第118話 どんな時でも、ノノンは甘える。

福助ふくすけ君が死ぬって、どういうこと?」


『そのままの意味だよ、アイツ、白雪しらゆきさんを妊娠させてしまった責任を取って死ぬとか言ってるんだ。保護観察官をリタイアして逃げるか、自殺するかの二択とか言っていてね。こんな事になるなんて予想もしていなかった……第一線を超えてしまったのは、報告書で読んではいたんだけど』


 福助君の報告書か、後で僕も目を通しておこうかな。


「責任を取って死ぬって言うぐらいなら、責任を取って白雪さんと一緒になればいいのに」

『……福助な、好きな人がいたらしいんだ』

「え、好きな人?」

『ああ、だが、福助が保護観察していた選定者の白雪しらゆき志乃子しのこさん……黒崎くろさき君は見た事ないかもしれないけど、彼女は猪突猛進型というか、空気が読めないというか、そういう所がある女の子でね。福助が自分以外に好きな人がいると知ってしまった以上、止まる事が出来なかったらしい。結果、彼女は福助を夜這いし、見事妊娠してしまったという話さ』


 んー、なるほど、奪われそうになったから、既成事実を作ったって感じか。

 ドロドロだな、これは。


「ちなみにさ、福助君の好きな人って、誰か分かってるの?」


 人の恋路なんだ、普通なら聞くだけ野暮なんだろうけど、今はそういう状況じゃない。

 たっぷりと間が空いたあと、七光君は意外な人の名前を教えてくれたんだ。


『……椎木しいらぎさんだよ』

「え、椎木さん!?」

『ああそうだ、兵庫県に引っ越ししてしまった、椎木まいさんだよ』


 えぇぇ、全然気づかなかったんだけど、そういう事なの?

 

『福助の奴、椎木さんに申し訳ないって泣き叫んでいてな、僕や空舘そらたちが説得しようにも話も聞いてくれなくてさ……なぁ、黒崎君』

「ん?」

『君、椎木さんに惚れられているんだろ?』


 一瞬、時が止まった。

 椎木さんに惚れられているかどうかで言えば、多分、イエスだ。

 氷芽こおりめさんの一件が終わった後、僕は椎木さんから告白を受けている。

 無言、という形で返事はしてあるけど。


『その黒崎君からの話なら、福助は聞くかもしれないんだ。出来たら、電話じゃなく対面でお願いしたい。今週末とかどうだい? 福助には僕から連絡するから、可能なら茨城に来て欲しい』

「今週末……うん、分かった」

『本当か! 感謝する!』

「じゃあ、ちょっと今出先だからさ」

『あ、ああ、分かった、急に済まなかった。こんな事を言うのもおこがましいかもしれないけど……福助の奴を助けてあげて欲しい。無論、白雪さんも。……宜しく頼む』

 

 通話は無事終わったけど……なんか、凄い話になってきちゃったな。 

 それにしても福助君、椎木さんのことが好きだったんだ。


 保護観察官同士で結婚する確率が七十%、だったっけ?

 かなり高い数字である以上、期待しちゃったのかな。


 ……。


 あれ? 結構長電話しちゃったけど、そういえばノノンってどうして――――

 視線をお店の方へと向けると、店の入口近くで座り込んでるノノンの姿があった。

 エプロンを外し制服姿のままで、静かに僕を眺めている。


「ノノン、ごめん、待たせちゃったね」

「んーん、いいの。けーまのお話、大事だと、思ったから」

「ありがと……ああ、しまった、僕からも日和ひよりさんにお礼しないとだよね」

「大丈夫、ノノンからしっかり、しといたから」

「そか……あの、ノノン」

「んー?」


 ノノンは不思議そうに僕の顔を眺める。

 さっきまでシャンプーの練習をしていたからか、ほのかに良い香りがする。

 カット練習の為におさげにした髪型もとても似合っていて、可愛くて。

 

 ノノンが妊娠か……もししたら、嬉しいだけだな。

 逃げるとか死ぬとか、そんな話にはならなそう。


「……とりあえず、帰ろうか」

「うん。けーま」


 はいって差し出された右腕。

 お店に入る前に外していた鎖を付けると、ノノンは笑顔になって僕にくっつくんだ。


「これがないと、ね!」

「そうだね……不安になっちゃうよね」

「うん!」


 不安か。

 多分、白雪さんも不安でしょうがないだろうな。

 お腹の子に、影響がなければいいんだけど。



4/8 月曜日 21:00 


 

 帰宅してご飯を食べた後、僕は神崎かんざき君へと連絡を取ることにしたんだ。

 同じ観察官なんだ、事情を隠す必要はないと判断し、全てを伝えたところ。


『なんていうか、昼ドラみたいな話になってんだな』


 僕と同じ感想を抱いてくれたみたいだ。

 好きな人を奪われたくないから無理やりにでも妊娠するって、ドロドロもいいとこだよ。


『しかし、今週末に茨城か……ちょっと、綺麗きれいと電話変わってもいいか?』

「ああ、うん。というか、スピーカーでいいよ。ノノンも聞きたいだろうし」

『そうか、分かった』


 『ん? スピーカーってどれだ?』『ここよ、ここ』みたいな言葉が聞こえた後、僕のスマートフォンには神崎君と諸星もろぼしさんが映し出されたんだ。


「ビデオ通話……って! え!? 諸星さん、痩せすぎじゃない!?」

『あら、バレちゃった。秘密にしておきたかったのに』


 誰だこの南国美女は。


 色黒で波打つ髪、綺麗に編み込まれたハーフアップスタイルがとても似合っていて、さらにくびれた腰つき、首から背中、お尻にかけての愛されS字ラインがキュートすぎる。


 いやいや、痩せすぎでしょ。

 完全にスリムだし、腕の筋肉とか凄い。


 椎木さんが着ていたような肌にフィットするシャツを着ていて、下は灰色のショーツ一枚だ。

 え、下着姿で部屋にいるの? 二人の関係って一体どうなってるのか、ちょっと気になる。


『ノノンちゃんは去年の報告会以来ね、黒崎君は保養所ぶりかな?』

「そうですね……いやはや、完全に別人じゃないですか」

『ふふっ、ありがと。沙織さおりと一緒に頑張っちゃったからさ、一年で三十キロ減量したの、凄いでしょ?』


 三十キロ、並大抵の努力じゃないぞこれは。

 ただただ賞賛、拍手喝さいだ。


『でさ、さっきの話の続きなんだけど』

「あ、ああ、うん」

『前回の報告会の時に、今回妊娠しちゃった白雪さんがアタシ達に相談してたのよね。観察官の福助金馬君のことが大好きだって。でも、その場にいた佐塚さつか狐子きつねこって選定者の子が、それは止めといた方が良いって言ってたの。ほら、観察官と選定者が別れるとかいうあの話でさ』


 もはや聞きすぎて耳にタコが出来る内容だ。

 九十%で別れる、本当に、これは是正した方がいいんだろうね。


『その話を聞いて、まず反論したのはノノンちゃんだったのよ』


 え、ノノンが反論したの?


『桂馬君が大好き過ぎて、一緒になれないなら生きてる意味がないって』


 なんか、急に嬉し恥ずかしの気持ちになってきた。

 生きる支え、そんなにも僕という存在がノノンの中で大きくなっているのか。


 ソファに座る僕に抱き着いているノノンを見たら、やっぱりちょっと恥ずかしそうにしていて。でも、僕の手をぎゅっと握り締めて、猫のように頭をぐりぐりと押し付けてくるんだ。生きる支えになっているのは、僕の方かもしれないね。可愛いよ、ノノン。


『……いい?』

「あ、どうぞ」

『はぁ、もう、本当に仲良しなんだから。妊娠したのがノノンちゃんなら良かったのにね』


 ノノン、えへへ……ってテレテレだ。

 まぁまだキスすらしてませんけどね。


『えっと、話を戻すけど……あの時ノノンちゃんが反論して、氷芽こおりめさんって言ったっけ? 彼女が白雪さんの後押しをしたのよ。釣り合わない自分にめげるよりも、一緒にいれる喜びを堪能しろ、みたいな内容を語ってね。もしかしたらだけど、あの時に背中を押したっていうのも、今回の原因のひとつかもしれないの」


 依兎よりとさん、そんな事を言ってたんだ。

 彼女らしい励まし方だと思う。


『つまり言いたいのは、福助君はアナタたちを敵視してる可能性があるってこと』

「……余計なことしやがって、って感じでしょうか」

『うん、だから、今週末茨城に行くのなら、アタシたちも一緒に行く。人手は多い方が絶対にいいからね』

「本当ですか! 助かります!」

『ふふっ、黒崎君の素直なとこ、いいよね。じゃあ週末、一緒に頑張ろ』


 神崎君と諸星さんが一緒なら百人力だ。

 喜びいさんで通話を切ると、そのままの内容を渡部さんへとメッセージを送る。

 翌朝には返事が来ていて、諸々の手配を渡部さんはぐにしてくれたんだ。


 本当、仕事が早い。

 見習わなくちゃいけない部分が沢山あるな。



4/13 土曜日 08:00



「準備はいい? 忘れ物ない?」

「うん、大丈夫、だよ」


 何があってもいいようにと、ノノンはいつものスカートではなく、動きやすい細身の白いパンツを穿き、上も簡素なボタン止めのシャツを着こんでいる。僕の方も何があってもいいようにと、いろいろと準備はしておいた。役に立たないことを祈るばかりなんだけど。


「それじゃあ、行こうか」

「うん! 旅行みたいで、楽しみ、だね!」


 旅行か、そんな楽しいものじゃなさそうなんだけどな。

 明日の夜、無事に帰ってきていることを、ただ祈るばかりだよ。


§


次話『僕が彼女を嫌いな理由 ※福助金馬視点』

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