第127話 打ち上げラーメン回。
「それにしても、
「ウチも物静かな感じかなって思ってたのに……驚きを隠せないのです」
当の本人は熱々の餃子を口に咥えて「あちちっ!」と悲鳴を上げているし。
「はははっ、まぁ、そういう事にしておくか。にしてもよ、防刃チョッキなんか支給されてたんだな。俺全然気づかなかったぜ」
ワンタンメンのワンタンをちゅるっと食べながら
「支給品の棚卸が先日行われたじゃないですか。その時に品目を確認しなかったんですか?」
「あー、俺そういうのあまり立ち会わない口でな」
「そうそう。あの時、
それにしても、ダイエット意識してるんだろうなぁ。
ラーメン屋さんに来たのに諸星さん全然食べてない。
「俺も、そういうのは無頓着な方だな」
「
大盛一皿を二人で分けるとか、この二人相当に仲が良いな?
しかも当たり前のように元毛利さんが世話女房役を宣言している。
……うん、仲良くなれそ。
「それって観察官の仕事放棄って言うのよ? あまり甘やかさないことね」
微笑ましい……それはともかく、この店の味噌ラーメン美味しいな、豚の角煮がとろとろだ。
「それにしても、防刃チョッキを着てるなんて、全然気づかなかったわよ」
「気づかれないようにしてましたからね。バレてたら顔狙われちゃうじゃないですか」
「……え、もしかして、最初から刺されるつもりでいたの?」
角煮をもぐもぐと食べ終えて、口の周りを拭いてと。
「最悪、そうなることは想定してましたよ。
水城さん、口をあけてぽかんとしてら。
「
「だって、アレですよ? 殺人事件の三割が恋愛のもつれですからね?」
「え、そんなになの?」
佐塚さんが興味ありげに身を乗り出す。
「その中でも夫婦間殺人が二割らしいですけどね。とにかく、殺人事件において、恋愛のもつれが原因になるのは、そう珍しいことじゃないんです。今回の件は福助君が白雪さんの恋心をへし折った所からスタートしてます。その後夜這いし、そして二人は不仲になりました。ここで二人を物理的に離したのはとても良策だと思います。一緒にいたら間違いなく悪化、最悪の場合、どちらかが相手を殺していたでしょうからね」
「殺人……怖いです」と、元毛利さんが小さい身体をより小さくして震える。
「結果として、三か月という時間が空いたのも良かったんだと思います。考える時間になりましたからね。二人顔を合わせた時、感情的にならずに対話が出来たのも、時間経過のお陰だと思います。想いは時間と共に増していきますからね。ただ、福助君の椎木さんへの想いも増していたのでしょうから、刺される事を想定しての対応が必要かと……というか水城さん」
「……え? ああ、なに?」
「防刃チョッキ、刺突に強いのに変えておいて下さいよ」
「そ、そうね、検討しておくわ」
防刃チョッキ、基本的に鉄板入りじゃないと刺しには弱いらしい。
斬り、には強いらしいんだけどね。
「まぁ、普通防刃チョッキが必要な場面なんてあり得ねぇけどな!」
神崎君がそういうと、皆で笑って。
何となく静かになった所で、僕は水城さんに質問したんだ。
「それはそうと、
被害届を出さないにしても、彼は僕を刺してしまったんだ。
観察官としての活動どころか、最悪逮捕だってあり得る。
今は事故ってことで終わらしているけど、警察の調査のメスが入ったら一発でアウトだ。
「正直、なんとも言えない。ただ、今は先の通り事故ってことで終わってるし、黒崎君の怪我も防刃チョッキのお陰で〝誰かが刺した〟ってレベルではなかった。後は武内本部長や、茨城の観察課の課長さんと、法務省のお偉方が決めることでしょうね」
「となると……結局、白雪さんは福助とお別れになってしまう可能性があると」
七光君が顎に手を置きながら、最悪を想定する。
「……どうなるんでしょうね。青少女保護観察課の根本的理念は、観察官と選定者の間に子供を設けさせることにあるの。将来的にこの国の礎となるような子供ね。今のあの二人なら、それが出来ると思えるのよね。憶測の域を出ないけど、お咎めなしになるんじゃないかな? 元々が超法規的措置の塊みたいなプログラムだから、最優先事項を最優先させるで終わりそうな気もするのよね。結論から言うと、私には分かりません」
言い切ると、水城さんは伸びつつあったラーメンをすすった。
「けーま、けーまは、どうなると、思う?」
「……そうだね。僕としては、ノノンが逮捕されないことを願うばかりだよ」
「くぴ?」
「だって、頬骨骨折に頸椎捻挫でしょ?」
おめめまん丸にして、ノノンが固まる。
そんなノノンに、水城さんも追い打ちをかけた。
「そうねぇ、それって自動車事故レベルの怪我なのよね」
「くぴぴ?」
「完治まで一か月ってところでしょうか?」
「だとしたら、立派な障害罪が成立しちゃうのよねぇ」
それまで美味しそうに餃子を食べていたノノンが、スプーン咥えて冷や汗だらだらだ。
「……冗談だよ。福助君、被害届出さないって言ってたし。それに、選定者は観察官に対してある程度の事は許されるから。そのための防刃チョッキだしね」
「ノ、ノノン、大丈夫?」
「大丈夫、守ってくれてありがとうね」
「くぴぴ……」
相当に怖かったのか、へなへなって僕の膝の上に倒れて来ちゃったや。
可愛いの。頭でも撫でておこうかな。よしよし。
「そういえば、水城課長代理」
「はい、礼儀正しい七光君、どうぞ」
「五月の報告会、今年はどうなるのでしょうか?」
おお、そういえば今回は趣向を変える、とか渡部さんも言ってたよな。
既に四月中旬、そろそろ何か決まっていてもおかしくない。
「全部は決まってないけど、五月開催は見送られたわよ」
「ああ、やはり。となるといつ頃なのでしょうか?」
「聞いた話では七月後半、夏休み入ってからとか?」
へぇ、夏休み入ってからか。
いろいろな事を聞くチャンスと思ったのか、次々に挙手をしていく。
「はい、手を挙げるのが早かった諸星さん」
「何かを競うって言ってましたよね? 具体的に何をするのかは決まったのでしょうか?」
競う、という言葉から察するに、肉体を酷使しそうなイメージがある。
だとしたら、神崎君と諸星さんペアに勝てる気がしないんですが。
んんっと咳払いした後、水城さんは皆の注目が集まっている事を確認した。
「毎年百人の観察官と、百人の選定者がプログラムに選定されるの。つまり二百人ね。今回の大会に関しては、その二百人ごとに、日付を変えて開催される事が決定しているわ」
「となると、二百人で競うと」
「ええ、とはいえ貴方達はペアよ。それは絶対に変わらない」
「二人一組で参加する競技、ってことですか?」
「平たく言えばそう。でも肉体的ハンデってあるでしょ?」
水城さんが神崎君や空舘君を見て語る。
二人一組であっても、僕とノノンが二人に勝てるはずがない。
「貴方達が夏に参加する競技は、そういったハンデが一切ない競技になるわ」
「肉体的ハンデも、知的ハンデもですか?」
「ええ、どちらかと言うと運の要素が大きいわね」
運? なんだ、ギャンブルでもするのか?
確かにそれなら、肉体的にも頭脳的にも差はないだろうけど。
「……でも、そんなのでポイントが奪われるのは、ちょっと
佐塚さんの言う通り、去年のを見てきた以上、同じように努力してきた人も多いだろうし。
それを運で決めるっていうのは、確かに反発が出てきてしまうのかも。
「大丈夫よ、ちゃんと実力だから。七光君と佐塚さんでも、もしかしたら優勝を狙えるわよ?」
「実力も関係するんですか? それなのに運……一体、何をするんです?」
一番重要な部分だけど、きっとそれを伝えるのは禁則事項なのだろう。
水城さんはにんまりするだけで、指でバツを作って何も教えてくれなかったんだ。
分かってる事は、夏に皆で集まって何かをするということだ。
と言うことは、九州に行ってしまった
彼女だけじゃない、大阪代表の
「けーま、なんだか楽しみ、だね!」
「うん。とっても楽しみだね」
にこにこと迎える夏が楽しみな僕らだけど。
僕たちには、もう一つ楽しみなことが控えているんだ。
一言も口にはしないけど。
僕とノノンだけは知っている。
今月をもって、ノノンの歯医者が終わるんだ。
それはつまり、キスが解禁されるという事でもある。
「ふわー、美味し、かった!」
いつもよりもノノンの唇が輝いて見えるのは、きっと気のせいじゃない。
気のせいじゃないんだ。
§
次話『僕らは、間違える』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます