第120話 アタイが彼を好きな理由 ※白雪志乃子視点

 アタイは人殺しだ。

 あの時の感触は、今でも忘れられずに残っている。

 

 でも、罪悪感は一切感じなかった。

 やってやったという、達成感が凄かったんだ。


 狙ったのは、一番最初にアタイの名前をからかった男。

 アイツが言わなければ、こんな事にはならなかったのに。


 ミドルスクールの最後の日に、やり納めだって数人の男がアタイを襲ったんだ。

 抵抗は出来なかった、両手両足を強引に押さえ付けられて、抵抗しようにも出来ない。

 

 でも、一人、また一人と情事を終えていくたびに、段々と拘束は解かれていくんだ。

 アイツの番になる頃には、両手は自由に動ける状態になっていて。

 

 今でも喜びに全身が震えちゃう。

 額に風穴が空いた瞬間、あの男はアタイの腹の上で死んだ。

 

 笑ってやったよ、腹上死だ、満足したかってね。

 

 仕返しが来るとしたら、それはアタイに来ると思ってたんだ。

 人を殺したんだ、それなりの報いは受けるつもりだったのに。

 

「お前の娘が、俺の息子を奪ったんだ!」


 最悪なことに、報復の刃はパパへと向けられてしまった。


 ショットガンで数発、優しかったパパの顔がミンチになっていくのを見て、アタイは小便を漏らしながら泣いたんだ。恐怖と悲しみが心を支配し、現実が受け入れられなくなって、もう止めてとパパに覆いかぶさったのに、ソイツは何度もパパに撃ち込んでいて。


 一発、また一発と銃声を間近で耳にして、徐々に、心が壊れていったんだと思う。

 お菓子係でいれば、こんな事にはならなかったのに。


 従順でいれば、パパは殺されなかった。

 私のせいで、パパは。


「ママの実家に行きましょう、こんな国、一秒でも早く出るの」


 ママに連れられて、何度か来たことのある日本へと、私たちは住む場所を変えたんだ。

 日本人だったママのお陰で、帰化することは難しくなくて。

 一年間だけお休みをして、私は中学から、学校に通うようになったんだ。

 

 だけど、教室という場所に来ると、どうしてもあの時の事を思い出してしまう。

 ショットガンの音、パパの顔が崩れていく音、泣き叫ぶ私の声。

 

 誰かに抱かれないといけない。

 強迫めいた考え方が、アタイを暴走させる。


 幸か不幸か、アメリカも日本も、男の考え方に大した差はなかった。 

 放課後に一人、また一人と肌を重ねていくと、次第に噂が広まっていく。


 〝白雪しらゆき志乃子しのこはタダでヤラセてくれる〟


 私は向こうにいた時と同じ、お菓子係として、毎日違う男を抱く日々を送るようになった。

 抱かれている時だけ安心する。でも、ふとした瞬間に、とてつもない恐怖が襲ってくるんだ。 


 殺さないと、殺されちゃう。


 セックスを求めてくる奴は、基本的にクズなんだ。

 だからアタイは無罪で、今も普通の生活を送っている。

 クズは殺さないといけない、クズなら殺しても大丈夫なんだ。


 イジメられた日々と、殺されてしまったパパと、殺してしまったクラスメイト。

 セックスしながら、アタイの頭の中は一瞬で過去に戻ってしまっていた。

 教室という空間で、数人の男子生徒に押さえつけられながら、強引に犯される。

 

 他の男子生徒なんていない、アタイを抱いているのは一人だけなのに。


 殺したい欲求が急に芽生えてきて、アタイの手は気づけば男の首を絞めていたんだ。

 体格差があるんだ、日本の中学生でアタイに勝てる奴はいない。

 

「白雪! お前何やってるんだ!」


 先生によって取り押さえられて、ようやく我に返る事が出来た。

 目の前にいたのはイジメたアイツじゃない、この学校の名前も知らない生徒だ。

 青黒い顔していて、窒息寸前で……多分、あと数分遅かったら死んでたんだと思う。 


 結局、アタイは青少女保護観察課とかいうのに保護される事となり、そいつ等が運営する施設で、基礎的な勉強と、道徳精神についてひたすらに教え込まれる事となった。会話は禁止、異性との触れ合いも禁止、全てが禁止の空間は、とてもつまらなくて。


 ようやく解放されるかと思ったら、今度は見知らぬ男と引き合わされた。

 太ってて、背がアタイよりも小さくて、いがぐり坊主で。 


福助ふくすけ金馬きんば君だ。彼が君の保護観察官となって、君の更生にあたってくれる」


 第一印象は最悪、一緒に住むなんてありえないと思った。

 存在感が薄い男って、どのクラスにも一定数いる。

 興味が沸かないんだ、向こうだってアタイに興味を抱かない。

 だから、何も期待せずに、ただただ一緒の生活をするつもりだったんだけど。


「濡れた髪のままだと風邪ひくから、部屋、暖かくしておいたからね」

「朝食は何がいい? アメリカだと、やっぱりパンかな?」

「いいよ、僕が洗濯物するから。白雪さんはすることあるんでしょ?」


 福助君は、アタイに一切手出しをしてこなかったんだ。  

 ずっと一緒にいるんだ、たまには距離が近づくこともある。

 手が触れると「ごめん」といい、肌を見せると自ら視線を逸らす。


 ……とても、新鮮だと思った。


 アタイの中では、男って強引に襲ってくるイメージしかなかったのに、福助君は違ったんだ。

 優しくて、頼りになって、マジメで。


 いつの間にか、そんな彼がカッコ良く見えるようになっていたんだ。

 ぽっちゃりだし、背も低いし、勉強だってそこそこ。

 髪型はいつ見ても坊主だし、産毛だってあるし、眉毛を整えたことすらないと思う。


 でも……なんでかな、そういうのが愛らしく見えてくるんだ。

 絶対に怒らない存在、何をしても許してくれる存在、受け入れてくれる存在。

 

 三か月もしたら、アタイの心はすっかり福助君一色に染まってしまっていた。 

 側にいても恐怖を感じない、殺されるって感じが全然しない……とても、安心する。


『志乃子もさ、金歯……じゃなかった、福助ってのに全力アタックしてこいよ』


 報告会の場で、青い髪の女の子が言ってくれた言葉。

 きっとアタイにはもう、福助君しかいないから。

 全力でアタックして、素のままのアタイを好きになって貰おうって、そう思ったんだ。


 ……でも、福助君は良い顔をしない。

 どんなに頑張っても、どんなに積極的になっても、距離を取り続ける。


 それでも諦めないって思っていた、ある日のこと。


「白雪さん……僕、好きな人がいるんだ」


 唐突に打ち明けられた思い。

 福助君には好きな人がいて、卒業したらその人に告白する。

 それはつまり、高校を卒業したら、アタイは捨てられるって意味だ。


 それまで築き上げた幸せが、音を立てて崩れていく。

 そして耳に響くんだ、アタイが殺した、アイツの笑い声が。

 

 所詮アタイは人殺しなんだ、普通の幸せを掴もうというのが間違っている。

 普通じゃないアタイが普通の幸せを手に入れるためには、普通じゃ無理なんだ。

 

「生理まで十四日……」


 メモ帳の日付を見て、危険日かどうかを確認する。

 多分、こんなことをしたら、福助君に嫌われるんだろうなって、分かる。

 分かるけど、こうでもしないと、福助君はいなくなっちゃうから。


 一番の危険日に、アタイは福助君を襲った。

 部屋のカギは掛かっていない、もちろん確認済み。


 肌を重ねて、彼のものを受け入れて、アタイは確信したんだ。

 福助君となら、何も怖くないって。

 だって、どんなことをされても嬉しいだけ。 

 あの時みたいな恐怖とか、殺したいまでの憎しみとか、何も出てこないの。

 

「もっと、もっとアタイを壊して……!」


 最初で最後なんだろうから、徹底して壊して欲しかった。

 それまでの自分を、過去の恐怖を、憎しみの全てを。

 

 福助君、初めてのはずなのに、誰よりもアタイを満足させてくれた。一番気持ち良かった。

 ううん、違うかな。アタイのことは好きじゃないはずなのに、愛に満ちてるんだよ。


 だって、優しくて、気持ち良くて、どれだけ壊そうとしても気遣ってくれて。

 一緒になりたいって、心の底から思っちゃうんだよ。

 こんな卑怯なアタイを、受け入れてくれるはずがないのに。


§


 福助君とセックスをしてから一か月が経過した。

 彼には何も言ってないけど、あの日から生理が来ていない。


 クラスの友達にお願いして、妊娠検査薬を買ってきて貰ったんだ。

 学校のトイレでこっそりと検査をして……陽性のラインが出たのを見て、ひとり涙した。


「パパ……アタイ、赤ちゃん産めるよ……」


 アメリカにいた時から、何回も中に出されてたんだ。

 日本に来てもそれは変わらなかったのに、なぜか妊娠だけはしなかった。


 妊娠出来ない身体なのかなって思ってたのに……違った。

 相性の問題? だとしたら、やっぱりアタイと福助君は身体の相性が良いんだ。


 心は、ダメだったけどね。


 バレないように、声を殺しながら、いっぱい涙を流して。

 教室に戻るのが遅れちゃったけど、そこはお腹が痛かったって嘘をついた。


 友達から「どうだった?」って聞かれて、陰性だよって嘘をついた。

 だって、誰にも知られたくないから。

 きっと福助君のことだ、責任が取れないって、堕胎しろって言ってくるに決まってる。   

 彼が好きな人は、アタイじゃないから。


 でもね……アタイ、福助君と一緒になりたい。

 つながりが欲しい、絶対に切れないつながりが欲しかったんだよ。


 だから、今は認めなくてもいい。

 いつか、椎木さんと結ばれた後でもいいから。

 アタイと子供に、貴方の愛情を一滴でいいから、分けて下さい。


 それだけで、アタイは満足ですから。


§


次話『僕がすることは、ひとつしかない』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る