第107話 寂しさを紛らわせる為に。
3/27 水曜日 10:30
別れの際、見送る側は思い出の囚人になってしまうんだと、何かで読んだ。
部屋に残る思い出のひとつひとつが、寂しさとなって溢れてしまうんだと。
「これ、ぽにょぽにょ、みーこの……」
「もう、みーこちゃんいないんだから、全部剝がしちゃおうね」
「……みーこ、うぇぇん……」
昨日のお別れがノノンにとって相当厳しかったらしく、ことあるごとに思い出しては泣いてしまって、正直なところ作業が全くはかどっていない。絨毯だってもう不要だし、テーブルや柱に付けた緩衝材だって全部不要なのに。
「業者さんが来て全部回収していくから……って、ノノン、ベビーベッドで寝ないの」
「ここ、みーこの匂いがするの」
「するかもしれないけど、もうダメだよ」
ベビーベッドで丸まって寝れるって、どれだけ軽くて小さいんだよ。
完全に奈々子&みーこちゃんロスに入ってしまっている。
想像以上にダメージが大きすぎる。
これは何かしらテコ入れをしないとダメだ。
という訳で、
『そうか……それで、気晴らしを兼ねて一度実家へ帰りたいと、そういう事だね』
「はい、思えば丸一年実家に戻ってませんので、時期的にも丁度良いかと思いました」
『分かった、では車を手配しておくから、実家へ戻る日程を決めておいて欲しい』
「ありがとございます……あの、依兎さんや
さりげなく、二人のことが聞けないかなと思ったのだけど。
『選定者がどのように行動しているのかを知る方法は、観察官が記録した報告書のみとなっている。まだ顔合わせの段階だからな、何も情報は入ってきていないよ。……とはいえ、黒崎君のところにいた二人だ、私は何も心配していないがね』
そうか、まだ顔合わせの段階か。
実際に僕とノノンが暮らし始めたのも四月一日だったっけ。
袖を通したり、悪臭凄いノノンを綺麗にしたり、大変だったなぁ。
「……すいません、変なことを聞いてしまって」
『構わない、気持ちは理解できる。では、これにて通話を終わりにするが、他に何かあるかな?』
「いえ、大丈夫です」
『そうか……ああ、そうだ、頂いた電話で申し訳ないのだが、一件伝えなくてはならない事があるんだった』
伝えなくてはならないことって、なんだろう?
聞き逃さないように、スマホをぐっと耳に押し当てる。
『次回の報告会、少々趣向が変わるらしい』
「……報告会というと、ゴールデンウイークのですか?」
『ああ、そうだ。何でもポイント制にしたことにより、どうせなら競わせた方が良いのではないか? という案が以前から出されていてね。もしかしたら全国規模の大会になるかもしれないとのことだ。意外と、
嘘だろ、全国規模での大会? それって大運動会とか、そんな感じ?
『もしかしたら日程も変更になるかもしれん、詳細は追って連絡する』
「あ、ありがとうございます! 何か分かったらすぐに連絡お願いします!」
『ふふっ、了解した。では、またな』
通話を切っても、興奮が冷めやまない。
凄いな、全国規模の大会とか、さすが国の力だ。
関西組も総出ってことは、次回の大会はポイント割り振りとかどうなるんだろう?
ああ、気になることが盛りだくさん過ぎて、なんか一人興奮してしまうぞ。
「……けーま?」
「あ、ノノン! いま渡部さんから教えて貰ったんだけどね!」
大会の話を伝えると、ノノンの赤い瞳が一気に輝きを増していく。
宝石のように輝かせると、両手を握り締めてぴょんぴょん跳ねるんだ。
「ノノン! みんなに会えるの! うれしい!」
時期が変わると言っていたけど、そう遠くはならないはずだ。
気分転換を兼ねて実家に帰ろうと思っていたのに、これはスクープを入手してしまったぞ。
神崎君や舞さんにも教えてあげよう、きっとみんな喜ぶはず!
「けーま、ちゃいむ、なってるよ?」
「ん? あ、そっか、みーこちゃんの荷物か」
業者がみーこちゃんの荷物を搬出するのがもどかしく感じてしまう。
さっきまで寂しいでいっぱいだったのに、人間って勝手だなって、何となく思った。
§
『全国規模の大会?』
「うん、さっき渡部さんから初めて聞いてね、さっそく舞さんにも伝えようと思ってさ」
「まいー! げんきー!? ノノン、げんきだよー!」
依兎さんや奈々子さんは連絡が取れないけど、舞さんならビデオ通話が可能だ。
画面の向こうには、既に岡山のマンションに到着している舞さんの姿が映っている。
薄手の長袖にパンツスタイルは、みんなで保養所に行った時のようだ。
『ありがとう、私も元気よ。それにしても大会か……恐らく観察者と選定者がペアになって競技に挑むのでしょうね。謎解きとか、徒競走とか、かくれんぼ、鬼ごっこ、ふふっ、絞り切れないわね』
「ノノン、まけないから! けーまといっしょ、ゆうしょうするの!」
『あらあら……それにしても、あんな別れ方したのにすぐに再会とか、ちょっと恥ずかしいわね』
「それは、僕も同じことを思いました」
『ふふっ、でも、嬉しそう。私このあと打ち合わせがあるの、連絡してくれてありがとうね』
「ああ、忙しい所すいませんでした」
『ううん、嬉しかった。またね』
通話を終えた後、僕はどこか晴れ晴れとした気分になってしまっていた。
どんなに離れていても、こうして会話をすることが出来る。
文明の利器、本当にありがたい。
「けーま、つぎ、じっか?」
「実家……そっか、すっかり忘れてた。とはいえ両親二人となると、土曜日かな」
「どようび、けーまのじっか……ノノン、きんちょう、する」
「大丈夫だよ、あの時のノノンじゃないんだから」
僕たちが初めて顔合わせをしたあの日、ノノンは悪臭と共に家にやってきたんだ。
思い返せば、僕たちが初めて顔合わせした時って、母さんもいたんだっけ。
初めての日か、懐かしいな、もう一年前になるのか。
「……そういえば、初顔合わせの日、ノノンって僕を見てニヤって笑ったよね。あれ、なんで笑ったの?」
思い出しながら口にしたところ。
当時を思い出したのか、顔を真っ赤にしたノノンに思いっきり背中を叩かれた。
「し、しらない! ノノン、しらないから!」
この反応、多分、ノノンにとって触れて欲しくない黒歴史なのかもしれない。
可愛いから
土曜日に帰っていいか母さんに聞くと、即答でOKを頂けた。
息子が実家に帰るのだから、別に了承なんていらない気もするけど。
「はぅぅ……ノノン、どようびのじゅんび、いまからしないと」
まだ水曜日なんだけどね、ちょっと気が早くないかい?
可愛いからいいけどね。寂しい言ってるよりかは、全然良いと思うよ。
§
次話『むすこさんをわたしにください!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます