第126話 素直な気持ちは、きっと届くから。

4/13 土曜日 16:00


「……え、金馬きんば、その怪我」


 福助ふくすけ君を見た、白雪しらゆきさんの第一声はこれだった。

 顔面に包帯を巻き、首にコルセットだもんね、誰だって驚く。


 驚きを隠せない女子一同を前にして、福助君は床に両膝をついた。

 両手を添えて、痛いであろう首を震えさせながら極限まで下げる。

 

「白雪さん、ごめんなさい」


 皆に聞こえる声で、彼は謝罪したんだ。

 ごめんなさいで済む話ではない、でも、まずは謝罪だろう。


「金馬……」

「僕は、君を妊娠させてしまった。観察官としての権限を駆使すれば、いくらでも防げたはずなのに、それをしなかったんだ。その理由は……理由は」


 言葉が詰まる。

 その理由なんてひとつしかない。

 とてもシンプルで、簡単な理由なはずなのに。


「僕は、君に、甘えてたんだと思う」


「……甘えてた?」


「好きだって言い寄られて、何をしても許してくれて……そんなの、僕の人生では無かったことなんだ。素直に受け入れればいいだけなのに、それが出来なかった。別に、過去がどうとか、そういうのじゃないんだ。男として、白雪さんを受け入れるのが怖かったんだよ」


「……」


「結果として、僕は椎木しいらぎさんに一目惚れしたのをいことに、君から逃げようとしたんだ。椎木さんに惚れたのは、嘘じゃない。でも、告白したところで上手くいくはずがないのも分かってたんだ。あの人は住む世界が違う、僕なんかきっと視界にすら入っていない」


「……」


「ごめん、全部言い訳だ。小学生みたいだろ? 好きな子に言い寄られて、受け入れることが出来なくて、逃げて。……黒崎くろさき君に言われて、その通りだって思ったよ。僕が白雪さんを傷つけ、そうさせてしまった。分かっていたのに、そうさせてしまったんだ」


 福助君は、顔を一切上げずに語る。

 恋に、女の子に慣れてない奥手だからこそ、彼は拒否を示してしまったと。

 

「部屋の鍵を、掛けなかったのは……?」

「それは……開けていれば、白雪さんが来ると、思ってたんだ」

「……え?」

「好きな人がいると言った以上、将来的に白雪さんを拒むつもりだった。でも、心のどこかで、僕は君を求めていたんだと思う。好きなら、僕のことが好きなら、いつかもっと話を……説得を、しに来てくれるかと、そう、思ったんだ」


 この言葉を聞いて、白雪さんのベッドの側にいた女性――後で聞いたら佐塚さつか狐子きつねこさんという女性らしい――が、椅子から立ち上がり、土下座している福助君の身体を無理やりに起こし、そして、思いっきり頬を叩いたんだ。


「最低、貴方みたいな男がいるなんて信じられない」

「……すまない」

「――っ! すまないじゃないでしょう!? 貴方は志乃子を何だと思っているの!? つまり貴方は、志乃子の興味を惹きたかっただけ、それだけの為に妊娠までさせてしまったのよ!? それがどれだけ罪深き行為か! 心の底から理解しているの!?」


 肩で息をしながら、佐塚さんは福助君を睨みつける。


「本当、最低、なんでこんな男が観察官なのよ」

「……なんでなん、だろうね」


 苛立つ彼女はもう一度福助君の頬を叩くと、その足で部屋を後にしたんだ。

 この男がいる部屋には居たくない、そう言い残して。


「黒崎君、彼女は僕の……」

「ああ、うん。大丈夫、ついてあげて」

「ありがとう、後を任せる」


 七光ななひかり君の相手だったのか。

 長い黒髪で目を隠しているのに、眼鏡。

 なんていうか、委員長って感じがする。


 相方を一人にさせる訳にはいかないものね。

 七光君は彼女を追いかけて、玄関から姿を消した。


「……けーま」

「うん?」

志乃子しのこ、どうなっちゃうの、かな」


 どうなってしまうのか。

 それを決めるのは福助君に伝えた通り、白雪さんが決めるべきことだ。

 

 白雪さんが福助君を拒んだ場合、それは福助君のリタイアを意味する。

 妊娠し出産したとしても、選定者は高校卒業まで選定者であることを義務づけられるんだ。

 母親でありながら、選定者になった奈々子ななこちゃんのように。

 観察官を一人リタイアさせても、選定者のままでいる依兎よりとさんのように。

 

 新たな観察官を愛せるかどうかまでは、僕には分からない。

 それが白雪さんにとっての、幸せなのかどうかも。


 佐塚さんが出て行った後の部屋は、嘘みたいに静かだった。

 時計の針の音が聞こえてきて、誰かの深呼吸が耳の奥にまで響いてくる。

 ノノンは僕の側で静かに座り、諸星さんも神崎君の手を握り、ただ黙って二人を見守る。


 その間、福助君は佐塚さんに起こされた頭を下げ、土下座へと身体を戻した。

 許すか許さないかは、白雪さんが決めることだ。


「金馬」


 たっぷりと時間が経過した後、白雪さんは彼の名を呼んだ。

 日本語も英語も喋れる彼女ならではのイントネーションで、それでも優しく呼ぶんだ。


「ありがとね」


 ずっと下げていた頭を、福助君は上げた。

 首が痛いのだろう、若干ビクつきながらも、ゆっくりと上げていくんだ。


「アタイ、馬鹿だから、ずっと嫌われてると思ってた」


「……」


「でも、嫌われてなかった。それが分かっただけでも、嬉しい」


「……で、でも、僕は」


「ううん。しょうがないよ、金馬は女の子に慣れてなくて、それを分かろうともしないで、アタイが勝手に迫っちゃっただけだから。ごめんね、アタイ、相手の気持ちとか考えるの苦手でさ。思いを伝える方法とか、身体を重ねることしか知らなくて、さ」


 繋いでいた手に、力がこもる。

 ノノンもそうだった。

 交渉の材料として、自分の身体を利用する。


 自分の身体をとてつもなく安い物として考えてしまうんだ。

 そんなことは、絶対にないのに。


「……金馬」

「……うん」

「アタイのこと……まだ、好きでいて、くれるの?」


 白雪さんの問いに、福助君は頷きながら「うん」と返事をしたんだ。

 

「そっか……良かったぁ」


 嬉しそうに目を細めると、白雪さんは一筋の涙を落とした。


 妊娠してから既に六か月、半年もの間、白雪さんは孤独と共に戦ってきたんだ。

 本当なら、膨らむお腹を福助君と一緒になって、愛でて欲しかったに違いない。


 不安だっただろうな。

 不安で不安で、毎晩泣いててもおかしくないよ。


 それをたった一人で乗り越えたんだ。

 とても凄い事だと、僕は思う。


「志乃子、ハンカチ」

「……うん、うん……小町ちゃん、アタイ、金馬に嫌われてなかったよ……」

「そうだね、良かったね」

「良かった……良かったよぉ……」

 

 ぽろぽろと涙を落としながら、白雪さんはとても嬉しそうに微笑むんだ。

 そんな彼女をそのままにしている福助君の尻を、僕は軽く蹴った。

 行けよ。無言でそう伝えると、彼は申し訳なさげに立ち上がる。

 

「志乃子」

「金馬……金馬ぁ……!」

「ごめん、遅くなって本当にごめん」

「いいよぉ……一緒にいてくれるなら、それでいいよぉ……」

「ごめん……!」


 泣きながら二人すがりあう。

 お腹も赤ちゃんも、きっと喜んでいるんだろうね。

 

「志乃子、良かった、ね」

「……そうだね。刺され損にならなくて良かったよ」


 気づけば、この部屋にいるパートナー同士は全員が寄り添っていたんだ。

 僕とノノン、神崎君と諸星さん、空舘君と元毛利さん。

 とても幸せで、とても温かい空間に、女の子たちは全員涙しちゃってさ。

 何はともあれ、一件落着を迎える事が出来て、本当に良かった。

 

§


「……終わったの?」


 アパートを出ると、そこには先に部屋を出ていた佐塚さんと、七光君の姿があったんだ。

 一緒に部屋を出た元毛利さんがぱたたたーって近づいて、佐塚さんの両手を握る。


「うん、金馬と志乃子、仲直りするみたい、です」

「……当然よね。赤ちゃんいるのに見捨てるとか、理解できないし」


 妊娠したんだ、責任を取るのは当然だと、この場にいる誰もが思う。

 でも、現実として、妊娠させても責任を取らない男も存在するんだ。

 奈々子ちゃんの時のように、ノノンや白雪さんの過去のように。

 

 クズだよな……心の底からクズだと思うよ。


「黒崎君」


 スーツ姿の水城さんが、僕の名を呼んだんだ。

 妙に疲れた顔をしていて……多分、水城さんは水城さんで大変だったんだと思う。

 でも、それでも、水城さんは笑顔を作るんだ。


「その様子だと、無事解決した感じかな?」

「そうですね。とりあえず、そんな感じです」


 水城さん、にまーって口元を緩ませて、僕の頭をわしゃわしゃと撫でるんだ。

 一通り撫で終わると、満足した笑みのまま僕の腰に手を当てて、ぱんぱんと叩く。


「いろいろとやる事は山盛りなんだけど、もう五時過ぎてるし、ご飯食べに行こっか」

「あ、来る時に言ってたラーメン屋さんですか?」

「そうそう、報告会も兼ねて、皆でご飯にしましょ。もちろん、七光君達も一緒にね」


 俗にいう打ち上げって奴だろうか?

 ノノンを見ると「らーめん! 楽しみ!」と食べる気満々だ。

 正直なところ、お昼も食べ損ねてるし、お腹はとても減ってる。

 ラーメンか、大盛で食べれそうだな。


§


次話『打ち上げラーメン回』

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