第129話 DEPARTURES ※火野上ルルカ視点

 二人のキスは、とても長くて。

 目の前で見ているのに、目の前で見ていない。

 慣れた俯瞰的な視野で眺めながら、本体ノノンの心の声に身をゆだねる。


『すき、あいしてる、とても安心する、けーま、すき、だいすき、ずっと一緒、嬉しい。もっと近くに、終わっちゃやだ、もっと、もっと。ん……ふふっ、けーま、キス、興奮する。でも、なにか違う、えっちしたいと、あまりおもわない。キスしてるのに、へんなの。でも、すき、だいすき、けーま……けーま……』 


 幸せすぎて胃もたれしちゃいそう。

 その日だけで既に両手じゃ足りないくらいキスをして、二人は横になったんだ。

 横になった後もついばむようにキスをしてて、見てられないよ、ほんと。

 

 でも、眠かったんだろうね。

 しばらくすると本体の意識が消えて、アタシが身体を動かせるようになったんだ。

 重い瞼を開けると、目の前に桂馬の顔があって、ちょっと驚く。


(腕枕かよ……)


 いつもは枕で寝てるのに……キスしてたせい? 一気に恋人の距離になりやがって。

 でもまぁ、悪い気はしない。

 桂馬の腕、細くて肌が綺麗でモチモチしてて、触ってるだけで気持ちいい。

 でも、頭は枕に乗せておいた方がいいよね、ずっとじゃ重いだろうし。

 

 枕、枕はどこ……ははっ、本体の奴、使う気がないのか、ベッドの下に落ちてら。

 最初っから腕枕のつもりだったのかよ、欲張りな奴め。


 それにしても、昔からは想像も出来ないな。

 アタシの知ってる本体は、ずっと泣いて、痛がって怖がって。

 変わって欲しいって、泣きながら心の中のアタシを頼ってきたのに。

 

 でも、やり過ぎたのか、いつの間にかアタシのことも拒んでたんだよな。

 唯一の友達……イマジナリーフレンドって存在なんだろうけど。

 会話は出来るけど、触れ合うことは絶対にない。

 そもそも会話が出来てるのかも分からない。

 アタシの存在自体が、意味不明なんだ。


 保護された後は、消えていいって思ってたのに。

 本体にとって、アタシの存在価値は無くなったって思ってたのに。


 一体……アタシはいつまでいるんだろうな。

 いつまで、いられるんだろうな。


 夜は、アタシの時間だ。

 誰もいない、静かな時間。

 壁に背を預けて、膝を枕にして。 


 ……そういえば、アタシもコイツに告白されたっけ。


 唯一、浮気にならない相手とか言っちゃってさ。

 浮気になるに決まってるじゃん、アタシと本体は別人なんだから。

 二人に告白して、過ちにならないはずがないだろうに。


 ……どうでもいいけどね。


 膝の間に顔を沈めて、朝まで静かにしてよう。

 アタシはもう、不要な存在なんだから。 


「ルルカ」

「……?」


 寝てると思ったのに、起こしちゃったのかな。

 でも、動きが寝起きって感じじゃない。


 あくびひとつせずに身体を起こすと、桂馬はアタシを見るんだ。

 ……綺麗な目、子供みたいに大きな瞳に、思わず吸い込まれそう。


 自然と、手が髪をかきあげちゃう。

 照れ隠し、かな。アタシらしくもない。


「ごめん、腕枕外れたら、起きるよね」

「いや、もともと起きてたよ」

「……なんで?」

「だって、ノノンとキスしたんだ、絶対にルルカともしようと思ってたから」


 マジメな顔して、なに言ってるんだか。


「……なにそれ? キスの理由として最低じゃない?」

「前に言ったでしょ、僕は二人とも愛してるって。ほら、行こ」

「行こって、どこに?」


 桂馬はアタシの手を握ると、そのままリビングまで移動したんだ。

 人感センサーで明かりが点くと「カーテン、開いて」と桂馬は命令した。

 

 壁に表示されている時間は、既に夜中の一時。

 でも、街の明かりはまだまだ明るくて。

 走る車に、家やお店の明かり、下にはショッピングセンターの明かりも残っていて。


「消灯」


 桂馬の声で、室内は暗闇に包まれる。

 でも、空には満天が広がっていて……綺羅星が、とても綺麗に見えるんだ。

 肌に触れる月光が気持ち良くて、どこかひんやりとした空気が、心を和ませる。 


「夜景、綺麗でしょ」

「……うん」

「この景色ね、ノノンには見せてないんだ」


 部屋を暗くしたせいか、普通の夜景とは、また違う感じ。

 この家が高い場所にあるせいか、夜空がとても近くて、空を飛んでるみたいな感じがする。


 ……確かに、本体がこの時間に起きていることはない。

 昔と違って規則正しい生活を送っている本体は、夜は眠くてしょうがないんだ。

 桂馬が日報を書きにリビングに残ると言っていても、眠気には勝てない。


 だから、桂馬が言っていることが本当だって分かる。

 その言葉も意味も理解できる。

 けど、意地悪なアタシは、桂馬の口から聞きたいって思うんだ。


「なんで、見せてないの? 本体にも見せたら、きっと喜ぶよ?」


 桂馬がなんていうか、何となく分かる。

 分かるけど、聞きたい。


「ルルカは、ノノンよりも大人だから」

「大人?」

「だから、ムードがないと、キスさせてもらえないかなって」

「……」

「もちろん、それだけじゃないよ。ノノンとずっと一緒のルルカには、特別が少ないから。どうしてもノノンと共有になっちゃうから。だから、一個ぐらい、秘密を共有しておきたかったんだ」


 アタシとの秘密か。

 どうして、そういうことを言うのかな。


 桂馬に身体を預けると、彼はしっかりと受け止めてくれた。


「ルルカ……?」

「バカ」

「……バカって」

「消えれなく、なっちゃうじゃん」


 残りたいって思っちゃうじゃん。

 一緒にいたいって思っちゃうじゃん。

 アタシはイマジナリーなんだよ。 

 本体が生んだ身代わりでしかないんだよ。

 存在も戸籍も、何もないのがアタシなのに。


「幸せとか……ダメなんだよ。アタシには、もしかしたら、なんて絶対にないんだ。アタシと本体が別々になって、別々に行動とか、絶対に出来ないんだ。本体が大人になるにつれ、アタシはいつの間にか消える。そういう存在だから、未練とか、残させないでよ」


 ほら、泣いちゃうじゃん。

 悲しくて泣いちゃうじゃんか。


 目頭がすぐに熱くなる。

 泣き虫なのは本体の方なのに。


 何もなくていい。

 もう、表に出てこなくてもいいって、思ってたのに。


「ルルカ」


 それなのに、キス、してくるんだね。

 無理に身体を引き寄せて、後頭部に手を添えちゃってさ。 


「アタシはいつか消える、こんなアタシを好きになったら、桂馬は絶対に悲しむって」


 優しいのを知ってるから。

 誰よりも桂馬に愛されてるって分かってるから。


「だから、ダメだよ……んっ」


 なんで、こんなアタシに優しくするの。

 こんなキス、これまでしたことないよ。

 舌も絡めてない、唇だけ、上辺だけのキスなのに。


「……桂馬」

「消させないよ」

「……」

「僕が消させない、一生消させないから」


 消えたくないよ。

 ずっと桂馬の側にいたいよ。


「……本当? アタシ、消えないでいいの?」

「当然だろ。僕を残して消えられると思うなよ」

「嘘じゃない? 信じていいの?」

「信じていい、僕はルルカが思っている以上に、執念深い男なんだよ」


 桂馬にそんな特別な力、あるはずないじゃない。

 消える時は、きっと何も出来ずに消えちゃうんだ。

 

 でも、私だって女の子だから。

 花嫁さんに憧れる、女の子だから。

 

 信じたいって、思っちゃうよ。

 

「んっ……」


 三回目のキスは、ちょっと大人な感じに。

 真っ暗な部屋、月明かりだけでするキスは、やっぱり幸せで。


「桂馬……」

「ルルカ、愛してるよ」

「愛してる……アタシも、桂馬のこと」


 彼の顔に両手を添えて、四回目はアタシからするんだ。

 少しだけ背の高い彼に合わせて、つんと、かかとをあげて。


 好き、愛してる、ずっと一緒にいたい、桂馬とずっと一緒、大好き……嬉しい、もっと一緒がいい、朝が来なければいいのに。もっと一緒……ふふっ、桂馬の顔が近くて、可愛い。男の子なのにまつ毛多くて、綺麗な鼻に丸くて可愛い耳、唇の感触も全部好き。キスだけで興奮する、興奮するのに……本当だ、したいって思わない。安心する、ただ、安心する。


「……桂馬」

「ん……?」

「これから、毎晩キスしても、いい?」

「……いいよ、ルルカが起きるまで、待ってるから」

「ありがと……嬉しい」


 大好き。

 ありがとう、桂馬。

 ずっと一緒にいようね。


 いつか消える、その時まで。


§


次話『平和な体育祭』

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