第130話 平和な体育祭

5/30 木曜日 06:28


 目覚まし時計の鳴る二分前に、自然と目が覚める。

 僕にとってはこれが日常であり、いつも通りの事なんだけど。


「……ノノンは爆睡か」


 昔、母さんに「けい君は責任感あるわね」って、何かで褒められたことがある。

 こうやって朝起きるのも、責任感がなせる技だ、とか言ってたっけ。

 

 別に、普通のことだと思う。

 起きなかったら遅刻しちゃうし。

 朝ご飯だって作らないといけないし、洗濯物に片付け、朝からやる事は沢山だ。

 それに、今は毎朝欠かさずにすることが一個増えている。


 隣で眠る、掛け布団にくるまってる赤毛の可愛いの。

 

 ぺろんと布団をめくると、眩しいのが嫌なのか、ノノンは眉根を寄せた。

 前は名前を呼んで起こしたけど、今は違う。

 覆いかぶさるように彼女を布団の上から抱きしめて、頬にキスをするんだ。


「……ぁぅ」

「ノノン、おはよ」

「……? おはよ、ござます」

「朝ご飯、用意してくるね」


 ベッドから出ようとすると、ノノンは僕の腕を掴むんだ。

 横になったまま、寝ぐせも直さずに「んー」って両手を伸ばす。


「……おはようのキス、欲しい、です」

「さっきしたよ」

「ノノン、寝てたから、もう一回」

「はいはい」


 寝起きでぽかぽかのノノンの唇に触れると、彼女はにまーっと笑顔になるんだ。

 ぎゅーっと抱きしめられて、大好きって言われるまでが毎朝のモーニングセット。


 僕たちの中で、既にキスは挨拶レベルになった。

 さすがに外ではしないけど、家の中ではノノンも僕もキス魔だ。

 

 隙あらばキスをして、隣に座ったらキスをして、何もなくともキスをする。

 すでに計測不能、何回したのか覚えていない。

 ちなみに、それはルルカも一緒だ。


 ノノンが寝静まった後、必ずルルカは出てくるようになった。

 一時期は全然姿を見せなかったのに、今は毎晩現れ、僕にキスを求める。

 なんなら、僕が寝ててもキスをしてくるんだ。

  

「起きてて待ってるって言ったくせに」

「……ごめん」

「ふふっ、冗談。毎晩ありがとね、桂馬けいま


 出てきたとしても、キスをして、ちょっと飲み物に付き合う程度のもの。

 時間にして一時間もない。それでも、ルルカはとても楽しそうに話をするんだ。

 その日の体育授業とか、古都ことさんと日和ひよりさんの会話とか、ノノンの失敗とか。

 ノノンが語らない日常を教えてくれて、僕としても結構楽しかったりする。


「おやすみなさい、桂馬」

「うん……おやすみ」


 僕は、一日におやすみを二回言葉にする。

 そして、おやすみのキスも二回するんだ。

 

 ……ノノンが起きれないのって、そこら辺が関係してるのかもね。

 本人は寝てるつもりでも、身体は活動してる。これってどんな感じなのかな。


§


「なんか、ノノンちゃん眠そうだね」

「これから出番なのに、大丈夫か?」


 古都さんと日和さんの言う通り、今日のノノンは朝から眠そうにしている。 

 ふわーって大あくびして、僕の肩に寄りかかるんだ。


 今日は体育祭、そんでもって今は休憩中。

 グラウンドでは三年生の徒競走が行われていて、結構白熱している感じだ。


「ノノン、なんか……最近、眠くて……」

「寝る子は育つっていうもんな」

「そうだねぇ、ノノンちゃん成長止まらないもんねぇ」


 二人の視線がノノンの胸に集中している。

 今がFカップなんだ、次がGカップ……Gカップ? そんなの、現実に存在するのか? 

 なんとなしに、僕に寄りかかるノノンのおっぱいを見る。

 すると、僕の頭にずんっと古都さんが圧し掛かった。


「毎晩、誰かさんが揉んでるんだろうねぇ」

「揉む訳ないでしょ、僕たちのお付き合いは健全ですから」

「鎖で繋がってるのに?」

「鎖で繋がってるのに、です」

「へぇー」


 ゴリゴリゴリと、頭が削られる。

 古都さんの下着が頭の上に乗ってるんですが。

 相変わらず硬い。ノノンのは柔らかいのに、どういう下着なんだ。


「じゃあ、アタシのも大きくしてもらおうかな」

「冗談でもそういうの、ダメですよ」

「冗談じゃないかもよ?」

「それはもっとダメです」

「切実な問題かもよ?」

「……だとしてもです」


 おっぱいの大きさが切実な問題って、どういうことだよ。

 古都さんのおっぱいは……まぁ、確かにそこそこだけど。


――――次は二年女子、借り物競争です。


「ほら、呼ばれてますよ」

「借り物競争かぁ、今年はどんなのだろうね」   

「去年はメガネだったっけ? 懐かしいな」


 古都さん、隣で走ってた競争相手の眼鏡を奪い取ったんだよな。

 流川ながれかわ先生に「これは借り物競争です、強奪競争じゃありません!」って怒られてたっけ。

 

「ノノン、借り物競争だって」

「……ぅ、ん。わかた……」


 ノノン、ほんとに寝てる。

 起きないノノンを見て、古都さんにまにま、、、、してら。 


「黒崎ぃ、昨日ちょっと激しかったんじゃないのぉ?」

「だから、そんなのしてませんって」

「本当にぃー? まぁいいや、ほらノノン、起きて、借り物競争行くよ」


 ぐいって古都さんに両手を引っ張られると、ノノンは瞼を閉じたまま立ち上がるんだ。

 日和さんも脇で抱えてあげて、なんかお人形さんみたい。


「あうう……ねみゅい……けーまぁ」

「なに?」

「おはよぅの、キス、して」


 この子、寝ぼけてなんてことを。

 古都さんが限界まで面白いって顔してて。

 日和さんもあわわわって頬を赤くしてる。

 周囲の女子も「え、毎朝!?」って驚いてるし、男子はなぜか泣いてるし。

 

「……ノノン、学校だよ」

「……ねみゅぃ……」


 ダメだなこれは。

 ならば、発想の逆転だ。


「古都さん、ちょっとノノン貸して」

「? 別にいいけど、もう時間ないぞ?」

「大丈夫、すぐ起きるから」


 ノノンを椅子に座らせて、身体を倒して僕の膝の上に寝かせる。

 すると相当に眠かったのか、ノノンはすぐさま寝息を立てるんだ。


「……おい、黒崎?」

「大丈夫だって、ちょっと待ってて」


 寝ているノノンの耳元に口を近づけて、僕は小声で彼女の名を呼んだ。


「(ルルカ、出れる?)」


 声を掛けた途端、寝息が止まり、彼女の瞼が開く。

 吊り目な感じになり、口元から八重歯が覗き出るんだ。 


「大丈夫そう?」

「桂馬、お前なぁ……」

「だって、今ノノンが眠いのって、そういう事でしょ?」

「責任はアタシにあるって言いたいのか? まぁ、そうだけどさ」


 ノノンの意識がない時には、ルルカが身体を動かせるんだ。

 右脳と左脳的な役割なのかもね。交感神経と副交感神経……みたいな?

 

 僕の膝から起き上がると、ルルカは大きく伸びをした。

 

「借り物競争とか……学校イベントにアタシが参加するとはね」

「……えっと? ノノンちゃん、なの? なんか、雰囲気が違うんだけど」


 さて、なんと説明すべきか。

 思えば、古都さんと日和さんに、ルルカの存在は説明してないよね。

 でも、隠す必要もないか。

 彼女だって僕の愛する女性なんだし。


「彼女は火野上ルルカ、ノノンの中のもう一つの人格だよ」

「もう一つの人格……って、多重人格者ってこと?」

「うん。そして、僕のもう一人の彼女」

「彼女……え? 桂馬君、ルルカちゃんともお付き合いしてるの?」


 うんって首を縦に振ると、古都さんと日和さんは「へぇ……」って驚いた顔して。

 

――選手の皆さんは、早く集合場所に集まって下さい。


「ああ、急がないとか。ええと、ルルカ、さん?」

「……ノノンでいいよ。知らない人が聞いたら混乱するだろ」

「うわ、雰囲気全然違う。ううん、むしろルルカさんにした方がいいって」


 「これでノノンちゃんは無理がある」そう言いながら、三人は消えていったけど。

 でも、さすがは古都さんと日和さんだよね。ルルカともすぐに馴染んでくれたみたいでさ。


「ちょっと! ルルカさん! なんで私を抱っこするの!」

「紙に友達って書いてあったから、しょうがないだろ」

「と、友達、友達だけど! 私も選手なのー!」


 日和さん、ルルカにお姫様抱っこされながらゴールしちゃったりしてね。

 他にも、女子徒競走でルルカは持ち前の運動神経を披露したんだ。

 

「ちょっと待って、陸上部より足速くない!?」

「なにあの子、なんであの子が部活禁止なの!?」


 とまぁ、無駄に注目を浴びたりしちゃって。

 一位の付箋を手にしながら戻ってきたルルカは、満更でもない顔しててさ。

 

「一位おめでとう、ルルカ」

「ありがとう……なぁ、桂馬」

「ん?」

「学校って、楽しいもんだな」

「でしょ? ノノンが昼寝したら、入れ替わって出てくるといいよ」

「……ふふっ、そうするよ」


 ノノン、授業中に結構居眠りしてるし。

 ルルカが代わりに授業受けるっていうのも、ありかもね。

 それが日常になったら、ダメだと思うけどさ。


「次も、頑張ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」

「桂馬……」


 ルルカは僕の唇にキスをすると、柔らかな笑みと共に走り去っていくんだ。

 その後、周囲の男子からぼこぼこにされたけど。


 まぁ、悪い気はしないね。

 だって、ルルカも僕の自慢の彼女だから。 

 

§


次話『バレた。』

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