第127話 打ち上げラーメン回。

「それにしても、黒崎くろさき観察官が武闘派だなんて、私初めて知りました」


 佐塚さつかさんが凄くマジメな顔をしながら、とんでもない事を口にした。 


「ウチも物静かな感じかなって思ってたのに……驚きを隠せないのです」


 元毛利もともうりさんまで……福助ふくすけ君をぼこぼこにしたのはノノンであって、僕じゃないんだけどな。

 当の本人は熱々の餃子を口に咥えて「あちちっ!」と悲鳴を上げているし。


「はははっ、まぁ、そういう事にしておくか。にしてもよ、防刃チョッキなんか支給されてたんだな。俺全然気づかなかったぜ」


 ワンタンメンのワンタンをちゅるっと食べながら神崎かんざき君が言うと、七光ななひかり君が「チェックが甘いですよ」と釘を刺した。


「支給品の棚卸が先日行われたじゃないですか。その時に品目を確認しなかったんですか?」

「あー、俺そういうのあまり立ち会わない口でな」

「そうそう。あの時、沙織さおりと私はジムに行っちゃってたもんね」


 諸星もろぼしさんと神崎君、二人でジムに行ってるんだ。 

 それにしても、ダイエット意識してるんだろうなぁ。

 ラーメン屋さんに来たのに諸星さん全然食べてない。


「俺も、そういうのは無頓着な方だな」

秋斗あきと君のお世話は、ウチがするから大丈夫なのです」


 空舘そらたち君と元毛利さんがチャーハンを食べながら口にしたけど。

 大盛一皿を二人で分けるとか、この二人相当に仲が良いな?

 しかも当たり前のように元毛利さんが世話女房役を宣言している。

 ……うん、仲良くなれそ。


「それって観察官の仕事放棄って言うのよ? あまり甘やかさないことね」


 水城みずきさんが口酸っぱく言うと、神崎君たちは「はーい」と返事をした。

 微笑ましい……それはともかく、この店の味噌ラーメン美味しいな、豚の角煮がとろとろだ。


「それにしても、防刃チョッキを着てるなんて、全然気づかなかったわよ」

「気づかれないようにしてましたからね。バレてたら顔狙われちゃうじゃないですか」

「……え、もしかして、最初から刺されるつもりでいたの?」


 角煮をもぐもぐと食べ終えて、口の周りを拭いてと。


「最悪、そうなることは想定してましたよ。椎木しいらぎさんへの想いを断ち切るんですから、場合によっては刺されるなと」


 水城さん、口をあけてぽかんとしてら。


あきれた……まさかそこまで考えてるなんて」

「だって、アレですよ? 殺人事件の三割が恋愛のもつれですからね?」

「え、そんなになの?」


 佐塚さんが興味ありげに身を乗り出す。


「その中でも夫婦間殺人が二割らしいですけどね。とにかく、殺人事件において、恋愛のもつれが原因になるのは、そう珍しいことじゃないんです。今回の件は福助君が白雪さんの恋心をへし折った所からスタートしてます。その後夜這いし、そして二人は不仲になりました。ここで二人を物理的に離したのはとても良策だと思います。一緒にいたら間違いなく悪化、最悪の場合、どちらかが相手を殺していたでしょうからね」


「殺人……怖いです」と、元毛利さんが小さい身体をより小さくして震える。


「結果として、三か月という時間が空いたのも良かったんだと思います。考える時間になりましたからね。二人顔を合わせた時、感情的にならずに対話が出来たのも、時間経過のお陰だと思います。想いは時間と共に増していきますからね。ただ、福助君の椎木さんへの想いも増していたのでしょうから、刺される事を想定しての対応が必要かと……というか水城さん」


「……え? ああ、なに?」

「防刃チョッキ、刺突に強いのに変えておいて下さいよ」

「そ、そうね、検討しておくわ」


 防刃チョッキ、基本的に鉄板入りじゃないと刺しには弱いらしい。

 斬り、には強いらしいんだけどね。


「まぁ、普通防刃チョッキが必要な場面なんてあり得ねぇけどな!」


 神崎君がそういうと、皆で笑って。

 何となく静かになった所で、僕は水城さんに質問したんだ。


「それはそうと、福助ふくすけ君って大丈夫なんです?」


 被害届を出さないにしても、彼は僕を刺してしまったんだ。

 観察官としての活動どころか、最悪逮捕だってあり得る。

 今は事故ってことで終わらしているけど、警察の調査のメスが入ったら一発でアウトだ。


「正直、なんとも言えない。ただ、今は先の通り事故ってことで終わってるし、黒崎君の怪我も防刃チョッキのお陰で〝誰かが刺した〟ってレベルではなかった。後は武内本部長や、茨城の観察課の課長さんと、法務省のお偉方が決めることでしょうね」


「となると……結局、白雪さんは福助とお別れになってしまう可能性があると」


 七光君が顎に手を置きながら、最悪を想定する。


「……どうなるんでしょうね。青少女保護観察課の根本的理念は、観察官と選定者の間に子供を設けさせることにあるの。将来的にこの国の礎となるような子供ね。今のあの二人なら、それが出来ると思えるのよね。憶測の域を出ないけど、お咎めなしになるんじゃないかな? 元々が超法規的措置の塊みたいなプログラムだから、最優先事項を最優先させるで終わりそうな気もするのよね。結論から言うと、私には分かりません」

 

 言い切ると、水城さんは伸びつつあったラーメンをすすった。

 

「けーま、けーまは、どうなると、思う?」

「……そうだね。僕としては、ノノンが逮捕されないことを願うばかりだよ」

「くぴ?」

「だって、頬骨骨折に頸椎捻挫でしょ?」


 おめめまん丸にして、ノノンが固まる。

 そんなノノンに、水城さんも追い打ちをかけた。


「そうねぇ、それって自動車事故レベルの怪我なのよね」

「くぴぴ?」

「完治まで一か月ってところでしょうか?」

「だとしたら、立派な障害罪が成立しちゃうのよねぇ」


 それまで美味しそうに餃子を食べていたノノンが、スプーン咥えて冷や汗だらだらだ。

 

「……冗談だよ。福助君、被害届出さないって言ってたし。それに、選定者は観察官に対してある程度の事は許されるから。そのための防刃チョッキだしね」

「ノ、ノノン、大丈夫?」

「大丈夫、守ってくれてありがとうね」

「くぴぴ……」


 相当に怖かったのか、へなへなって僕の膝の上に倒れて来ちゃったや。

 可愛いの。頭でも撫でておこうかな。よしよし。


「そういえば、水城課長代理」

「はい、礼儀正しい七光君、どうぞ」

「五月の報告会、今年はどうなるのでしょうか?」


 おお、そういえば今回は趣向を変える、とか渡部さんも言ってたよな。

 既に四月中旬、そろそろ何か決まっていてもおかしくない。


「全部は決まってないけど、五月開催は見送られたわよ」

「ああ、やはり。となるといつ頃なのでしょうか?」

「聞いた話では七月後半、夏休み入ってからとか?」


 へぇ、夏休み入ってからか。

 いろいろな事を聞くチャンスと思ったのか、次々に挙手をしていく。


「はい、手を挙げるのが早かった諸星さん」

「何かを競うって言ってましたよね? 具体的に何をするのかは決まったのでしょうか?」


 競う、という言葉から察するに、肉体を酷使しそうなイメージがある。

 だとしたら、神崎君と諸星さんペアに勝てる気がしないんですが。


 んんっと咳払いした後、水城さんは皆の注目が集まっている事を確認した。 


「毎年百人の観察官と、百人の選定者がプログラムに選定されるの。つまり二百人ね。今回の大会に関しては、その二百人ごとに、日付を変えて開催される事が決定しているわ」


「となると、二百人で競うと」

「ええ、とはいえ貴方達はペアよ。それは絶対に変わらない」

「二人一組で参加する競技、ってことですか?」

「平たく言えばそう。でも肉体的ハンデってあるでしょ?」


 水城さんが神崎君や空舘君を見て語る。

 二人一組であっても、僕とノノンが二人に勝てるはずがない。


「貴方達が夏に参加する競技は、そういったハンデが一切ない競技になるわ」

「肉体的ハンデも、知的ハンデもですか?」

「ええ、どちらかと言うと運の要素が大きいわね」


 運? なんだ、ギャンブルでもするのか?

 確かにそれなら、肉体的にも頭脳的にも差はないだろうけど。


「……でも、そんなのでポイントが奪われるのは、ちょっとしゃくですよね」


 佐塚さんの言う通り、去年のを見てきた以上、同じように努力してきた人も多いだろうし。

 それを運で決めるっていうのは、確かに反発が出てきてしまうのかも。


「大丈夫よ、ちゃんと実力だから。七光君と佐塚さんでも、もしかしたら優勝を狙えるわよ?」

「実力も関係するんですか? それなのに運……一体、何をするんです?」


 一番重要な部分だけど、きっとそれを伝えるのは禁則事項なのだろう。

 水城さんはにんまりするだけで、指でバツを作って何も教えてくれなかったんだ。


 分かってる事は、夏に皆で集まって何かをするということだ。

 と言うことは、九州に行ってしまった依兎よりとさんにも会えそうな気がする。

 彼女だけじゃない、大阪代表の番場ばんばほむらさんとだって会えるんだ。


「けーま、なんだか楽しみ、だね!」

「うん。とっても楽しみだね」


 にこにこと迎える夏が楽しみな僕らだけど。

 僕たちには、もう一つ楽しみなことが控えているんだ。


 一言も口にはしないけど。 

 僕とノノンだけは知っている。


 今月をもって、ノノンの歯医者が終わるんだ。

 それはつまり、キスが解禁されるという事でもある。


「ふわー、美味し、かった!」


 いつもよりもノノンの唇が輝いて見えるのは、きっと気のせいじゃない。

 気のせいじゃないんだ。


§


次話『僕らは、間違える』

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