第121話 僕がすることは、ひとつしかない。

4/13 土曜日 10:00


 茨城県水戸市、納豆の街ってイメージしかなかったけど、そんな事はなくて。 

 大きいホテルもあるし、普通に栄えてる大都市じゃないか。


「美味しいラーメン屋さんもあるのよ? 今晩食べに行きましょうか」


 出迎えてくれた水城みずきさんがそんな事を言っていたけど。

 今はそれよりも、福助ふくすけ君と白雪しらゆきさんのことで頭がいっぱいなんだよね。


「水城さんは、二人と直接話はされたんですか?」

 

 ホテルへと案内される道中、僕は水城さんへと質問をした。

 質問したけど返事はない。

 鎖で繋がったノノンと「?」って感じで顔を合わせたんだけど。


「ねぇ、黒崎くろさき君」


 しばらくして足を止めた水城さんは、僕たちの方を振り返り質問してきたんだ。 


「死んでもいい男と、愛されなくてもいい女の場合、どうするのが正解だと思う?」

「……はい?」


 死んでもいい男と愛されなくてもいい女? 死んでもいい男っていうのは、七光ななひかり君の言葉から察するに福助君のことを言っているのだろう。責任を取って死ぬ、もしくは観察官をリタイアさせろって彼は言ったらしいし。


 となると、気になるのは後者だ。


「愛されなくてもいい、白雪さんはそんな事を言っているんですか?」

「……厳密に言えば、本命じゃなくてもいい、かな」

「二番目でいいと」

「そういうこと。でもね、それじゃあ結局のところシングルマザー爆誕な訳なのよ。青少女保護観察課としてはそれだけは容認出来ない、理念を根底から否定されてるようなものですからね」


 この国の礎になるような子供の育成、これが理念だけど、この理念には冒頭にこの言葉がくっつく。


「福祉を活用しない、ですよね」

「その通り。シングルマザーなんてもっての外よ」


 だとしたら、説得すべきは後者じゃない。

 死んでもいいと言っている福助君一択だ。


「これから行くホテルに、福助君もいるんですか?」

「いいえ? 彼は普段と同じマンションにいるわよ?」

「そうなんです?」

「下手なホテルよりもセキュリティ厳重だから。監視カメラの下で自殺なんかさせないわよ」


 なるほど、確かに僕の住む部屋にも全部屋監視カメラ付いてるし。

 

「焦ったところでいい結果にはならないでしょうし、まずは仲間内での相談が必要でしょ?」


 言われて案内されたホテルの一室、会議室とプレートがあるその部屋に踏み入れると。


「お、黒崎、ようやく到着したか」

神崎かんざき君! それに諸星もろぼしさんも!」


 先日ビデオ通話で見たままの二人が、既に待っていたんだ。

 小麦色ってよりも黒パンってぐらいに真っ黒に焼けた肌の神崎君。

 ゴーグル跡が残ってるから、スキーかスノーボードにでも行って雪焼けしたのかも。

 ワイシャツに細身のジーパンっていうシンプルスタイルなのに、とてもカッコいい。


「なんだ、髪型変えたのか? 短くてサッパリしてら」

「ああ、これ、いろいろあってね。ノノンのカット練習に付き合ったりしてさ、ちょっと短くなっちゃったんだ。でも、カッコ良くていいでしょ?」

「ははっ、だな。そっか、火野上ひのうえさん美容師目指してるんだもんな」


 うん! ってノノンが元気いっぱいに答えると、神崎君は彼女の頭を撫でるんだ。

 お父さんが娘を褒めているように見える……なんだか微笑ましい。


「ノノンちゃんも将来考えて動いてるんだよね。アタシも何か頑張らないとかな」

「諸星さんはそこまで痩せたのなら、インストラクターとかいけそうですね」

「インストラクターかぁ、考えたことも無かったけど、アリかもね」


 氷芽こおりめさんのお姉さん、月美つきみさんのような小柄な感じじゃないけど、諸星さんみたいなパワー系だってインストラクターに向いていると思う。なんていうかお手本、筋トレする女性の最終系みたいな肉体なんだ。諸星さんに憧れて入会する女子とかいそうな感じ。


 あ、これ、日和さんのお父さんが言ってた言葉だ。

 常にお客様のお手本であれ。ふむ、なんか妙に納得。


「実は僕、知り合いに現役インストラクターの人いるんですけど、紹介しましょうか?」

「え? 本当? ……何事も挑戦あるのみよね。ねぇ沙織さおり、いいかな?」

「良いんじゃね? それに黒崎の知り合いなら、善人しかいないだろうしさ」


 僕の知り合いが全員善人かは分からないけど、月美さんは間違いなく善人だ。

 大会に招待してくれるって言ってたし、それに一緒に行けないか聞いてみようかな。


 などと、終わらない雑談に花を咲かせていたところ。


「さてと、そろそろ本題に入りましょうか」


 こほんと咳き込んだ水城さんの言葉で、本来の目的を思い出す。

 つい懐かしくて喋りこんじゃったよ。


 今日僕たちが来たのは昔を懐かしむ為じゃない。

 赤ちゃんを身ごもってしまった白雪さんと、それから逃げようとしている福助君。

 二人の仲を取り持たないと、だよね。


「いま現在の状況を改めて説明するわね。二人がなぜこんな状況になっているか、互いが何を望んでいるか。まとめたものを印刷してきたけど、私たちが聞いただけであって、もしかしたら本心じゃないのかもしれない。それを踏まえて、知識として頭に入れておいて欲しいの」

 

 水城さんからの説明は、かいつまんだものではあったものの。

 福助君と白雪さん、双方の言い分というものは、何となく理解出来た。


 白雪さんの身上書は、ここに来る前に目を通してある。

 選定者なんだ、まともな過去じゃないのは分かっていたけど。

 ……殺人か、心の傷は、僕たちの想像を遥かに絶するものなんだろうな。

 

「群馬と栃木の観察官も現地入りしていてね。福助君の方には七光君と空舘君、白雪さんの方には佐塚さつかさんと元毛利もともうりさんが側にいるの。皆で心配しているのだけど、現状を打破できるような妙案は浮かんでいないわ」


 現状を打破できるような妙案、そんなものはいらないだろう。


「僕たちに出来ることは、ひとつしかないですよ」

「……というと?」

「福助君の目を覚まさせる、それだけです」


§


次話『腐ってる奴には喧嘩を売ろう』

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