閑話……知られざる真実 ※渡部将司視点
観察官と選定者との間に子供が出来ること自体は、我々はリスクと認めていない。
むしろ歓迎すべきことであるが上に、その点についてはお咎めなしともいえる。
傷となったのは、福助君による
観察官が観察官へと危害を加える。
これは、あってはいけない事だ。
選定者が観察官へと危害を加える事とは訳が違う。
しかも今回、福助君は凶器として包丁を用いていた。
調べた所、キッチンのものではなく、別の場所で購入したものらしい。
自殺する為に購入し、隠し持っていたものだと思われるが。
「
モニターに映る報告書を覗き見て、隣に座る
「言い訳はできん。我々は大切なお子様をお預かりしているのだからな」
「そうですけど。でも、各学年に最低一組、多い時は何組もの観察官と選定者を
水城が愚痴るのも無理はないが、そんな言い訳が通用する甘い世界ではない。
今回は大事には至らなかったが、もしこれが黒崎君の心臓を貫いていたら。
考えるだけでもおぞましい。
場合によってはプログラムの頓挫だってあり得る。
「まぁ、凶器対策に関しては、全マンションに金属探知機を設けるみたいですけどね」
「それに加えて、計上された領収書の確認、不要な刃物工具類の購入が認められた場合は、随時観察官に用途を確認すること。更に、観察官と選定者が不仲な場合、即座に別居の措置を取ること。なお、別居に関する住居選定は全て各県の観察課に一任する……だな」
必要なことかもしれないが、緊急時に受け入れ可能な物件なぞ、そう多くもないだろうに。
一定基準のセキュリティも必須項目に盛られていて……本当、仕事ばかりが増えていくよ。
「失礼します。水城課長代理、お時間宜しいでしょうか」
折り目正しい挨拶と共に、一人の女性課員が書類を片手に頭を下げる。
四月から配属された
全体的にふんわりとした赤い髪は、どこか火野上さんを彷彿とさせる。
ハキハキとした明瞭な言葉使いは、真面目な彼女の性格を表しているようだ。
「どうしたの? 何かあった?」
「はい、水城課長代理に言われた通り、観察官、及び選定者の情報を確認していたのですが。この選定者だけ、少々気になりまして」
藍原さんが手にしたタブレットに表示されているのは、我々がよく知る人物だった。
水城が無言のまま俺の方を見た後に、視線を藍原さんへと戻す。
「具体的には?」
「はい、この登録された女の子……幼少期の頃に施設でも暴れ、小学校でもなじめず、不登校だった中学校の時に保護されたのですよね? しかし、昨今の性格と不一致と言いますか、そもそも呼称されている名と、施設での呼び名が変わっているのが気になりました」
きちんと情報を精査している。
水城の教育のたまものと言ったところか。
「さすが藍原さん、昨年度の最優秀保護観察者であっただけの事はあるわね」
黒崎君が一年生の部で最優秀だったのに対し、藍原さんは三年生の部で最優秀だった。
三年生での受賞、それはやはり、彼女の能力が突出していることを意味している。
その彼女がウチへと配属になった……まぁ、それなりに裏あっての事だろうな。
「貴女の感じた違和感は、そのまま事実よ」
「……となると」
「ええ、彼女たちは、いつの間にか入れ替わってしまっていたの。だけど、どちらが扱いやすいかで考えれば、私たちは例えイマジナリーであったとしても、彼女の方を選択するわ。だから、もし藍原さんが彼女と接触することがあったとしても、真実は伏せておいてね」
それが彼女たちの幸せに繋がるかどうかは、定かではない。
だが、現状、それらを受け止めている相方がいる以上、それは大きな問題ではないさ。
「かしこまりました。それともう一点、ご報告を宜しいでしょうか」
返事を待たずして、彼女は手にしたタブレットの画面を切り替える。
「今年度から開催される夏の大会ですが、基本ルールが制定されたとのことです」
「ようやくか。すまなかったね、運営委員を任せてしまって」
「いえ、新人ですので、末席とはいえ経験させて頂けるだけでも御の字です。それにこういうイベントは、若手の意見を取り入れてこそだと思っております。他県の先輩方とのコミュニケーションも出来ましたし、非常に得るものが多かったですよ」
非常にいい子が配属してくれて、本当に助かる。
基本ルール、特殊イベント、配布物……ふふっ、観察官の皆がどうでるのか、楽しみだな。
「若者の意見か、藍原君も何か口添えしたのかな?」
「はい、出来る限り苦しむようにすべしと、いろいろと」
にやりと薄笑いと浮かべた後、「では失礼します」と、藍原君は自分の席へと戻っていった。
藍原君……顔に似合わず意外と怖い子なのかもしれない。
「大会ルール……結構細かいですね」
「穴があったら楽しめないからな。あくまで余興だが、これは彼らの能力を図るテストでもある。限られた環境下でペアとなった二人がどれだけ協力して生きられるかが……ん?」
メッセージ?
〝至急対応求む〟か、件名からしてあまり開きたくないメッセージだな。
「……また何かあったんですか?」
「だろうな。基本的に、明るい話は電話で掛けてくる人だからな」
ずいっと近寄った水城と共に、肩を寄せ合いながらモニターへと注視する。
――
県警からの報告によると、保護選定者の名を語り、過去に選定者と接触した人物から金品を強奪するという事件が複数発生している。被害者は児童買春罪、児童淫行罪、強制わいせつ・強制性交等罪の発覚を恐れ、被害にあった事を黙秘しているとのことだ。
この情報は被害者家族からの匿名での投稿によって発覚した事件であり、それがどのような実態であるのかはまだ不透明である。名を語られた人物に対しての監視、及び周辺の情報の精査をお願いしたい。
――
「……これ」
「ああ、恐らく、そういう事だろうな」
彼女の過去を悪用しているという事か。
多分、動いている人物は正義を執行しているつもりなのだろう。
過去の悪事を裁く……大いに結構だが、私刑が許される国じゃないんだよ。
「早速動こうか。この問題、大きくなる可能性がある」
「はい、分かりました」
出来る限り、彼女に悟られぬように動く必要がある。
知ってしまったら、きっと彼が黙っていないだろうから。
「藍原君」
「はい」
「我々は席を外すが、君は通常業務に加えて、
§
次話『正義執行 ※岡本まゆら視点』
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