第114話 僕の彼女は選定者。

 智文ともふみ君に悪気がないのは分かってる。

 世間が選定者に対してどのような印象を持っているのかも、分かる人には分かるんだ。

 でも、その悪意の無い言葉の刃が、ノノンの心をズタズタに切り裂いている。


「一人だって嫌なのに、十人百人って抱かれた女になんて価値なんかねぇだろってな。俺も結構な平均点だったからよぉ、まさか選ばれるんじゃって冷や冷やしてたもんだぜ。まぁ、お陰様で地元の高校でまったりしてっけど」


 そこまで言うと、智文君はノノンへと会釈をして、へらへらと笑うんだ。


「しかし可愛いよなぁ、素直に羨ましいぜ。そうだ桂馬けいま、可愛い彼女さんと一緒に、俺たちの花見に合流しねぇか? 中学の奴等で集まって楽しもうって話になってんだけどさ、彼女連れの桂馬なんか来てくれたら、絶対盛り上がっから!」


「いや、止めておくよ」


「まぁそう言わずに。彼女と二人っきりで楽しみたいのは分かるけど、友達付き合いも大事だぜ? 全然地元にも帰って来ねぇんだから、たまには顔を出さねぇと忘れられちまうぞ?」


 忘れられて結構だ、そもそもそんなに友達付き合いが良かった訳じゃない。

 中学の時、僕は家にいて遊ぶか寝るかの繰り返しだった。

 智文君とだって小学の頃は遊んでたけど、中学に入ってからは全然だったじゃないか。

 恐らく、ノノンが一緒だから、無理にでも誘おうとしてるんだろうけど。


「分かった、じゃあ顔出しだけでもいいからさ」

「……行かないよ、僕は彼女と二人だけで楽しみたいんだ」

「んっだよ、付き合い悪いなぁ」


 行くはずないじゃないか、だってノノンは智文君がこけ下ろした選定者なんだ。

 花見の場に行ってみろ、何を言われるか分かったもんじゃない。


 日和ひよりさんと古都ことさんがこの場にいたら、きっと智文君をボコボコにしてる。

 まいさんや依兎よりとさんがいたら、どれだけキツイお仕置きをしているか想像も出来ないぐらいだ。

 彼女たちだけじゃない、小平こだいら君や上袋田かみふくろだ君、クラスメイト全員が味方してくれる。


 花宮高校という場所がどれだけ特異な場所なのか、痛いほどに理解できる。 

 高校を卒業したら、僕たちはこういう環境に放りだされる事になるんだ。

 選定者という存在を理解してくれる人は、きっとそう多くない。


 観察官と選定者の九割が別れを選択する。

 それはきっと、こういう環境が原因なんだろうなと、なんとなく理解することが出来た。

 

 今日はもう、それでいい。

 それだけで十分良い収穫になった。


「それじゃ、僕たちもう行くから」

「おう! 呼び止めちまって悪かったな! まぁ気が向いたら来てくれや!」


 自転車にまたがると、智文君はあっという間に姿を消した。

 その場に残る僕たちは、とてもじゃないけど花見に行く気分にはなれなくて。


「帰ろうか、きっと花宮の街に戻っても桜なんか見れるだろうし。そうだ、古都さんや日和さんに連絡して、向こうのみんなで花見をやり直そうか。きっとその方が楽しいだろうし、気兼ねなくノノンも楽しめると思うよ」


 気を遣うつもりはなかった、僕は素直にそう思っただけのこと。


「……いかない」


 でも、ノノンには、そう聞こえなかったんだ。

 俯いた彼女が離そうとした手を、離すもんかと握り締める。


「いかない。ごめんね、ノノン、せんていしゃ、だから」

「……だから、何さ」

「だって、あの人の、言ってたこと……」

「十人や百人の男に抱かれたってこと? 僕がそんなことを気にしているとでも?」


 気にしてないといえば、それはきっと嘘になる。

 一年ほど前に神崎君が教えてくれた言葉を、僕は忘れていない。

 過去の男がチラついた時に、僕がノノンを嫌いにならないでいられるかどうか。


 鎖で繋がったあの日から、一度たりとて僕はノノンを嫌いになっていない。

 ずっと大好きで、ずっと惚気ることが出来て、ずっと愛しているんだ。

 変わらぬ思いに嘘はない、まっすぐな目で彼女へと伝えることが出来る。

 

「ノノンが気にしていることは、全て僕がいない過去のことだ」

「……でも」

「でもじゃない、僕はそんな過去も含めて、今のノノンが好きなんだよ」


 じゃあどうすればいい? 

 言葉通り、過去のノノンも含めて、僕は今のノノンが好きだ。

 でも、ノノンは過去の自分との清算が出来ていない。

 傷を隠し、誰からも見えないようにし、過去を知られないように生きている。


 それが、火野上ひのうえノノンの生きる道だとでも言いたいのか?

 そして僕の行動は、それを助長してしまっているのではないか?

 

 思えば、それらは全部正解じゃない、彼女を傷つけるだけの選択だ。

 でも、正解を選択しようとすれば、それはそれで彼女を傷つける選択になってしまう。

 委ねるのも間違いな気がする、でも、これは彼女の意図無しには行動出来ない。


「ノノン、聞いてもいいかな」

「……なに、を?」

「ノノンが良ければ、僕は今からでもノノンが選定者であることを、智文君に伝えに行こうと思う」


 彼女は握り締めた拳を胸に当てて、きゅっと唇を噛み締める。

 八の字になった眉、縮こまっていく瞳に、せばまる肩が、彼女の心境を物語った。


「ノノン、選定者は悪いことじゃないんだ。依兎さんだって奈々子さんだって、諸星さんだってそうだ。誰もかれも自分からなりたくてなっている訳じゃないんだよ。ノノンに両親がいないのだって、ノノンが悪い訳じゃない。……そんな、逃げられない状態で選定者になったのに、それがさも悪だなんて言われるのは、僕には我慢出来そうにない」


 この風潮は、正さないといけない気がする。

 上層部が九割と言う数字を是正したいという気持ちが、今なら違う理由で理解できる。


「ノノンは何も悪くない、ノノンは胸を張って、僕の隣に立ってていいんだ」

 

 握られた手は、一秒たりとて離れていない。

 依存しているのは、きっと僕の方だ。

 愛する彼女が選定者というレッテルごときで傷つくのが、僕には許せそうにない。


「けーま、ノノン……けーまの隣に、立ちたいよ」

「……うん」

「だって、ノノン、けーまのこと、大好きだから」


 父さんが言ってたっけ、僕がブレなければ大丈夫だって。

 

「行こうか」

「……うん」


 大丈夫だよ、僕は決してブレないから。

 こうして彼女の手を握って歩くことが、何よりも幸せだと分かっているから。

 どんな奇異な視線を浴びたって、どんな意見を言われたって、僕は絶対に負けない。

 だって、僕がノノンを愛しているのだから。

 ノノンに、愛されているのだから。


§


「お! 桂馬じゃん! やっぱり来たのか!」


 智文君を見つけるのは、そう難しいことじゃなかった。

 十代の若者が花見をしているのは、それだけで目立つ。

 

「おー桂馬! 久しぶり!」

「あれあれー? 隣の子って噂の彼女さん?」

「マジ可愛いんだけど、花宮高校レベル高くね?」

「あははー! アタシ負けたかもー!」


 クラスメイト全員という訳ではなく、その場には十名ほどしかいなかった。

 それでも、正直、顔を見て名前を言えるのは半分もいない。

 

「うん、皆に彼女を紹介したくて、やっぱり来ることにしたんだ」

「ひゅーひゅー! やるねぇ、じゃあさっそくお願いしましょうか!」


 ノノンは怖いのか、僕の腕にしがみついたまま喋ろうとしない。

 でも、逃げずにこの場にいる、それだけで十分だ。


「紹介するよ……彼女の名は火野上ノノン、僕が保護観察してる選定者の女の子だ」


 場が固まった、これが、世間一般の選定者の評価だ。

 身体を自ら売って、汚れて、生きることを諦めていて、乱暴で、凶悪な存在。


「そして、いま現在、僕がお付き合いしている最愛の人だ」


 そんな風潮から、僕は逃げたりはしない。

 頑として立ち向かってやる、僅かでも変えていってやる。

 なぜなら、僕はノノンのことを世界で一番、愛しているから。


§


次話『どこの場所にも味方がいる。たとえそれが、ギャルだったとしても』

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