第111話 ヒロインを懸けた父子の戦い

3/30 土曜日 15:00


「父さん、ゴルフ行くって言ってるけど……本当に行くのかな?」

「あら、お父さんのゴルフの腕前はプロ級って知ってるでしょ? 間違いなく行くでしょうね」


 キッチンで洗い物をしている母さんは楽しそうに返事をしているけどさ、酒に酔った父さんと一緒にゴルフとか、これまで経験したことない状況が生まれそうなんだけど。


 和室からはノノンと父さんの楽し気な会話が聞こえてくるし、大丈夫かな。


「それにしてもノノンちゃん、会話の練習しただけで随分と上手に喋れるのね」

「うん、以前日和ひよりさん……ああ、クラスメイトの女の子なんだけどさ。日和さんがノノンに教え込んだら、凄く上手に喋れたことがあってね。多分いけるんじゃないかなって思って練習させたんだけど、想像以上に上手くいってなによりだよ」


 最初のあいさつ文は憶えられなかったからノノンの掌に書いてあるけど、それ以外はアドリブでノノンが喋っている部分が多い。


 なんか、高校一年の最初の頃、クラスメイトで集まった時のことを思い出す。

 あの時もノノンは男受け良さそうに相手をして、その場を乗り切ったんだ。

 でも、その後の帰り道で嫌そうにしてたから、それから避けてはいたんだけどね。


「それにしてもゴルフに行くんじゃ、スカート変えないとよね」

「そっか、じゃあ父さんには諦めて貰おうかな」

「ううん、せっかく上機嫌なんだから、行かせた方が良いと思う」

「でも、服が無いんじゃ」


 洗い物の手を止めた母さんは、エプロンで手を拭いながら僕の方を見やる。


「母さんのお古でも、ノノンちゃんは大丈夫でしょ?」

「母さんのお古でも大丈夫かもしれないけど、そういう問題じゃなくて」


 僕が言いたいのは、ノノンの身体に残る傷のことだ。

 今は味方してくれている母さんだって、あの傷を見たら敵になるかもしれない。

 口には出せない疑念だったんだけど、母さんはその意図をすぐに汲んでくれたんだ。


「分かってる。父さんには見せなかったけど、私はノノンちゃんの身上書、全部見てるから」

「……そうなの?」

「ええ、渡部さんから貰ってね。本当、桂馬は優しい子に育ってくれて、母さん嬉しい」


 むぎゅって胸に潰されそうになるぐらい抱きしめられて、頭を撫でられた。

 僕よりも背が小さいのに、いつまでも僕を子供扱いして。

 

「という訳で、何も心配しなくていいから。早くノノンちゃん呼んできなさいな」

「……分かった、ありがとうね、母さん」


 全てを知った上で、ノノンを受け入れてくれている。

 なんだろう、肩の荷がどっと下りたような気がするよ。

 安心っていうのかな……結構、嬉しいかも。

 

「ノノン、母さんが呼んでる。ゴルフ行くなら着替えなさいってさ」

「ふぇ、ノノン、きがえるの? ……あ、き、着替えるんですか?」

「うん、着替えるの。母さんの部屋二階だから、二階においでってさ」

「わ、わかり、ました」


 言い直して丁寧に喋るノノン、本当に可愛い。

 部屋を出る前に父さんに一礼してから、彼女は階段を上がっていった。


「おい、桂馬」

 

 名を呼ばれて振り返るも……父さん鼻頭まで赤く染めて、どれだけ飲んだんだよ。


「なに? もうお酒はないよ?」

「お前、あの子と一緒になるのか?」

「……多分」

「そうか、父さんな、あの子は良い子だと思うぞ。選定者だなんだ言われるかもしれんが、お前がブレたりしなければ大丈夫だ。父さんが太鼓判押してやる」


 言うと、父さんは立ち上がり、ぐっぐっと腕のストレッチを始めた。

 

「さてと、少しはカッコいい所を見せないとだな」

「まぁ、ほどほどにね」

「お前もゴルフ、忘れた訳じゃないだろう?」

「分かってるよ。じゃあ手取り足取り、ノノンへのご教授、宜しくお願いしますね、父さん」

「……ん、任せておきなさい」


 この二人が僕の両親で良かった。

 なんとなしに、そう思える。


「けーま!」


 たんたんたんと階段を駆け下りてきたノノンが、僕の名を軽快に呼んだ。


 ヒラヒラのミニスカートの下に黒のレギンスを穿き、上は薄手の長袖にワニのワンポイント、二本のラインが肩から袖口まで入ったブランド物を身にまとったノノンは、やっぱり可愛くて。


「似合って「おー! それ花嫁はなめのだな! 凄い似合ってて母さんが若返ったみたいだ!」」


 ……僕の感想は、完全に搔き消されてしまった。

 でも、ノノンは満更でもないみたいで、口に手を当てながらも喜びを言葉にするんだ。

 

「そんな、お母さまに失礼、ですよ!」

「はは、君みたいな可愛い子に似てるんだ、妻だって喜ぶさ」


 言いたい放題だな、後で母さんに怒られても知らないぞ。


§


 ゴルフ場へと到着すると、さっそく父さんは見知らぬ人たちとの会話を始めていた。  

 多分、近所のゴルフ仲間だろう、父さんの顔が広いのは子供の頃から知ってる。


「よし……こんな感じだ。ノノンさん、こっちに立ってみなさい」


 お手本を数打見せられた後、父さんはノノンへとレクチャーを開始する。


「いいかい、クラブを握る時に、人差し指から当てて握るんだ」

「……こう、ですか」

「うん、いいよ。今回は七番アイアンだから、左足はボールよりも前、正対に構えて」

「でき、ました」

「お尻は出来るだけ後ろに出して、若干前かがみで、身体をバネのように捻って、足を動かさずに振り、振り抜く時に足をきゅっと前に向けるんだ。よし、それじゃあ一回やってみようか」


 教え方がいいんだろうね。

 ノノンは父さんから教わって数回振り抜いただけで、球に当たるようになったんだ。  

 

「当たった! お父様、当たりました!」

「うん! ナイスショット! その内もっと遠くに飛ぶようになるぞ」

「本当、ですか! 楽しみです!」

「じゃあ、好きなだけ打ってみなさい。数をこなすのが一番の練習だからね」

「はい!」


 言われた通り、ノノンは何回もスイングするんだけど。

 ゴルフ場って基本、オジサマの集いなんだよね。

 若い女の子の存在自体が稀有で、いるだけで注目度が凄いんだ。


「黒崎さんとこの娘さんかい? いいスイングしてるねぇ」


 知り合いはもちろん、無関係の人まで何人も集まってくる。

 そして視線は僕だって分かるぐらいに、ノノンのおっぱいに向けられているんだ。


「――――ふっ!」


 スイングした後に、おっぱいが揺れる。

 以前聞いた時がFカップだったっけ? 多分もうGなんじゃないかな。

 ノノンのおっぱいは未だに成長を続け、明らかに一年前よりも成長している。

 おーってノノンが振り抜くたびに歓声が上がるけど、これ絶対目的違うよな。

 

 しかしまぁ、クラブを握ったゴルフウェアのノノンって、妙に似合っているというか。

 普段しないポニーテール姿で、打ったボールを目で追っている仕草とか、本当可愛い。

 そんな僕の視線に気づいたノノンが、僕の方を向いてニッコニコに笑みを見せるんだ。

 

「けーま! ノノン……えっと、桂馬さんは、打たないんです、か!」

「……打つよ、たまにはやらないと、感覚忘れそうだし」


 とはいえ、父さんに連れてきてもらってたのは、小学校低学年の頃だ。

 あの頃はドライバーを無理に振ってたけど……今は、三番アイアンにしておこう。


 向かいの打席に立っているノノンが、嬉しそうに僕を見ている。 

 少しくらいカッコいい所を見せないと……父さんに負ける訳にはいかないし。


 すー はー 

   すー はー


 グリップを握り締めて、上体はブラさず、足も動かさずに腰を限界まで捩じる。

 トップまで持ってきた所で、腰をバネのようにしならせて、足の遠心力で一気に。


 キィンッ……


 わずかな金属音が響くと、僕の放った打球は放物線を描いて綺麗に飛んでいった。

 打った後の心地良さは、やっぱりゴルフが一番だな。


「わー! けーま! ないすしょっと!」

「……まぁ、こんな感じかな」

「すごいね! けーま、すごい!」


 ぱちぱちぱちぱち……


 ふん、どうだ父さん。

 いろいろ教え込まれたからね、球技なら負けない自信があるんだよ。

 ボウリング以外、全部途中でやめちゃったけどさ。


「……才能のごく潰しだな」

「負け惜しみ言っちゃって」

「本物を見せてやる」


 父さんがプロ級なのは、母さんから聞くまでもなく知っている。


 子供相手に大人げない戦いを繰り広げた父さんは、結局日が沈むころには酒が回り、ギブアップという形で打ちっぱなしは終了となった。


「おとうさま、ねちゃったね」

「無理しちゃって……そろそろ帰ろうか」

「うん、ノノン、たのしかった!」


 もう日が暮れている。

 夜ご飯食べて、今日は予定通りお泊まりだな。


§


次話『早く結婚しちゃえばいいのに』

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