閑話……忙しい中にも、愛を忘れずに。※渡部将司視点

 黒崎君からの報告書に目を通すと、相も変わらず努力しているようで、思わず口端が緩む。

 ご両親にも認められ、地元の友人とも打ち解けることが出来た。

 そして彼は、選定者が世間からどういう目で見られているかをも、気にし始めている様子だ。


 きっと彼は高校を卒業し、俺と同じ青少女観察課の職員としての道を希望するのであろう。


 それだけでは済まないかもしれない、現状の青少女保護に関する問題を露わにし、よりよい政策を打ち立てるべく更に上を目指し、俺たちの仕事を根本から変えてしまうような、そんな大きな存在になってしまうのかもしれない。


「……そんなに、簡単には運ばないんだろうけどな」

「どうしたんですか、難しい顔してるかと思ったら、急に笑顔になったりして」


 愛妻である水城が隣に座ると、軽口をたたいてきた。

 いや、今は勤務中だから、部下である水城、だな。


「顔に、出ていたか?」

「出ていましたよ、ニヤニヤとしていて、課長としての威厳が足らないと思いますけどね」

「それは参ったな……それはそうと、水城課長代理さん、昇任おめでとう」

「ありがとうございます。でもまだ代理ですから、まだまだです」


 水城の言う通り、課長と課長代理とでは雲泥の差がある。

 分かりやすく言うと一般社員と幹部、それぐらいの差だ。

 

「それでも、昇任には違いないさ」

「でも、さっそく暗雲たちこめてますけどね」

「……茨城の福助ふくすけ金馬きんば君か。やってくれたよね、彼」


 選定者である白雪しらゆき志乃子しのこさんとの間に子供を授かってしまったと、茨城担当から連絡があったのが二月のことだった。その時点で妊娠三か月、青少女保護観察プログラムの理念は、この国の礎となる子供を産み、家庭を築くことにあるんだ。無論、我々には産む以外の選択肢は設けられていない。


 観察官と選定者の間に子供が出来てしまうのは、実は、そう多い話ではない。


 十代の若い男女をひとつ屋根の下で同居させる、普通に考えたら子供が出来てもおかしくないと言われるのだが、そうでもないのが現状だ。観察官には奥手の子が多い、どれだけ魅力的な相手をあてがわれたとしても、黒崎君のように鋼の意志をもって手を出さないのがほとんど。


 だが、今回、福助君は白雪さんを妊娠させてしまった。


 しかも、彼はそれを自分の責任ではないと言い張り、観察官をリタイアさせろとまで言ってきている。報告書を見るに、寝静まった所を白雪さんが襲い、結果として受胎してしまったと書かれてあるのだが。


「監視カメラには、確かに寝ている福助君を襲った白雪さんが映っていたんですけどね。でも、途中から彼が白雪さんを抱いているようにも見えますし、その最中の音声を確認するも、彼は何の文句も言っていないんです。これで観察官を辞退させろって言うのは、さすがに通りませんよ」


「まぁ、普通はそうだろうな」


「しかも白雪さんが襲ったのは、当時埼玉にいた氷芽さんが原因なんだって言い張ってるんですよ? 確かにあの場報告会で、氷芽さんは全力アタックしてこいって言ってましたけど、だからって責任転嫁までしてくるとかあります? 男として本当に情けない……クズですよ、そんなの」


 茨城のことは茨城で解決して欲しかったのに、これが出てきたせいで、報告会に同席していた水城まで責任を問われる事態にまでなっている。同席しているのだから、適切な言葉で対応した方が良かったのではないか? そんなことを上は言っているらしい。


「そんなの後出しジャンケンもいいとこじゃないですか、同席って言うなら私だけじゃなく、他県の観察課の職員が何人いたって話ですよ。ここで愚痴を並べてもしょうがないんですけどね、それは分かっているんですけど」


 見事なまでのアンガーマネジメントに、我が愛妻に賞賛の拍手を送りたくなる。

 そんなのしたら水城の性格上、怒るに決まっているのだろうけど。


「とにかく、しばらく私、茨城の方に出張することになりましたので」

「健闘を祈る。どうにもならないようなら、必ず俺に連絡するように」

「了解です……渡部課長もご無理をなさらずに。その子、要注意人物ですからね」


 俺のモニターに映る金髪の女の子を、水城は目を細めながら睨みつける。

 黒崎君の学友であり、先日の花見の場で同席したという金髪の女の子。


 岡本まゆら、十六歳。

 万引きで五回、深夜徘徊で六回、売春の逮捕現場に二回。

 計十三回の補導歴を持つ危険人物であり、現在別件にて捜査中の女の子だ。


「保護が間に合わなかった子、だな」

「保護が不要だと判断された子、ですよ」


 こういう時の水城は、とても冷たい顔をするんだ。

 保護観察官であった時のような、氷のような冷徹さを表に出してしまう。 


「どちらにせよ、黒崎君に害があるようなら、我々で対処するのみさ」

「そうならないことを望みますけどね……それじゃあ、アナタ」


 事務所を見回して、誰もこちらを見ていないのを確認すると、水城は唇を重ねてきた。

 甘える時だけ呼び方を変える、水城らしくていい。

 ほんのりと頬を染めるも、数秒で切り替えが完了するんだ。

 

「では、水城課長代理、出張へと行ってまいります」

「……ああ、必ず帰ってくるように」

「了解です」


 愛する妻として、頼りになる部下として、俺は彼女を見送るんだ。

 そして、旦那として、出来る限りのことをする。


 そのための手段として、使えるものは何でも使うさ。


「……まぁ、予想通り、かな」


 鳴動するスマートフォンには、頼りになる人物の名が表示されていた。

 この問題も、彼が参入すれば、きっと最良の形に収まるに違いない。


 我々の予想もしない着地点で、誰もが驚く解決策で。

 そう、期待してしまうだけの経歴が、既に彼にはあるのだから。


「はい、渡部だ……黒崎君、どうしたのかな?」


§


次話『平和なカット修行と、不穏な電話。』

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