第116話 始まる二年生、ノノン、放課後活動開始。

 岡本おかもとさんたちとの花見は二時間ほどでお開きになった。

 その後も皆はカラオケに行くらしく、僕たちとはそこで解散することに。


「ノノンまたねー、桂馬けいまっちも……まぁ、いろいろとガンバ」

「いろいろって。でも、ありがとう、楽しかったよ」

「にひひー。あ、そうそう、連絡先交換してこ」


 岡本さん、ポーチからスマホを取り出したんだけど。

 いや、凄いなこれ、カバーがデコレーションされててゴテゴテだ。

 宝石みたいな石が沢山張られてて、中央はサンオリのキャラクターが陣取っている。

 ネイルも凄いし、持ちにくくないのかな? って見ていると、指の腹で器用に操作してた。


「連絡先……いいの?」

「いいよ? あーし等もう仲間だし」


 仲間か、岡本さんにそう言われると、本当に仲間になれた気がするよ。

 とはいえ、ノノンはスマホの所持が禁止されているから、僕とだけ交換をすることに。


「えー、桂馬っちとかぁ……」

「僕は仲間じゃないんですか」

「仲間じゃなくて、恋人かも?」

「それはないです」

「ふは、その反応いいかも。後で連絡する。またね」


 ひらひらと手を振って、岡本さんたちいなくなったけど。

 彼女たち、原付バイク乗ってるんだ。免許か、僕も欲しいかも。


 それにしても、ギャルの印象が随分と変わったな。

 花見の片付けも徹底してて、僕たちがいた場所にはチリひとつ落ちていない。

 ゴミは全部持ち帰ってたし、ついでと、落ちてたゴミまで拾っていったんだ。


「とてもいい人、だったね」

「そうだね……前は、あんな感じの子じゃなかったんだけどね」

「そう、なの?」


 ノノンが驚くのも無理はない、どう見たって今の岡本さんは生粋のギャルだ。

 

「うん、もっと物静かで、どちらかというと僕みたいな子だったんだよ」


 物静かな子がギャルへと変わる。

 多分、変わらざるを得ない何かがあったのだろう。

 単なる高校デビューの可能性もあるけど。


 まぁ、いくら考えたって分かるはずがないか。

 

「帰ろうか、母さんたちが心配してるかもしれないし」

「うん。けーま……昨日は、泣いちゃってごめん、ね」

「いいよ、いっぱい甘えてくれたら、それだけで嬉しい」

「けーま……けーま! 愛してる! 大好き!」


 ぴょんと飛びついて、僕の腕にくっつくんだ。

 ノノンの笑顔が守れて良かった、それだけで僕は大満足だよ。


 

4/8 月曜日 07:15



 実家への帰省から一週間が経過し、僕たちは久しぶりの花宮高校へと足を運んだ。

 桜は吹雪となって舞い散り、既に青葉がちらほらと顔をのぞかせている。

 

 そんな歩くだけで楽しい通学路を、ノノンは笑顔で歩くんだ。

 まだ冬制服だけど、やっぱり制服姿の彼女はとても可愛いと思う。


「うわぁ! 桜の水たまりだ!」


 ブレザーの裾がめくり上がるくらいに飛び跳ねると、膝丈くらいしかないスカートもぴょいとめくり上がるんだ。ピンク色のショーツがチラリと見えたかと思うと、すぐさまスカートのカーテンが幕を下ろす。視線がそこに行ってしまうのは本能だ、抗えない。


日和ひより古都ことに会えるの、楽しみ、だね!」

「……そうだね。そういえば一年前は遅刻ギリギリだったの、ノノン覚えてる?」

「うー? そうだったっ、け?」


 どうやら忘れているらしい。 

 朝起きれなくて裸のままベッドで寝てたのとか、衝撃的すぎて僕は忘れられないけどね。

 あの頃のノノンは性に無頓着で「えっちする?」とか、普通に聞いてくる子だったのにな。


 一年前は自分のことを綺麗だって言い張って、身体を洗うのも着替えるのも全部面倒くさいって僕に丸投げだったのに。本当、一年って時間で随分と成長したと思うよ。それと同時に、ちょっと寂しい感じがするのは、あれかな、手のかかる子ほど可愛いっていう感覚なのかな。


「けーま」

「うわ、どしたの」


 物思いにふけってたら、覗き込むようにしたノノンの顔が目の前にあった。

 綺麗に輝く赤い瞳は、一年前とは違う。希望にあふれていて、とても綺麗で、美しくて。

 吸い込まれそうなぐらいに大きな瞳は、いつだって僕を視界に収めているんだ。


「んーん、なんでもない」

「そ、そう?」

「うん。ノノンのこと、考えてるなーって、分かったから」


 分かるの? そういうのって、分かるものなの? 

 きょとんとしている僕に対して、ノノンは手を差し出すんだ。

 

「ほら、学校、いこうよ!」

「……そうだね」

「にひひ、鎖があると安心する、ね!」


 繋がっている鎖は、今日も僕たちの間で揺れている。

 外そうとも思ったんだけど、無いと不安だからって、ノノンから希望したんだ。

  

 最近のノノンは、本当に綺麗になったと思う。

 一年前からは想像も出来ないぐらいに、綺麗で、可愛くなったんだ。


「けーま!」

「あ、ああ、ごめん」


 二年後、僕たちが卒業する時も、きっとこの想いは変わらないと思う。

 一緒にいるだけで安心して、楽しいって思える。

 そんな彼女と、僕は一緒に卒業を目指すんだ。


§


 ちょっと早めに登校した僕たちは、職員室へと挨拶に向かった。

 去年は来るように言われてたけど、今年は自主的に。

 職員室に入ると、既に何人もの先生の姿があった。

 無論、僕たちの担任である、流川ながれかわ先生の姿も。

 

「流川先生、おはようございます」

「あら、おはよう、随分と早いのね」

「はい、今年も一年、宜しくお願いしますって言いたくて、早めに登校しました」


 時刻はまだ七時半過ぎ、流川先生は相変わらずなおっとりとした感じで、僕たちを出迎えてくれたんだ。職員室脇に設けられたスペースへと案内され、そこで出されたコーヒーを味わう。ふんわりとしたスカートにカーデガン姿は、どこかお姉さんっぽくて、見ていて安心する。


「はぁ……美味しいです」

「ふふっ、桂馬君ブラック飲めるなんて、ずいぶんと大人じゃない」

「目が覚めていいんです、それに苦いのも好みでして」

「舌が大人だと、考え方も大人になるのかもしれないわね」

「そんな、僕はまだまだ子供です」

「そんなことないわよ」


 知らないことが多いし、誰かの助けがないと生きていけない。

 こんな状態で大人ですって胸を張れる方が間違ってるよ。

 他愛もない会話で盛り上がっていたのだけど、ふいに、流川先生が表情に影を落とした。


「そうね、他山の石って感じで、二人には伝えておこうと思うんだけど」


 他山の石ってなんだろう? と思いながらも、僕は先生の話に耳を傾ける。


「青少女保護観察官を預かる先生同士の会合ってあってね、その場で耳にしたんだけど。どうやら貴方たちの年代の子で、観察官と選定者とで、子供が出来ちゃったペアがいるみたいなの」


 予想外過ぎて、思わず体が固まる。


「子供、ですか」

「ええ、無論、それらも想定して我々もサポートに当たるんですけど、ちょっと問題があったみたいでね。細かくは教えられないんだけど……黒崎君」


 流川先生の目が、いつもよりも厳しめに僕を見る。


「もし、そういう行為に及ぶのだとしたら、それは責任をもって行うこと。良いわね?」

「それは……常識だと思うんですけど」

「ならば宜しい。それじゃ、教室に行って、皆に挨拶してきなさいな」


 かなり重い内容だと思うけど……渡部さんからは何も連絡が来ていない。

 担当が違うのかな? とはいえ、流川先生の会合って恐らく関東一円だよな。

 だとしたら話だけは知ってるかも、後で聞いてみようかな。


§


 僕とノノンの教室は一組と決まっている、これは青少女保護観察官としての規約に則ったものであり、僕たちが他のクラスに割り当てられることは絶対に無い。担任も三年間流川先生のまま、全てはノノンを中心にして考えれている以上、国が定めたと言っても良い。


「おっす、来るの遅かったじゃん」

「ノノンちゃん、やほー!」


 ノノンと仲の良い子は基本的に一緒、なのかな? 二年一組の教室に入ると、茶髪でポニーテルにした古都さんと、インナー金髪が定着した日和さんの姿があったんだ。


「黒崎たちの席はいつも通り、廊下側の一番後ろだってさ」

「もうノノンちゃん、別教室に行くこともないのにね」


 言われてみればそうなんだけど、落ち着きがないのは変わらないから。

 授業中一時間じっと静かに座って授業を受ける、なんてことは未だ出来ていない。

 途中ふっとトイレに行きたくなったり、気づけば寝ていたり。

 まだまだこれからなノノンとしては、やっぱりここが一番落ち着くんだ。


「それはそうと、桂馬君」

「ん? どうかした?」


 日和さん、僕の方を見て怪訝な顔をしている。


「桂馬君的にはさ、その頭、ちょっとは気にならないの?」


 僕の頭、今日から学校ということで、ノノンに散髪お願いしたんだよね。

 まぁ、結果はお察しの通りで、こっちもまだまだ勉強中なんだ。

 つまり、後ろは失敗している。

 しかも昨日の今日でお店に行くことも出来ず、帽子をかぶることも出来ない。

 

「気になるけど、どうしようも出来ないし。僕が一人でするとしたら、坊主になっちゃうよ」


 けーまが坊主は、いやなの! って散々ノノンに言われたから、それも出来ず。

 結局何もせず、学校だからワックスも付けずに登校したんだっけ。 

 昨日の出来事ですっかり忘れてたや、後ろって見えないから分からないんだよね。


「うーん、今日の放課後さ、二人って時間ある?」

「時間? 僕たちは部活入ってないから、あるけど」


 日和さん、腕組みしながら僕たちにこんな提案をして来たんだ。


「実は私の両親さ、ママが美容師でパパが理容師なんだよね。一回二人から基礎を学んだ方がいいと思うんだけど……どうする?」


 理髪の基礎を学べる。

 そんなの、二つ返事でOKするに決まってるじゃないか。


§


次話『閑話……忙しい中にも、愛を忘れずに。※渡部将司視点』

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