第134話 罰ゲーム

6/3 月曜日 18:00


『そうか、ノノンさんとルルカさんとで、曜日ごとでの入れ替わりを今後は実施していくという事なんだね。……勝手に決めてすみません? 何を、我々は黒崎くろさき君が決めたことを受け止めるだけに過ぎないさ。ただ、ノノンさんは美容師になりたいという夢を抱き、ようやく動き始めた所なんだ。彼女の夢の妨げにならないよう、そこだけは配慮するようお願いしておくよ』


 僕たちで勝手に決めた事とはいえ、渡部わたべさんへの報告は必須だ。

 報告書だけじゃ足らないと思い、電話でも報告をしたのだけど。


「ありがとうございます。美容室の手伝いが水曜日と土曜日ですので、月、水、土がノノン、火、木、金がルルカ、残る日曜日は二人で分ける感じにするとの事でした」

『なるほど、こちらでも把握し、情報を共有しておくよ。曜日によって呼び方を変えるが、了承して欲しい。それと、これは極秘情報なのだが――――』


 極秘情報という言葉を耳にし、無意識に背筋を正す。

 前に水城みずきさんにこっぴどく怒られたからな、注意しないと。


『どうやら最近、火野上ひのうえさんを過去に襲った人間、彼等を狙った強盗事件が多発しているらしい』

「……え、ノノンの、ですか?」

『ああ、身上書にある通り、彼女の過去は凄惨を極める。それを知った誰かが彼女に代わり、断罪しているように受け取れる内容でもあるのだが。念のため確認しておくが、最近ルルカさんに入れ替わるようになったとの事だが、まさか裏で彼女が手引きしている、という事はないよね?』


 裏で手引き? そんなの出来るはずがない。

 というか、渡部さんの口からそんな言葉が出るなんて、心外もいいところだ。


「あるはずないじゃないですか、彼女と僕は鎖で繋がっているんですよ?」

『言葉通り、念のためだよ。ただ、推測や私情で報告を上げる訳にもいかないんだ。これも観察官の勤めとして、受け止めて欲しい』


 いてはノノン、ルルカを守るため。 

 内容が内容だけに、疑われてもしょうがないんだろうけど。


「それで、どのぐらいなんですか?」

『どのくらい、とは?』

「被害状況とか」

『……把握しているだけで六人、恐らく現実にはもっとだろうね。火野上さんの過去を追求していけば、一人から二人、二人から四人と、ねずみ講のようにどんどんと増えていく可能性が高い。額面も六桁の数字とは知らされているが、それも表立った数字ではないだろう。襲われた彼等は加害者だ、秘密裏に終わらせて欲しいと願い、多額の現金を渡している可能性が高い』


 ……ちょっと、予想以上だった。

 人数も金額も、僕の想定を遥かに超えている。


『……ここまで、大丈夫かな?』

「あ、はい、大丈夫です。あの、質問いいでしょうか?」

『どうぞ』

「あの、今回の話が出てきたという事は、被害を訴えて来た人がいるって事ですよね? となると、ノノンを逆恨みしてる人もいるんじゃないのかって、そんな気がするのですが」


 金銭が発生しているんだ、金の恨みは小さくない。

 しかも警察沙汰。

 被害者だけど加害者な彼らは、恐らく未成年淫行で何かしらの罰を受ける。

 理不尽だけど、彼等の恨みの刃は、ノノンへと向く可能性だってあるんだ。


『可能性としては高い、だが、現在の君たちの住居が割れている心配はない。火野上さんの故郷は滋賀県だ、今回の事件も関西を中心に発生している。埼玉の住居、しかも超高層マンションに住んでいるなんて、誰も予想も出来ないだろう。ただ、警戒しておく必要はある。不要不急の外出は控え、通学にも車を使用するといい。無人車両にはなってしまうが、徒歩よりは安全だ』

 

 住居が割れている心配はない、か。

 それが分かっただけでも安心なんだけど。


「あの、ちなみに……犯人が誰なのか、特定はされていないのでしょうか?」

『まだだね。特定されていれば既に逮捕されているさ』

「そうですか、ありがとうございます」

『何かあったら必ず連絡を、では、電話を切らさせて頂くよ』

 

 ……ふぅ。


 渡部さんとの電話が終わったら、なんか溜息でちゃった。

 ノノンとルルカの件を伝えたかっただけなのに……ノノンの過去の相手、か。


「けーま、あのね」

「うん、どしたの?」

「今の電話で、ルルカがお話したいって」


 リビングに置かれているコの字型の大きいソファ。

 そこで僕の膝を枕に横になってたノノンが、そのままの姿勢で僕に言う。

 

 すん……っと変わる雰囲気。

 ルルカに変わった彼女は、僕を見るなり頬を赤らめた。


「……どしたの?」

「……別に」


 ルルカは起き上がると、こほんと咳を一つ。

 膝枕で崩れた髪を手櫛で整えると、ヘアゴムで後ろ髪を留めた。

 クセのある赤い髪が尻尾のようにまとまると、サイドヘアが跳ねて可愛らしく見える。

 ノノンは下ろすけど、ルルカはまとめる。最近こんな感じだ。


桂馬けいま、さっきの電話の件、先に一言だけ伝えておきたくてな」

「……何を?」

「アタシは何もやってない。思い当たる節もない」


 うん、まぁ、そうだろうねと思っていたんだけど。

 ルルカは僕の目を見ずに語り始めたんだ。


「あの頃、アタシはもう表に出てなかったし、ノノンはどちらかというと助けられたとしか考えてなかったんだ。復讐しようとか、そういうのは全然考えてない。たとえ身体を預けたとしても……こういうのを桂馬に言うと、嫌な思いとか、させちゃうかも、だけど」


「……」


「あ、あれだな。もし桂馬が気になるなら……ほら、依兎よりととか、まいとか、桂馬を好きになってる女ってチラホラいるみたいだからさ。そいつ等の相手をしても、アタシ等は怒らないし、ノノンも受け入れてくれると思うからさ。やっぱ、経験人数とか、男は気にするだろ? そういうので詰められると、アタシ等は何も言えないっていうか――――んっ」


 うん、とりあえず、うるさいお口は塞いでおこう。

 頬に手を添えてキスをすると、ルルカは静かになった。

 唇が離れると、ルルカは口元に手を当て、しおらしく僕の行動に従う。


「桂馬……」

「なんか、変な方向に行きそうだったから」

「……ごめん」


 引き寄せ抱きしめると、そのままぎゅーってくっつくんだ。

 温かいし安心する。油断するとすぐにいなくなりそうで、なんか怖いよ。


 それにしても、一体誰がこんな馬鹿なことをしているんだろう?

 ノノンの代わりに断罪……いや、金儲けが一番の目的かな?


 でも、この件が広まると、少なくともノノンだって被害をこうむることとなる。

 そういうのを考えると、やっぱり悪徳商売、金儲けの線が濃厚って感じ。


 などと、彼女の頭を撫でながら考え事をしていたら。

 抱きしめていた彼女の匂いが、ぽんっと変わった。


「けーま、今日はノノンの日だよ! いちゃいちゃは、だめ!」

「ああ、うん、ごめん」

「バツとして、けーまは、ノノンと百回チューして下さい!」


 それ、ご褒美でしかないんだけど。

 というか連続チューとか、単なるギャグだよ。


「ちゅちゅちゅちゅちゅちゅ……ん、ちょっと待ってノノン、電話だ」

「むぅ。だれ?」

岡本おかもとまゆら……ああ、岡本さんだ、懐かしいね」

「まゆら……まゆら! お花見の人! ノノン、まゆら好き!」


 久しぶりだな、二か月ぶりぐらいかも。

 まだキスの途中だったのに、何の用でしょうか。 


§


次話『一緒に遊ぼうぜ』

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