第119話 僕が彼女を嫌いな理由 ※福助金馬視点

白雪しらゆき志乃子しのこさん、彼女を君の力で更生して欲しい」


 昨年の三月末、急に家にやってきた観察課の人が、彼女を僕に紹介したんだ。

 長い金髪に碧眼、身長も高くて、百七十センチの僕よりも大きい。

 中学校を卒業したばかりと言うには、やたらと成長している。 

 身長だけじゃなくて、胸とか、お尻とかも。


 名前だけ聞けば日本人なんだけど、見た目が外国人そのもの。

 言葉の壁があるんじゃないかって心配したけど、杞憂だった。

 

「白雪志乃子です。宜しくお願い、します」


 とても小さな声で、彼女は自己紹介をしたんだ。

 聞けば、日本語も英語も、どちらでも会話が可能だとか。

 母親が日本人で、父親がアメリカ人……でも、父親はもういないらしい。


 とても美人だけど、とても寂しそうにしている。

 それが、僕が抱いた、白雪さんの第一印象だった。


§


 アメリカのアラバマ州、そこが彼女の生まれ故郷だ。


 日本とアメリカを行き来する生活を送るも、生活の基盤はアメリカだったらしく、学校も向こうで通っていたらしい。そこで彼女は日本ではありえない程のイジメにあい、精神崩壊まで追いやられてしまったのだと、身上書に記載があった。


 日本のことが大好きな父親が決めた、白雪志乃子という名前。


 見た目がアメリカ人なのに、名前は日本人。

 向こうの国では、アジア系はそれだけでイジメの対象になってしまうらしい。


 名前をからかわれた彼女は、からかってきた男子に対して激昂し、手を出してしまった。

 手を出されたからやり返す、それが時間の経過と共に、暴力から性暴力へと変わる。

 

 向こうの先生は生徒指導とかに、あまり手を出さないのだとか。

 自分たちでなんとかしなさい、そういうスタンスが基本らしい。


 しばらくして、お菓子係と呼ばれる係が、彼女のクラスに生まれたんだ。

 わざと日本語をスラングにした言葉。

 毎日違う男子が彼女を犯す、それがお菓子犯し係、とても最低だと思った。

 

 そんなのが十歳の頃から行われ、十一歳のある日、彼女の怒りが暴発する。 

 アメリカは銃社会だ、誰でも護身用に銃を持つことが出来る。


 日本でいうところの小学校が終わる十一歳の冬。

 彼女はクラスメイトを撃ち殺した。


 お菓子係の最中だったと書かれている。


 立派な正当防衛。

 それだけの事をしたんだ、僕だったら許せてしまう。


 でも、相手だって銃を持っている。

 力には力を、銃には銃で制裁されるんだ。


 翌日、彼女が撃ち殺したクラスメイトの父親に、彼女の父親は撃ち殺されてしまった。

 喧嘩両成敗なんて生易しい言葉じゃない、自分が原因で父親が殺されてしまったんだ。


 白雪さんは発狂し、いつ自殺してもおかしくない程に追い込まれる。

 そんな娘を守るべく、彼女の母親は日本へと逃げたんだ。


 でも、遅かったんだよね。

 白雪さんの精神は、既に壊れてたんだから。


「お菓子係が欲しかったの」


 中学二年の夏、学校の教室で男子生徒を襲った彼女は、笑顔でそう言っていたらしい。

 裸で馬乗りになり、相手の男子生徒が窒息するまで首を絞める。

 あと数分、他の生徒に見つかるのが遅かったら、恐らく男子生徒は亡くなっていた。

 

〝彼女にとってお菓子係とは、性的快楽と殺人欲求を満たしてくれる、大切な存在である〟


 そう締めくくられていた身上書を読み、僕は大きくため息をついた。

 住む世界が違う。

 同じ十五歳だとは到底思えない。


 こんな子を僕が更生するのか? 絶対に無理だ。

 でも、断ることが出来ない、彼女と三年間一緒に住まないといけないんだ。


金馬きんばちゃん、頑張ってね!」

「お前のお陰で、ウチは裕福になれそうだ!」


 何も知らない両親は、支払われる報酬の額を聞き、まるで宝くじが当たった時のように喜んでいた。安月給の父親と、パートに出ている母親を見ていれば、ウチが貧乏だっていうのは理解しているけど。


 断れないし、従うしかない。

 なら、必要最低限のことだけをして、三年間を死なないように生き延びるんだ。


 極力彼女に触れず、求められる事だけをし、必要な事だけをする。

 恐らく彼女が豹変するキーワードは〝お菓子係〟だ。

 これに触れないようにすれば、三年間無事やり遂げる事が出来る。


 そう、思っていたのだけど。


「金馬! 金馬! 好きー!」


 理由は分からないけど、三か月もしない内に、僕は彼女に気に入られてしまっていた。

 これまで女っ気のない人生だったんだ、残念なことに良い寄られて悪い気はしない。

 でも、第一線を超えてしまったら、僕は〝お菓子係〟になってしまう。

 

 それだけじゃない、報告会の時に、僕は女神様と出会ってしまったんだ。


「神奈川の椎木しいらぎまいです、宜しくお願いします」


 脳天に稲妻が落ちた。

 心臓の動きが早くなり、意味もなく発汗してしまう。


 一目惚れがどれだけ強烈なのか、身をもって味わった。

 卒業したら椎木さんに告白しよう、一瞬でそう思えてしまったんだ。


 秋の報告回で、受賞した彼女は黒崎という男に抱き着く。

 どういう関係か知りたいけど、知りたくなかった。


 でも、聞いてみたら黒崎君は選定者の火野上さんを愛しているらしく。

 椎木さんとは何もない感じがして……良かったと、一人、安堵の息をついた。

 

 白雪さんに変化が訪れたのは、報告会を終えてぐのこと。

 これまで以上にスキンシップを図るようになり、僕の身体を求めてくるんだ。


「好き、大好き、どうすれば金馬はアタイのものになるの? 全部、全部自由にしていいのに」


 密着し、隙あらばおっぱいを触れさせてきて、自分がこんなにも発情してると訴えてくる。

 お風呂だって一緒に入ろうとしてくるし、トイレだって扉越しに待っているんだ。


 はっきりと言うしかない、僕のメンタルじゃ、こんな状態で二年も過ごせない。

 だから、僕は自分の心中を彼女へと打ち明けることにしたんだ。


「僕は、椎木観察官が好きなんだ。高校を卒業したら、彼女に告白する」


 下手な言い回しはせず、素直に自分の気持ちを白雪さんへと伝える。

 誠実でいること、きっとそれが一番なんだと、思っていたから。


 でも―――― 


「……な、何をしているんだ!」

「好き、大好きなの。だから、一緒になろ」


 しばらくしたある日のこと、彼女は夜中に僕のことを襲ったんだ。

 寝ている部屋に鍵をかけていれば良かったと、今になって思う。


 トランクスは脱がされ、シャツで腕を縛られた僕は、体格差もあって、抵抗することが出来ず、なすがまま。したくないのに、経験豊富な彼女は、男がどうすれば喜ぶのかを知っている。気づけば大きくなり、それを見た彼女は問答無用で僕の上に馬乗りになったんだ。


 包まれる感触、彼女の中に入ってしまったと熱で理解できる。


「やっと、一緒になれたね」


 彼女の青い眼が、それまでと違っていた。

 脳裏をよぎったのは〝お菓子係〟の言葉。

 抵抗したら殺される、静かに、素直にならないといけない。

 

 恐怖があった、でも、それ以上に怒りもあったんだ。

 必死に、半年以上時間を費やしたのに、彼女はアッサリと僕を裏切ったんだ。

 それだけじゃない、僕の想いを知っておきながら、こうも強引に情事に及んでしまう。


 残念なことに、果てるまでは早かった。

 ほんの数分もせずに、抜くことも許されず。


 シャツは僅かな抵抗でほどけた。

 だから、馬乗りになった身体を反転して、逆に押し潰すようにベッドに沈める。


「あは、あはは、激しい、ね」

「ふざけんな……ふざけんなよ」

「好き、アタイ、こういうのも、好き」

「っざけんな! お前なんて壊してやるよ!」

「壊して……アタイ、金馬に壊されたい!」


 僕の中にこんな破壊衝動があるだなんて、思いもしなかったんだ。 

 宝石みたいに綺麗で可愛い顔をした彼女を、僕が全力で汚し続ける。


 その日、一体何回果てたのか、あまり覚えていない。

 次の日に動くことが出来ないぐらいだったのだから、多分、相当数だと思う。

 彼女もベッドの上から動こうとしないで、静かに横になっていたんだ。

 動こうとせず、ただただ僕のが溢れ出ないように、両手で股間を抑える。

 その仕草に、愛おしさとかは、感じなかった。

 

§


 その日以降、僕は警戒してたんだけど、彼女から襲ってくることは無くて。

 一回の過ちで済むのならば、心の中で沈めておこうと思っていたのだけど。


 それから年を跨いで、二月になった時のことだ。


「金馬」


 彼女は僕へと、ある物を見せつけた。


「なにこれ」

「妊娠検査薬、だよ」


 妊娠検査薬、これまで人生とは無縁だったものが、僕の手の中にある。

 そして、そこに刻まれた線が意味するものを、僕は理解したんだ。


「……陽性」

「うん。念のため二回したんだ。二回とも陽性だったよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、それって」


 動揺する僕を他所に、彼女は幸せそうな笑みを浮かべながら、自分のお腹をさするんだ。


「……そのままの意味。アタイと金馬の赤ちゃん……もう、お腹の中にいるよ」

「だ、堕胎は」

「無理、三か月以上経ってるから」

「さ、三か月?」

「つわり……ずっと我慢してたんだ。金馬としなかったのも、赤ちゃんがいるって分かってたから。幸せだよ、金馬。アタイでも、新しい命宿せたんだね……」


 その後、すぐに観察課へと連絡し、事情を説明した。 

 どうにかならないのかと、観察官をリタイアしてこの女から逃げられないのかと。

 

 絶対に無理だと言われた。

 妊娠させてしまった以上、責任を取るしかないと。

 責任を取って、白雪さんと一緒になるしかない。

 

 ……もう、逃げられない。


 責任を取る方法は、もうひとつある。

 彼女を殺す? 僕はそんなことが出来る人間じゃない。

 血を見るのも耐えられないんだ。

 ましてや彼女のお腹の中には赤ちゃんがいる。

 子供は好きだ、傷つけたくない。


 ……だから、僕が自殺すればいい。 

 もうそれしか、方法がないんだから。


§


次話『アタイが彼を好きな理由 ※白雪志乃子視点』

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