第131話 バレた。

5/31 金曜日 10:30

 

 授業中、ノノンはたまにすぴーすぴー寝てることがある。


 彼女の勉強内容は小学五年生であり (最近上がった)、高校二年生の僕らの授業を一緒に受ける義務はない。リモートでのオンライン授業も毎時間ある訳ではなく、時にはドリルを黙々とこなす時もあったり、丸々一時間読書の時だってあるんだ。


 そんな時、ノノンは課題をこなした後、すやすやと眠りについてしまう。

 たまに僕らの授業に耳を傾けることもあるけど、やっぱり理解は出来ない。

 となると、することのないノノンは寝るしかないのだ。

 

 要約すると、ノノンが授業中に寝ているのは、決してサボりではない。

 けれども、そんなことを理解できない先生も、たまにいるみたいで。


「授業中に居眠りですか。これだから別教室にして欲しいってお願いしているのに」


 授業中、数学担当の女の先生が、眠っているノノンを尻目に文句を言った。


「先生、火野上さんは……」

「分かってます。分かった上での苦言です。本来、義務教育を終えた皆さんに対して、居眠りをするなというお説教をする必要は、我々教師にはありません。眠くなったらどうぞ寝て下さいというのが本来のスタンスです。結果として、授業についていけなくなるのは居眠りしている本人ですからね。ですが、眠気というのは連鎖するもの、誰かが寝ていると眠くなるものなのですよ」


 つまり、この先生は例えノノンが選定者であっても寝るな、と言いたいらしい。

 言っていることは正しい、でも、それじゃあノノンはまた別教室で一人になってしまう。

 それはノノンのためにも避けたいと思うのだけど、どうしたものか。


「起きてますよ」


 途端、隣で寝ていたノノンが立ち上がり、黒板へと向かったんだ。

 伸びる鎖を慌てて解除して、僕もなにが起こっているのか訳が分からず。


「この問題、解けばいいんですよね?」

「……解けるの? だって、貴女は」


 ノノンはチョークを手にすると、黒板に書かれていた例題をスラスラと解き始めたんだ。


 (x+1)(x2-x+1)=(x+1)(x2-x・1+12)=x3+13=x3+1


 式の証明だったんだけど……これ、正解してる。

 ノノンは黒板に書かれていた問題を全て解くと、満足気に席に戻ってきたんだ。

 隣に座り余裕の表情をかまして、居眠りすることなく授業に参加してる。


「えと、もしかして、ルルカ?」


 小声で話しかけると、彼女は軽くウィンクをした。


「本体が起きないんだ、助けないとだろ?」

「そうだけど、よく問題解けたね」

「アタシは起きてたからね。本体が寝てても見たり聞いたりは出来るんだよ」


 ああ、たまにノノンって薄目開けて寝てたけど、アレってルルカが授業受けてたんだ。 

 なんか妙に納得。


「え? じゃあ、他の授業もいけたりする?」

「うん。暇だったから、勉強以外すること無かったし」


 それ天才の言葉なんですが。

 結局、ルルカはその日の他の授業を全部完璧にこなしてしまっていて。


「えー、凄い、ねぇねぇ、私教えて欲しいところあるんだけど」

「さっきの方程式なんだけど、アタシも理解できなくて……」


 授業が終わるたび、ルルカに頼る生徒も現れてしまう状態に。

 鎖は邪魔だろうと外し、僕は窓際から人気者になった彼女を眺める。

 すると、そんな僕の横に古都さんが座ったんだ。

 

「どうなの、あれ」


 ヘアゴムを外して、ポニテを作り直す。

 一瞬だけ髪を下ろした古都さんが見れて、なんか新鮮な感じ。


「どうなのって言われても、ルルカは前から頭良かったからね」


 知識と判断力が凄いんだよな、毒物を飲み込んだ氷芽さんを一瞬で救い出したり、灰柿さんの時に咄嗟にノノンと入れ替わってみせたり。それに体育祭で披露したように、運動神経も人一倍良かったりもする。


 俗にいう完璧な美少女だ。

 そんなルルカの周りには、自然と人が集まってしまうものなのだろう。

 

「そうじゃなくてよ。このままじゃ、ノノンが出にくいんじゃないのかって話」

「出にくい?」

「ノノンの時、あんな風にはならないだろ」


 まぁ、確かに。

 ノノンの時には、古都さんと日和さん以外は、あまり近寄らない感じがする。

 この状況を知ったノノンが、果たして出てこれるのかと言われたら……。


 うーん。


 かといって、ルルカに出てくるなっていうのも、違う気がする。

 彼女は彼女でノノンを守るため出てきた訳だし。  


「一過性に過ぎないんじゃないかな、ずっと人気者って訳じゃないだろうし」

「そうか? そんな気楽に構えてていい話じゃないと思うけどな」


 古都さん、心配そうにルルカの方を見てる。

 いや違うか、古都さんが見ているのは、ノノンの方だ。

 

「一回、ちゃんと話をしておいた方がいいと思うぜ? 最近のノノンが凄い眠そうにしてるのにも、ルルカとのことが原因なんだろ? ひとつの身体に二つの魂とか、どのぐらいの負担がかかっているのか、アタシ等には想像も出来ないんだからさ」


 ノノンへの負担がどれほどのものなのか。 

 それは本人たちしか分からないものだ。


 ただ分かるのは、最近のノノンは物凄く眠そうにしてるということ。

 そして、その代わりに、ルルカが稼働している時間が増えているということだ。


 主導権が変わっている……とも、言えなくもない。

 いや、さすがにそれはないか。

 ルルカはずっとノノンのことを〝本体〟って呼んでるし。

 自分がいつ消えるかって、怖がって泣いてたくらいなんだから。


「古都さん、ありがとう。今晩二人と相談してみるよ」

 

 ノノンとルルカがどういう答えを出すのかは、やっぱり二人に決めさせないと。

 


20:00

 


「ノノン、ちょっと大事な話があるんだけど」


 ご飯後の空いた時間に、僕は彼女の名を呼んだ。

 

「大事な話って、なーに?」


 ノノンはブレザーを脱いだ制服姿のまま、僕の前に座る。

 きょとんとした大きな丸い瞳、可愛げの塊みたいな今の彼女は、間違いなくノノンだ。

 

「最近、ノノンって凄く眠そうにしてるでしょ?」

「うん」

「理由は、分かる?」


 問うと、ノノンは頬を染めながら、ちょっと眉をハの字にした。

 僅かに見上げる仕草と共に、彼女は両手で自身のおっぱいを持ち上げる。


「成長してる、から?」


 とても恥ずかしそうにしてるけど、違うと思います。

 成長期で眠くなるのは赤ちゃんだけだと思うのです。


「えっと……」

「あははっ、ごめん。分かってるよ。ルルカ、だよね」


 けたけたと笑って……からかってたのか、純粋に騙されたよ。

 でも、しばらく笑った後、ノノンは真剣な顔になったんだ。


「けーまには、ちゃんとお話し、しておくね」 

「うん」

「ノノンとルルカは、実はお話が、できます」


 それは、なんとなく分かってた。

 奈々子ちゃんの時に、二人は意図的に入れ替わってたし。


「だから、今日の昼間、ルルカがムズカシーのを、ぱっと解いてるのも、ノノンは知ってます」

「うん」

「その後も、ルルカは人気者でした。だから、ノノンは中にいました」

「あ、そうなんだ」

「はい。ノノンは、空気が読めるのです」

   

 とんっと胸に手を置くと、ノノンは鼻高々にすました顔を見せる。


「ノノンから見てさ」

「うん」

「ルルカが人気者になってるのって、どんな感じだった?」


 これでもし、ノノンが少しでも嫌な素振りを見せるのだとしたら。

 その時は、ルルカに少しだけ自重してもらう必要があると思う。

 そう、思ってたんだけど。


「別に、平気、だよ」

「……そうなの?」

「うん。ルルカも、ノノンと一緒だから」


 そういうものなのかな。

 嫉妬心とか、ちょっとはありそうだけど。


「でもね、けーま」


 ノノンは立ち上がると、その足で僕の横に座ったんだ。

 両手で僕の頬を抑えると、柔らかな唇を自然と重ねてくる。


 数秒もすると離れて、彼女は僕の胸元に顔を沈めるんだ。

 そして、僕の顔を見ないようにして、彼女は言った。

 

「けーまとルルカがキスしてるのは、ちょっと辛い」

「……ノノン」

「昨日、してたでしょ……体育祭の時」


 俯いていたノノンが、僕の顔を見上げる。

 

「キスの感じが、全然初めてじゃなかった。ノノンが寝てる時、二人で何をしているの?」


§


次話『三人での取り決め』

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