第125話 これで君も殺人犯だ。

黒崎くろさき! 福助ふくすけ、テメェ!」

「……っ!」

「そんな、黒崎君! 福助君、なんてことを!」


 福助君の凶刃が僕を襲った瞬間、一斉に他の三人も飛びかかったんだ。

 空舘そらたち君が倒れ込むように福助君を抑え込み、七光ななひかり君もそれに協力する。

 神崎かんざき君が僕を引きはがし、お腹に突き刺さった包丁を確認するんだ。


 間違いなく刺さってる。 

 それを見た福助君は、両手で顔を覆った。


「やっち、まった……ああああああああああ! 人を刺しちまった! 僕は、僕はもうダメだ! 人を殺し、殺、殺しちゃったんだ! なんで、なんで!」

「福助君、落ち着け! 黒崎君はまだ死んでない!」

「ああああああああああああ!」


 発狂、叫び続ける福助君を、七光君と空舘君とで抑え込む。 

 こういう時に、空舘君の怪力は頼りになるね。

 福助君がどれだけ暴れていても、彼は身動きひとつ取れないんだからさ。


「黒崎! それ絶対に抜くなよ! 今すぐ救急車を呼ぶ!」


 とっさに持っていたスマートフォンの緊急通話をしようとしている神崎君の手を、僕は握り締めて止めたんだ。


「……ダメだ、まだ、話が終わっていない」

「馬鹿野郎! 話とか、そんなこと言ってる場合じゃねえだろうが!」

「大丈夫なんだよ、大丈夫……ほら、見て」


 家を出る時に、役に立たなければいいなと思いながらも、着こんだもの。

 警戒棒やスタンガンと共に収納されていた防護装備品、防刃チョッキ。

 それを見た神崎君は気の抜けた顔をして、深く息を吐きながら、ぽんぽんと僕の肩を叩く。

 

「着心地は最悪だったけどね。とりあえず、このまま行くよ。……福助君」


 お腹に刺さった包丁を抜き、神崎君に託したあと、僕は彼の名を呼んだ。

 けれども、福助君は錯乱したままで、ロクに会話が成り立ちそうにない。


「僕のせいじゃない! 僕のせいじゃない!」

「福助君、聞いて」

「僕が悪いんじゃないんだ! 全部あの女がいけないんだ、僕は何も悪くない!」


 ダメだな、聞く耳持たずだ。

 すーっと大きく息を吸い込んで。

 出せるだけの大声で、彼の名を叫ぶ。


「福助金馬きんばッ! 話を聞けッ!」


 耳元での怒声はさすがに堪えたのか、彼は狼狽するのを止め、僕の方をようやく見たんだ。

 情けない、涙でべちょべちょになって、何とも醜い顔だよ、ほんと。


「福助君」

「は、はい」

「これで、君も立派な殺人犯だ」


 どうあがこうが、言い逃れは出来ない。

 監視カメラの下、刃物で僕を襲ったんだからね。


「どうだい? 今なら冷静になって物事を考えられるんじゃないかな? 自分が白雪しらゆきさんに何をしたか、なぜ彼女が夜這いなどという手段に及んだのか。福助君は何も悪くない、全部彼女が悪いんだって言ってたけど、本当にそうだと思う?」


「そ、それは……」


「きっかけを作ったのは君だ。先の僕みたいに、椎木しいらぎさんと付き合えるかもしれない、という未来を叩き壊されたのと同じことを、君は白雪さんにしているんだよ。結果、君はどうなった? 僕のことを刺してしまう程の凶行に及んだだろう? ……もう一度聞く、君は、本当に白雪さんが全部悪いと考えているのか?」


 そこまで言うと、福助君は力なく首を垂れた。

 男女関係のもつれは殺傷事件にまで及ぶ。

 珍しい話じゃない、とても、ありふれた話だ。

 

「彼女たちは普通じゃないんだ。これまでの経験が彼女たちを壊してしまった。分かってたんじゃないのか? 身上書を穴が空くほどに読んだんじゃないのか? 普通じゃない彼女たちは、後がないって考えてしまうんだよ。この恋愛に失敗したら死ぬしかない、そう考えてしまうって事を、なぜ理解しなかったんだ」


「……はい」


「もっと上手いやり方だってあったはずなんだ。僕みたいに一旦は鎖を付けて時間を稼ぐでもいい、七光君に相談するなり、空舘君に相談するなり……抱え込む必要なんか、どこにも無かったんだ」


 でも、福助君はそれをしなかった。 

 一人で何とかしようと抱え込み、道具も使わずに、流されるままに妊娠させてしまったんだ。


「そもそも、なんだけどさ」


 ここにきて、七光君が口を開く。


「福助、白雪さんに言い寄られて、お前、喜んでたじゃないか。女の子に好かれるなんて初めてのことで、嬉しいって僕に言ってたじゃないか。……なんで急に変えたんだよ、そんなの、白雪さんじゃ分からないに決まってるじゃないか」


「……ごめん」

「ごめんじゃないよ……」

「ごめん……ごめんよ」

「バカ野郎……」


 福助君の頭をがしがしと掴みながら、七光君は号泣する彼を胸に抱いたんだ。


 ようやく、素直になった感じかな。

 これでもう一度白雪さんと話をさせれば、少しは上手くいくかもしれない。

 ……白雪さんが受け入れてくれれば、だけどね。


「一段落、かな? 神崎君、とりあえず水城さんに報告しよっか」

「……ああ、ていうか黒崎、お前」

「うん?」

「腹から血、垂れてるぞ」

「……え?」


 だって、防刃チョッキ着てる……あれ? そういえばなんか、お腹痛い。

 包丁の先っちょ、あれ? 血が付いてる? え? 刺さってたの?


「黒崎、ちょっと、脱がすぞ」

「え? え? え?」

「おお……うん、まぁ、大丈夫、かな?」


 防刃チョッキ、貫通してる。

 え、包丁どれぐらい刺さったの。


「びびび、病院行った方が良くない?」

「大丈夫だろ、傷のサイズ的に三センチくらいだし」

「でも、刺し傷って深いって」

「防刃チョッキ着てたんだ、そこまでじゃねぇだろ」


 本当に? 本当に大丈夫? え、これ僕、死なない?

 あ、なんか、急にめまいが――――


「けーまあああああああぁ!」


 ――――して倒れそうになった時に、玄関から聞き覚えのある声が響いてきた。

 凄い勢いで走り込んできて、お腹から血を流してる僕を見て、彼女は叫ぶ。


「誰! 誰が刺したの!」

「え、あ、はい、僕が」

「お前かああああああああああああああぁ!」


 その時のノノンの動きは、電光石火の如く速かった。

 福助君の顔面へと右正拳を突き刺したあと、流れるような動きで回し蹴りを決めたんだ。

 すっごい綺麗な一撃で、見ていた空舘君が「お見事ッ!」と漏らしたほど。


 吹き飛んだ彼の身体は爆音と共に壁に激突し、そこで意識を失った。


「けーま! けーまぁ!」


 福助君が沈んだのを見届けると、ノノンは僕に飛びついてきた。

 

「けーま! 死んじゃやだ!」

「大丈夫、だから、あまり強く抱きしめないで」


 多分、今のノノン、ルルカが混じってる。

 力が凄く強い、半端じゃない、万力で絞められてるみたい。

 傷口から血が出てるから、待って、それを見て興奮しないで。


「血! 血が出てるよ! けーまが死んじゃう! けーま、けーまぁ!」

「ちょ、ちょっと、待って、ほんと、死ぬ」

「死ぬ!? けーま! けーま! 死なないで! けいまあああああぁ!」

「強い! チカラ、ノノン、待って! ほんと、死ぬ、しぬううううううぅ!」



§



 ギャグみたいなノリで本当に死ぬかと思った。

 亡くなったお爺ちゃんの笑顔が見えた時は、いろいろと覚悟を決めたよ。


 結局、あの後すぐに救急隊員がやってきて、僕は病院へと搬送されることに。

 傷は深くなくて、夏の保養所の時みたいに、レーザー治療であっという間に完治した。

 医学の進歩って凄いね、治癒魔法みたいだよ。


「こっちの子が酷いですね、頬骨骨折に頸椎捻挫です」


 僕よりも福助君の方が怪我が重かったのは、もはや笑うしかない。

 ノノンはしら、、をきりながら人差し指つんつんしてるし、誰も彼女を責めなかったけど。

 

 福助君の方も医学の進歩のおかげか、即日退院となり、


「僕……白雪さんに会いたいです」


 こう申し出た彼と共に、僕たちは白雪さんの待つアパートへと足を運んだんだ。


§


次話『素直な気持ちは、きっと届くから』

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