第122話 腐ってる奴には喧嘩を売ろう。

4/13 土曜日 10:30


 十三階建てのマンションの最上階、そこが福助ふくすけ君と白雪しらゆきさんの住まう家だ。

 セキュリティレベルだけでいったら、僕の住むマンションよりも上かもしれない。

 家に入るのに静脈とか登録しなくちゃいけないみたいだし、声紋まで必要になるんだ。

 

「そもそもこれらシステムは、観察官を守るための設備だったんですけどね。福助君が部屋の施錠をしっかりしていれば、襲われる心配も無かったのに」


 水城みずきさんが愚痴をこぼしながら、人差し指を機器にあてた。

 確かにその通りだ、僕たち観察官には抵抗するための道具だって用意されている。

 それらを使わずに福助君は白雪さんを抱いたんだ、責任を問われても仕方がないと思う。


「ここが福助君の部屋よ。本当は私も一緒に入った方がいいと思うんだけど、渡部わたべ課長から止められているの。青少女保護観察に関する事柄は、当人たちで解決させた方がいいって規則に設けられていてね。……という訳で、私が案内できるのはここまで。何かあったらすぐに連絡すること、いいわね?」


 「大丈夫です」と伝えると、水城さんは僕の頭を撫でるんだ。

 眉の下げた温かみのある表情で、とても優しくなでなでと。

 

「水城さん?」

「ほんと、頼りにしてる。この世代に黒崎くろさき君がいて、良かったって思うわ」

「……買いかぶりすぎですよ。僕に出来ることなんてたかが知れてます」


 撫でていた手でぽんぽんと叩かれると、水城さんはその手をサムズアップさせるんだ。

 

「とにかく、後は任せるわ。神崎かんざき君もバックアップ、宜しくね」

「任せといてください。何かあってもコイツだけは守りますんで」


 何かってなんだよって思ったけど、相手は死のうとしているんだ、そこまで考えないとか。

 

「それじゃあ、火野上ひのうえさんと諸星もろぼしさんは、白雪さんの所に行きましょうか」

「はい……けーま、ノノン、頑張ってくるね!」

「白雪さん、お腹に赤ちゃんいるから、静かにね」

「うん! みーこちゃんの時みたいに、優しく、静かに、だね!」


 男女は分けておいた方がいい、これは神崎君からの申し出でもある。

 何があるか分からないんだ、襲われた時に男と女では、やはり力の差が出てしまう。

 三人がフロアからいなくなるのを見届けると、僕と神崎君は一呼吸ついて、視線を合わせる。


「それじゃ、行こうか」

「そうだな、根性叩き直してやらねぇとな」

「ふふっ、お手柔らかにね」


 神崎君が一緒だと、やっぱり頼りになるな。

 安心感が違う、頼れる兄貴って感じがするよ。

 

 そんな、どこか和やかな雰囲気のまま、僕はドア横にあったインターフォンを押した。

 しばらくすると開錠する音が聞こえてきて、開いたドアから七光ななひかり君が顔を覗かせる。

 

 長めの七三、どこはかとなくエリートな佇まいを見せる彼の風体は、報告会の時から変わっていない。けれども、福助君のことがあってか、表情がどこか暗い。疲れが溜まっている、そんな印象を受ける。


「黒崎君……それに、神崎君まで」

「人数は多い方がいいと思ってな」

「……感謝する。さっそくで悪いんだが、福助と会ってやって欲しいんだ」


 無論、そのつもりだ。

 福助君と会って話をする、その為に来たんだから。


 高級マンションの最上階、とはいえ十三階だから、僕が住まうマンションより景色が低い。

 家の作りも特別広い訳でもなく、四人家族ならこのぐらいだよね、って感じの作りだ。


 けど、見覚えのあるセキュリティシステムはここも同じ。

 全国統一なのかも、そんな印象を受ける。


「福助、黒崎君が来てくれたぞ」


 七光君が案内してくれたのは、彼の自室だ。 

 思っていた以上に部屋がキレイで、ちょっと驚く。

 もっと暴れていたりとか、破壊されていたりだとかを想定していたのだけど。


「僕たちが掃除したんだ。あまりにも汚かったからね」


 僕がきょろきょろしていたのを、七光君は見抜いたらしい。

 まぁ、そうだよね。自分の人生が変わってしまう程のやらかしだったんだから。

 

 部屋の隅で腕組みして立っている空舘そらたち君に会釈すると、彼は無言のまま二本指を立てて返事をした。


 角刈りが伸びた感じの髪型だけど……注目すべきはそこじゃない。 

 空舘君の筋肉が凄い、上腕二頭筋なんてはち切れんばかりに膨らんでいるぞ。

 

 敵じゃなくて良かった……なんて思いながら、僕はベッドの前に座り込んだ。

 こんもりしている布団の中、そこにいるのが福助君だ。


「福助君、面と向かって会話をするのは初めてかもね……黒崎桂馬だよ」


 返事はない、か。

 まぁ、最初はこんなもんだろう。


「今日来たのはね、福助君に伝えたいことがあって来たんだ。いろいろと事情は伺ってる、互いの事情も、どうしてこうなったのかも。お説教は散々されてるだろうから、それはしない。多分、僕に求められてる事は、そういうのじゃないと思うし」


 お説教なら、水城さんや茨城の観察課の人から散々されていると思うんだ。

 だけど、福助君は心を開いていない。現状が何よりの証拠だ。


「僕から伝えたい内容は、それとは若干違う感じになるかもしれない。でも、聞いて欲しい」


 僕だけが言える内容、僕だけが理解できることを、彼へと伝える。

 それは、福助君と白雪さん、この二人の事情を聞いて、最初に感じたことだ。 


「白雪さんね、僕の相方であるノノンと凄く良く似ているんだ。これまでが酷くて、優しさを知らないが故に、僕みたいな平凡な男でも最高の人って勘違いをしてしまう。きっと、白雪さんもそう。本当なら視界にすら入らないはずの福助君のことを、優しくて無害なだけで、最高の人って勘違いしてしまっているんだよ」


 最初からノノンが僕に惚れていたかと言われたら、それは絶対に違うと言える。

 叩かれて、抵抗されて、ドロボウって叫ばれて。

 だけど、一緒の時間を過ごしていくと、自然と惚れていくんだ。


 僕が特別いい人だったからじゃない。

 それは、彼女が被害者だったから。

 普通を知らないから。


 何もかもを経験してしまったが故に、僕みたいな普通の男を愛してしまえるんだ。


「その勘違いは、とても恐ろしいものだ。その人以外が一切見えなくなってしまう。この青少女保護観察プログラムは、その感情を増長させる仕組みであふれている。僕や福助君のような奥手の男子を集め、女子とひとつ屋根の下で過ごさせ、強制的に優しさに触れさせる。今のノノンや白雪さんからしたら、僕と福助君はきっと神様みたいに見えるんだよ」


 優しさを知らないから、幸せを知らないから。

 それを与えてくれる人を、好きになってしまう。

 

「観察官と選定者が、高校卒業と同時に九割で別れを選択する。きっとそれは魔法が解けてしまったからなんじゃないかって、僕は思うんだ」


「……魔法?」


 ようやく、彼は布団から顔を覗かせてくれた。

 丸いイメージしかなかったのに、この数か月で彼は随分とやつれてしまっている。

 目がくぼんでいて、しゃれこうべみたいに見えて……あまり良い痩せ方じゃない。 


「当然じゃないか、外には僕たち以上に素敵な男が沢山いるんだ。分かるだろ? 隣にいる神崎君と僕を見比べてごらんよ。誰だって神崎君を選ぶに決まってる。福助君と空舘君だってそうだ、丸くて髪型も何も意識していない君よりも、寡黙で、身体を鍛えていて、カッコいい空舘君を全員が選ぶに決まってる。七光君と比べてもいい、君は全てにおいて負けているんだ」


「何が、いいたいのさ」


 横たわっていた身体を起こすと、福助君は僕を睨みつける。


「簡単だよ。福助金馬きんば君、君は大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「ああ、君に選ぶ権利はない。君と一緒になるかどうかは、彼女たちが決める事なんだ」


 睨みつける、大いに結構だ。

 さぁ、喧嘩を始めようじゃないか。


「だってそうだろう? 君はブサイクなんだからさ」


§


次話『僕らは本物の暴力を知らない』  

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