くでしょ」

「んーん、あそこはね……えっちなことだけをするホテルだよ」

「エッチなこと……?」

「……ラブホテル、だよ」


 ラブホテル。

 名称だけなら僕でも知ってる。 

 ……え、こんな駅近にあるの? もっと山の上とか、そういう場所にあるんじゃないの?

 ちょっと待って、僕そこに四人で入ろうって言ったの? 岡本さんと日和さんも一緒に?


「桂馬は、知らないよね。ふふふっ、ノノンが、全部教えてあげるからね」


 肩を出した薄い服は、ノノンの肌の柔らかさとか、夏が近いのに冷えた体温を教えてくれて。

 そんな場所にノノンと一緒に行くとか、目的はひとつしかないじゃないか。

 

 ……でも、みんな知ってるんだ。

 ノノンも行ったことあるんだよな。


 ……そりゃ、あるか。

 

 ……うん。


「ういういー? 黒崎っち、なんでしょげてんだー?」


 一体いつの間にトイレから戻ってきたんだか。

 すっかり花宮駅に到着した時の顔に戻った岡本さんと、腰に手をあてて苦笑する日和さん。


「岡本さん彼氏いるんですから、あんな場所に誘っちゃダメですよ」

「うは、ウケる。マジな訳ないじゃん。黒崎っちは十番目って言ったっしょ」

「そうですけど」

「ていうか、あーしの彼氏迎えに来たから、そろそろ帰るわ」

「あ、じゃあ僕たちも外に行きます」


 ブォオオオオオオオオォォォ……

   

  ブオオオオオンッ! ドルン…… ドドドドド…… 


 外に行こうとした時に、なんか凄いエンジン音……排気音? する車が一台、店の前までやってきた。改造車かな、うるさいし、車高めちゃくちゃ低いし、全面ガラスが真っ黒だ。こういうのって何が目的で改造するんだろうね。ただ走りづらいだけだと思うけど。


 うわ、助手席の窓が開いたよ。

 なんだろう、いちゃもん付けてきたりするのかな。

 面倒なのに絡まれる前に、逃げた方が良さそ。


隆二りゅうじー!」


 岡本さん、開いた窓から身体投げ入れて、そのまま運転席の人とチューしてる。

 

「ごめんねぇ、萌美とか連れて来たかったのにぃ、一人になっちゃってぇ」

「……大丈夫だ、お前のためならどこでも行くさ」

「あぁん♡ 隆二、好き……大好き♡ ありがと、ほんと好き♡」


 花宮の駅前って、それなりに人が多い場所なんだけど。

 岡本さん、人目なんかまったく気にせずにいちゃついてる。

 あそこまでは僕でも出来そうにないな……ちょっと、引いちゃうレベルだ。


「あ! ノノン! ひよりん! またあそぼ―ね!」

 

 ふっと思い出したように、僕たちの方へと手を振る岡本さん。

 さっきまでの衆目が全部こっちに向かれる。ちょっと恥ずかしい。


「うん! まゆらも、気を付けて、ねー!」

「髪染める時は連絡ちょうだいねー!」

「ありがとー! また連絡するー! またねー!」


 でも、あんまり気にならないんだろうね。

 大声で三人会話して、車が走り出しても手を振っててさ。 


「はー、まゆらさんって楽しい人だったね」

「でしょでしょー! ノノン、まゆら大好きなんだー!」

「今度は古都ちゃんも一緒に遊ぼうかな」

「うん! 大勢だともっとたのしー! だよね!」


 まぁ、ノノンが楽しければ、それで良いか。  

 悪い人じゃなさそうだし、たまにはね。



§ 岡本まゆら視点



「さっきのが火野上ノノンか」

「うん。土曜日の午後六時まで仕事してるんだってさ」

「そうか……いつにするんだ?」

「来週でいいっしょ、善は急げって言うし♡」

「分かった」

「ふふっ、あーしの特別プレゼント。ノノンちゃん喜んでくれるかな♡」


§


次話『あーし達は正義の味方だから ※岡本まゆら視点』

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