第123話 僕らは本物の暴力を知らない。
「だってそうだろう? 君はブサイクなんだからさ」
悪口だと思うんだろ? ああそうだよ、僕は君に向かって悪口を言っているんだ。
「観察官に選定された君は大きな勘違いをしている。君みたいなブサイクが白雪さんみたいな綺麗な人に好かれること自体がイレギュラーなんだよ。君は小学校、中学校と女子にモテたことがあるかい? 一回でも告白されたことがあるかい? ないよね? それは高校生になっても変わらない。君のことを好きになってくれたのは、後にも先にも白雪さん一人だ。きっと今後、一生君を好きになる人は現れないだろうね」
福助君の瞳に怒りの炎が灯る。
いいね、その眉間のシワ、まだまだ元気じゃないか。
「好き放題いいやがって……僕には好きな人がいる、今はモテなくていいんだよ」
「椎木さんかい? 一目惚れして、卒業したら告白するらしいね」
恋愛話に花を咲かせて喜ぶのは学生の醍醐味だ。
今の僕は、いうなれば陽キャ、陰キャをイジメて楽しむ陽キャだ。
「卒業なんて言わずに、今すぐ告白すればいいじゃないか」
「……今は、ダメだ。身体も鍛えてないし、白雪さんの問題がある」
「問題? 逃げてるくせに問題って認識はあるんだ。てっきり、何も理解してないバカかと思ってたよ」
直球な悪口をぶつけると、福助君は布団をはねのけて僕の胸倉を掴んだ。
結構な力だ、上袋田君の時を思い出してしまう。でも、身体が浮かぶ程じゃない。
「お前、いい加減にしろよ!」
掴まれて苦しくなったせいか、思わず感情がむき出しになる。
「いい加減にするのは君の方だ! 言い訳ばっかしやがって、白雪さんを妊娠させたのは誰でもない君だろうが! お腹の中に赤ちゃんがいるんだぞ!? それを自分のせいじゃないなんて言って逃げているクズ野郎は、君なんじゃないのか!」
語気強めに言ってしまった。
いけない、お説教なんて通用する相手じゃないって分かってたのに。
気付けば、神崎君と空舘君がいつでも抑えられる距離にいた。
彼らを見て、福助君も掴んでいた手を離す。
とてもありがたい、心を落ち着かせることが出来るよ。
「すまない……さっきも言ったけど、ノノンと白雪さんはとても似ているんだ。彼女が僕を求めてきた事もあった、僕は断ったけどね。絶対に子供が出来てしまうって、分かっていたから」
あの時、僕の側には神崎君がいてくれたんだ。
だから、あの時の言葉を、そのまま借りようと思う。
「彼女たちは、僕たちとはセックスの意味が違う。彼女たちにとってセックスとは、強引に相手の欲情の捌け口にならざるを得ない、苦痛を味わうものなんだ。それこそ、相手を撃ち殺してしまう程に憎い行為なんだよ。だけど、ノノンも白雪さんも、身体を重ねることを求めてきた、なんでだか分かるか?」
「……」
「僕や福助君とするセックスは、これまでとは違うセックスだからだよ。神崎君の言葉を借りれば、それは愛のあるセックスだ。一発で溺れてしまい、抜け出せなくなる泥沼のような行為……結果として、それは確実に子を宿すレベルになってしまうんだ。相性の問題もあるだろうね、でも白雪さんは言っていたらしいよ。福助君とのセックスは、これまでで一番気持ちの良いセックスだったってね」
彼は行為の最中、白雪さんを壊してやると言っていたらしい。
でも、口にはすれど、結局のところ優しさあふれる行為になってしまっていたんだ。
白雪さんが味わってきたセックスは、本当に彼女を壊そうとする、痛みを伴うものばかり。
それまで暴力をふるったことがない僕たちがいくら壊そうとしても、それらは結局、愛に溢れるものになってしまうのだろう。だって、僕らは本物の暴力を知らないから。模倣しようとした所で、ブレーキがかかってしまう常識人だからだ。
「……でも、僕は」
「踏ん切りがつかないなら、つけさせてあげるよ」
スマートフォンを取り出すと、僕は番号を検索して通話をタップした。
不安げな眼で、福助君が問う。
「誰に、連絡しているの」
「……椎木さんだよ」
名前を聞き、福助君は僕からスマートフォンを奪おうとした。
でも、空舘君がとっさに彼を抑え込む。
「はなせ! はなせよ!」
「ダメだ、きちんと気持ちに決着を付けた方がいい」
「今じゃダメなんだ、今じゃフラれるに決まってる!」
どうして今はダメで、卒業したら大丈夫だと思うんだか。
その考え方が僕には理解できないが、叶わない恋は諦めさせるが吉だ。
『その感じ、例の彼ね?』
スピーカーにしたスマートフォンから彼女の声が聞こえてきた。
昨日の内に連絡はしておいたけど、さすがは椎木さんだ、一発で状況を見抜いてくれたぞ。
「ああ、忙しいのにごめんね」
『ううん、黒崎君の頼みなら、何でも引き受けるから』
「ありがとう……じゃあ、宜しく頼むよ」
今もなお、空舘君に抑え込まれている福助君へと、スマートフォンを向ける。
画面には椎木さんが映っており、無言のまま福助君を睨みつけるんだ。
「……」
『……』
「……」
『いろいろと、話は聞いてる』
沈黙が続いていた中、椎木さんから口を開いた。
『私、こう見えて、告白は数えきれないほど受けているの』
「……そう、ですか」
『ええ、でも、一人たりとて受け入れたことはないわ』
遠まわしに、福助君の告白を断っている。
極限まで彼を傷つけない、優しい断り方だ。
『そもそも、私は告白をしてくる男性を認めないから』
「……認めない? どうしてですか」
『だって私の恋愛よ? 好きになったのなら、私から告白するわ』
「……」
『私に告白をしようと考える、その時点でダメだと思いなさい。ね、黒崎君』
なぜ最後に僕の名前を言うんですか。
それは、なんとも返事がしにくいのですが。
でも、確かに、椎木さんは自分から告白するタイプだ。
しかも、絶対にフラれるって分かっていてもしてくる強キャラだ。
『私からは以上かな? これ以上は側にいないから、何も出来ないし』
「椎木さん、ありがとう。とりあえず、これで通話を終わらせるね」
『うん……少しでも、黒崎君の力になれたのなら嬉しい。また何かあったら遠慮なく連絡してね』
通話終了をタップすると、僕は仕切りなおすように彼の前に立った。
既に空舘君の拘束は解かれ、彼はベッドと床に崩れるような感じでうつ伏せになっている。
「これで、心残りは無くなったでしょ。さっきの話じゃないけど、椎木さんは間違いなく選ぶ側の人間だ。そして彼女は、白雪さんを妊娠させた君を好きになることは絶対にない。そんな不義理を絶対に許さない人なんだよ。最初っから、可能性は無かったに等しいんだ」
「……いって、何なんだよ……」
……?
なんだ、何を小声でぶつぶつ言ってるんだ?
「福助君?」
「嬉しいってなんだよ! やっぱりお前、椎木さんとデキてたんじゃなか!」
突然の激昂、予想はしてたけど、このタイミングだとは思わなかった。
「偉そうなことを言って、結局君は僕のことを馬鹿にしに来ただけなんだ!」
飛びかかってくる彼の手に、光るものが見える。
布団の中に包丁、自殺するつもりだったんだ、隠し持ってたのか。
「どうせ死ぬつもりなんだ! お前だって死ねよ! 殺してやる!」
「……っ!」
「あああああああああああああぁ!」
距離が近すぎる、避けられない。
彼の体重ごと倒れ込む瞬間、ズンッて、鈍い感触が、お腹に。
……嘘だろ、包丁、刺さってるじゃん。
§
次話『届いてしまった悲報。※水城香苗視点』
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