第124話 届いてしまった悲報。※水城香苗視点

4/13 土曜日 10:45


 白雪しらゆきさんが隔離されているのは、二人が住んでいるマンションから徒歩数分のアパート。

 セキュリティ面に不安が残るという理由で、二十四時間誰かが側にいる状態が続いている。

 私が駆り出されたのも、理由としてそれが一番大きい。

 

「なんだか、可愛らしいアパート、なんですね」

「このアパート、女の子専用だから」

「へー、そんなのあるんですね」


 火野上さんと諸星さんが物珍し気にアパートを眺めている。

 いくら少子化が進んだからって、女の子の力が強くなった訳じゃない。

 守らなくてはいけないのは、今も昔も変わらないのよね。


 洋風を意識した造りの、カボチャの馬車って名前のアパート。


 門扉のアーチには名前の通り馬車が描かれていて、アプローチから部屋までは白い壁で覆われ、住居者がどこの部屋に入るのかは外部から見ることが出来ない。監視カメラも常時稼働の、アパートにしてはセキュリティ面はそこそこ上、なんだけどね。


 階段を上がって二階へと行くと、突き当りの部屋で足を止める。

 

「ここが白雪さんの部屋、既に佐塚さつか狐子きつねこさんと元毛利もともうり小町こまちさんがいるはずだけど……ああ、いるわね、靴が置いてある」


 選定者だけで部屋にいるなんて、報告会くらいなはずなんだけどね。

 状況が状況だから、しょうがなしでしょ。


 部屋に入り奥へと進むと、洋風の造りをした寝室に全員揃っていた。

 私が入ると佐塚さんと元毛利さんは立ち上がって、ぺこりとお辞儀をする。


「あ、火野上ひのうえさんと……えと、どちら様でしょうか?」

諸星もろぼし綺麗きれいです……まぁ、ダイエット成功したので、分からないですよね」

「え、凄いです。別人じゃないですか」

「ウチも……そのダイエット方法、知りたいです」


 佐塚さんと元毛利さんがさっそくダイエットに喰いついているけど。

 うん、私もその方法知りたい。

 是非とも秘訣をって思ってたけど、違うか。


「どう? 白雪さんの調子は?」


 さすが女の子専用のアパートよね、ベッドにキャノピー天蓋までついていて、本物のお姫様みたいじゃない。ふかふかのベッドで背もたれに寄りかかりながら座っていた白雪さんは、苦笑とともに「大丈夫です」と頷いてくれた。


「いま妊娠二十週で、胎動も分かるようになってきたんですよ」

「順調そのものね」

「はい……ですので、アタイ、別に横になってなくても、普通に動けるんですけど」


 動こうとすると、元毛利さんが「ダメ……ウチが全部やるのです」って彼女を座らせた。

 

「元毛利さん、妊婦でも少しは運動しないと、逆にダメなのよ?」

「そう……なのです? 絶対安静じゃない……のです?」

「別に、妊娠は病気でもケガでもないから」


 みんなで笑顔になって、くすくすと笑う。

 出来る限り動いた方がいい、というのは知識としてあるけど。

 私も出産経験ある訳じゃないし、こういう時は実体験ある方が強いのよね。


「……どうか、した?」


 あら、火野上さん、じーっと白雪さんのお腹見てる。


志乃子しのこ、おなか、さわっても、いい?」

「……うん、いいよ」


 妊娠二十週、つまりは妊娠六か月目。

 目立たなかったお腹も膨らみ始めて、誰が見ても妊婦さんって分かる。

 十六歳なのに、妊婦さんか……私だったら、どうなってたかな。


「はわわ、おなか、動いてる」

「うん、元気でしょ?」

「凄い……男の子? 女の子?」

「性別は、まだ調べてないんだ。調べれば、もう分かるみたいなんだけどね」


 白雪さん、あまり病院には行きたがらないのよね。

 産婦人科は幸せそうな人達でいっぱいだから。

 新しい赤ちゃんを迎える、夫と妻のいる場所だからね。


「水城さん、福助君は……」


 白雪さんの心情を察したのか、佐塚さんが私に質問してくる。

 そんな目で見られても、私にはどうすることも出来ないのよね。 


「いま、黒崎君と神崎君とで、改めて説得してるところ」

「そうですか……黒崎君って、最優秀受賞者ですよね」

「おおお、なら、ウチたちよりも大丈夫そう……なのです」


 私だけじゃない、皆が彼に頼ってしまう。

 無理もないか、彼にはそう言わせるだけの経歴があるから。

 

「そうね、もしそうなったら、白雪さんはどうする?」


 妊娠を打ち明けて既に三か月が経過してる。

 その間、福助君は一度もこのアパートに足を運んでいない。

 酷い男だと思う、私だったら二度と顔も見たくないってキレ散らかしてるけど。


「……そうなったら、嬉しいですね」


 それでも、白雪さんは笑顔になれるのね。 

 愛した人だから、最後に自分のところに帰って来てくれれば、それでいい……みたいな?

 母は強し、なのかな。私はその域に達せそうにないけど。


「ノノン、ノノンも分かるよ」


 白雪さんのお腹に手を当てながら、火野上さんは優しく語り掛ける。


「ノノンもね、卒業したら分からないって、前にけーまに言われた、の。そうしたら、悲しくって、涙が出ちゃって、絶対に一緒になりたいって、泣き叫んで、襲いたくなっちゃった、から」


 鎖をつなぐ直前の話、かな。

 一緒にベッドに入って、火野上さんは黒崎君を誘っていたのよね。

 彼の手を自分の大事な場所にこすりつけて、彼を想いながら真横で果てて。


 そこまでしたのに、黒崎君はそこから先には踏み込まなかった。

 鎖で繋がるという別の道を彼は見出し、火野上さんを安心させた。


 でも、それは大前提として、黒崎君も火野上さんを愛していたという条件がある。

 福助君が好きなのは椎木観察官……今回のとは、状況が違う。


「だから、ノノン、志乃子のこと、分かる。応援する。大丈夫だよ、けーまは凄い人だから」

「……うん、黒崎君が凄い人って、みんな言ってるもんね」

「だから志乃子も、赤ちゃんも安心して……きっと、全部、上手くいくから」


 根拠は何ひとつない、でも、期待だけはしてしまう。

 黒崎君なら、福助君を説得できるんじゃないかって、そんな淡い期待を。


「あら、ちょっと失礼するわね」


 スマートフォンが鳴動している……表示される番号は、茨城の観察課?

 白雪さんを心配させないように、部屋から外へと出て通話をタップする。


「はい、水城ですが」

『水城課長代理ですか! 黒崎観察官が刺されました!』


 人間、予想もしてない言葉を耳にすると、頭で理解するのが遅れるって初めて経験した。

 

「……えと、本当なの? 黒崎観察官が刺されたって」

『監視カメラで確認済みです! 付近にいる課員も向かっております! 水城課長代理も今すぐ現地入りして下さい! 救急には既に我々から連絡済みです!』

「分かりました、今すぐ向かいます」


 まさかの出来事だった。

 だって、福助君はずっと布団の中にいたはずなのに。

 一体どんな状況でそんなことに。


「けーまが、刺された……?」


 気付かなかった、いつの間にか扉が開いて、火野上さんがすぐ側に。

 一番、聞かれてはいけない人に聞かれてしまった。


「けーま、刺された、の?」

「……っ、本当よ、今すぐマンションに戻るわ」


 火野上さんの瞳の輝きが消えていく、でも、次第に別の光が宿っていくのが分かる。

 彼女が特別と言われている理由、この子だけは、他の人は違うの。


「火野上さん」

「……ろす」

「……え?」

「桂馬を刺した奴、アタシが殺す」


 表情がノノンちゃんと全然違う。

 眉間にしわが寄り、目が一気に吊り目になった。

 八重歯が牙のように剝き出しになり、額には血管が浮かんでいる。


 火野上ノノンの別人格、火野上ルルカ。

 

 やっぱり、出てきてしまった。

 でも、逆に頼りになるかもしれない。

 今ここで弱ってしまうノノンちゃんの相手をするよりも、彼女が出ている方が楽でいい。


「走れるわね?」

「大丈夫」


 急げば十分もかからない、黒崎君の周りには優秀な人が沢山いるから。

 死ぬことはない、絶対に死ぬことはないんだからね。


§


次話『これで君も殺人犯だ』

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