第112話 早く結婚しちゃえばいいのに。
3/30 土曜日 19:00
「あらあら、お父さん寝ちゃったの? しょうがない人ね」
ゴルフ場の時はまだ父さんが歩いてくれたけど、家についたらもうダメだった。
母さんにも手伝ってもらいながら、父さんを一階の和室に敷いた布団に寝かす。
「せっかくご馳走作ったのに……どうする
「父さん、昼間にお酒とかツマミ食べてるしね、そうしとくよ」
「じゃあ、そうしちゃいましょうか」
母さんがキッチンへと向かうと、ノノンもぱたぱたと付いて行った。
「おかあさま、ノノ……わたしも、てつだい、ます」
「あら、本当? やっぱり女の子いると助かるわ」
母さんとノノン、二人並んで立つと母さんの方が大きいんだな。
なんか本当の親子みたいに見える。
仲良さそうにキッチンに立つとか、見ていて微笑ましい。
「はい、桂君の好きな肉団子」
「え、けーまさん、にくだんご好き、なんですか?」
「ええ、子供の頃から大好物なの。誕生日にしか出さなかったんだけどね」
今日は特別って、食卓には湯気立つ肉団子が並べられたんだ。
肉団子と言っても、もち米で牛ひき肉を包んだ母さんオリジナルの料理。
ネギやその他のトッピングと共に丸めて蒸してある肉団子が、僕の大好物なんだ。
美味しいんだよね、これ。
醤油付けて何個でも食べれちゃう。
「あとで肉団子の作り方、ノノンちゃんにも伝授してあげるからね」
「はい! おかあさま! ありがとうございます!」
母さんに礼を伝えた後「やった! けーま!」って僕の方を見て喜ぶんだ。
可愛いよなぁ……全部が一生懸命で、本当に可愛いと思う。
§
夕食が終わると、久しぶりの親孝行として、僕が食器を洗うことにした。
その間にノノンはひとりお風呂へと向かい、母さんはキッチンからテレビを眺める。
一年ぶりなんだけど、一年ぶりって感じがしない。
変わらない実家の安心感って、こういうのを言うんだろうな。
「洗い終わったよ、母さんも何か飲む?」
「コーヒー、淹れてくれると嬉しいかも」
「はいよ、インスタントね」
明後日から四月だけど、気温的にはまだまだホットが恋しい。
ポットのお湯で作ったコーヒーを手渡すと、僕も席に着いた。
「桂君って昔からブラックよね……よく飲めると思うわ」
「そう? 慣れると美味しいよ。太らないしね」
「うぐっ、その余計な一言は母さんを傷つけるわね」
言うほど太ってないくせに。
母さんの脂肪はどちらかと言うと全部胸にいってると思う。
まぁいいか……いつものようにコーヒーをすすり、ほっと一息。
「桂君、マンションでの暮らしはどう?」
「……悪くないよ。毎日が刺激的で、この一年が本当にあっという間だった」
それまで家で引きこもって過ごしてたのがウソみたいに、毎日が新鮮で楽しかったんだ。
一晩じゃ語りつくせないほどの思い出が、会話をいつまでも弾ませる。
「――――でね、僕、最優秀保護観察官として受賞したんだよ」
「あら凄い、最優秀保護観察官か。なんだか、桂君が遠くに行っちゃった感じがするわね」
「別にそんな、目の前にいるし」
「ううん、でも……もう、私の知ってる桂君じゃないのかもしれないなって、そう思ったの」
母さんは頬杖をつきながら、僕を優しい目で見るんだ。
「成長した、大人になった感じがする」
「そうかな、僕自身、何も変わってないと思うけど」
「自分の変化には、なかなか気づけないものよ」
成長、したのかな。
でも、母さんにそう言って貰えると、なんか嬉しいかも。
「そういえば、今日ノノンちゃんが寝る部屋なんだけど」
「うん」
「桂君の部屋に布団敷いてあるから、そこでちゃんと寝なさいね」
「……え? 母さんの部屋とかじゃないんだ?」
そこまで伝えると、母さんは含みのある笑みを浮かべたんだ。
「私は、今日は父さんと一緒に寝たいかな」
「……そうですか、分かりました」
さすがに察することが出来る。
二人ずっと仲が良いもんな。
「あの」
声のする方を見ると、首にタオルを掛けたノノンの姿があった。
乾ききっていない髪で寝間着を濡らさないようにしている姿に、ぐっと目を引かれる。
「おふろ、いただきました……けーまさんも、どうぞ」
「うん、ありがとう。すぐに出るから、母さんとお話でもしといて」
「あ、うん、わかり、ました」
久しぶりの実家の風呂か、狭いとか言ったら怒られそうだ。
§黒崎花嫁視点
桂君に言われたものの、ノノンちゃん、どうしていいかちょっと困ってる感じ。
「いいわよ、どこでも好きな場所に腰かけて」
「……あ、は、はい。失礼、します」
さっきまで桂君が座ってた席に座ると、太ももで手を挟んで、視線を下へと向けてる。
仕草が可愛い、桂君が惚れちゃうのも分かるなぁ。
「麦茶でも飲む?」って聞くと「はい」って答えてくれて。
けれん味のないノノンちゃんの表情は、あどけなさが残る女の子そのものね。
「今日はお父さんの相手させられて、疲れちゃったでしょ?」
「……えと、いえ、初めてのゴルフで、とても楽しかった、です。でも、上手く出来たのかは、ちょっと分からなくて。お父さん、困らせちゃったかも、です」
「困ってたらあんなにならないわよ。ふふっ、十分見込みありだと、私は思うけどな」
そうですかって、ノノンちゃんはまた俯いてモジモジしてる。
桂君が消えた方をチラっと見たりして、まだまだ不安が消えてない感じね。
「ねぇ、ノノンちゃん」
「あ、は、はい」
「もう、そんなに背伸びしなくても大丈夫だからね」
「背伸び、ですか?」
ノノンちゃん、びっくりした猫みたいに目を大きくしちゃって。
表情が豊かね、多分この子はウソが下手な子なんだって、なんとなく分かる。
「私の夫……桂君のお父さんはね、最初だけちょっと人見知りしちゃう感じがするんだけど、一度認めた相手は何があっても護ってくれる人なの。だから、もう練習した時みたいに、無理して喋る必要はないからね」
「……はい」
「それに、旦那が何か言っても、私が黙らせちゃうから。あの人、私にだけは弱いのよ?」
「そうなん、ですか?」
「そうよぉ? きっと桂君もノノンちゃんが相手だと、何も出来ないんじゃないかしら?」
「ふふっ、たぶん、そんな感じ、します」
あら、ようやく笑ってくれた。
優しい笑顔……こんな子があんな過去を、ね。
「ノノンちゃん」
桂君は受け入れたのだから、私も受け入れる。
きっと、お父さんだって受け入れるに決まってるわ。
「いつでも遊びに来ていいからね。ノノンちゃんなら、ウチはいつでも大歓迎だから」
桂君がどれだけこの子を大事にしてきたのか、聞かなくても分かる。
この子が黒崎ノノンになる日は、きっとそう遠くない。
嘘のないこの子のまっすぐな性格は、桂君を捉えて離さないって分かるから。
「ありがとう、ござい、ます」
思わず抱きしめたくなっちゃうくらいに可愛くて。
それなのにとても繊細で、気を付けないとすぐに壊れてしまいそう。
「……あ、あれ、ごめ、なさい、涙が、あ、あれ」
「いいの、嬉しいって、身体が分かってるのよ」
タオルで拭いてあげても、ぽたぽた落ちて来ちゃう。
私の心は今日一日で、完全に射抜かれちゃったな。
この子が娘になる日が、とても待ち遠しく思える。
早く結婚しちゃえばいいのに。
二年か三年か、待ち遠しいなぁ。
§
次話『差別』
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