第108話 むすこさんをわたしにください!
3/30 土曜日 10:00
寂しさを紛らわせる、という目的だけで見るならば、実家に帰るという案は大正解だったのだろう。水曜日からこの三日間、ノノンは自分磨きに没頭し、どこの舞踏会に行くのでしょうか? というレベルでお化粧をばっちり決め込んでいる。
「実家に帰るということは、ご報告って奴だろ?」
「ついに娘さんを僕に下さいって言うんだね、さすが
「バカ
「あ、そっか、じゃあノノンちゃん、頑張ってね!」
春休みに暇だったのか、昨日
やめて欲しい、うちの可愛いノノンはそういうのを真に受けちゃうタイプなんだから。
「む、むむむ、むすこさんを、わたしに、ください!」
鏡を前にして、ドレスアップしたノノンが顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
七三に分けた赤い髪が額の傷を綺麗に隠し、黒のデコルテゾーンが大きく開いた服を着るも、やはりそこにあったはずの傷は化粧で完全に消えている。腰のあたりで大きいリボンを作ったロングスカートを穿き、肌色のストッキング、足には飾り気の少ないパンプスを履く。
多分、ガチ目にご報告スタイルなのだろう。
古都さんと日和さんが選んでいたから、間違いない。
「むすこさんを、わたしにください!」
「言わなくていいから、普通に挨拶だけすれば大丈夫だからね」
「だって、ノノン、けーまほしい!」
「……それは、ありがとうだけどさ」
欲しがるならくれてやりますよ。
むしろ僕だってノノンが欲しいくらいだ。
「それじゃ、もう準備はいいかな?」
「……は、はい! だいじょうぶ、です!」
手を取るとがたがた震えていて。
だから、実家に帰るだけだって。
ノノンは心配性だなぁ。
3/30 土曜日 11:30
マンションから一時間半、土曜日ということもあって道路が若干混んでいたけど。
「一年ぶりだけど、
小学生の頃から見知った街並みは、そうそう変わるものではないらしい。
通っていた幼稚園や小学校が目に入ると、ノノンに逐一それらを教えてあげた。
「ノノンも、いっしょに、かよいたかったなぁ」
「そうだね、そうしたら、僕がずっと側でノノンを守ってあげられたのに」
「……うん、ノノンも、けーまにまもられたかった、な……」
時の流れが絶対に戻らないのと同じで、それは叶うはずのない夢物語だ。
タイムリープ的なものが発動したとして、果たして無力な僕がどこまで出来るのか。
それでも、全力で抗うんだろうなと、なんとなく想像できる。
ノノンの手を握ると、彼女も微笑みながら僕の手を握り返してくるんだ。
両親に会うんだ、鎖は外してある。そのままでも良かったんだけど、さすがにね。
「そろそろだね、降りる準備しておこうか」
まもなく実家に到着する、それに気づいたノノンがいきなり背筋をピンと伸ばした。
「う、うん! おりるじゅんび、だいじょうぶだよ!」
「別にそんな、緊張する必要ないから」
「わわわ、わかってる、よ!」
本当に分かってるのかな? ガッチガチに固まった様子は、初めて面接を受ける学生さんみたいに見えるけど。でも、急に緊張をほぐせって伝えても、どうにかなるもんじゃないよね。だから、ノノンの手を握ったまま、僕は車を降りたんだ。
二階建ての庭付き一戸建て、ペットはいない、子供は僕一人。
門扉入ってすぐに母さんの電動自転車があり、その奥には僕の自転車が残されていた。
一年が経過したとは思えない、一瞬で昔に戻りそうになる。
でも――
「けーまぁ……」
「大丈夫、さっそく入ろうか」
――今は、隣に最愛の人がいる。
昔とは違う、今の僕はノノンの彼氏なんだ。
「母さん、帰ったよ」
チャイムを鳴らすと、しばらくして玄関の鍵を開ける音と共に、扉が勢いよく開いた。
「
僕の母さん、黒崎
黒髪のショートカットは、結構短めだ。
年齢はいつ聞いても誤魔化すから詳細は不明だけど、僕が十六歳なんだ、それなりにはいってるはず。けれど、隣に並んで歩くと「姉弟ですか?」と聞かれるくらいには若い。決して僕が老けている訳ではなく、母さんが異常なまでに若いんだ。
そんな母さんが僕のことを抱きしめて、豊満な胸に押しつぶすように沈めていく。
抵抗はしない、するだけ無駄って知ってるから。
「んんんんん! あー! 桂君久しぶり! 背が伸びたね! 抱きしめてるのに顎しか見えない! 男子、三日会わざれば刮目して見よって本当ね! もう全部違う! 桂君!」
そろそろ、ちょっと恥ずかしくなってきた。
なすがままでいるのもなんだと思い、よいしょと母さんを両手でのける。
「ただいま、急に帰りたいとか言ってごめんね」
「ううん! 桂君のお家はいつだってここだから!」
「ありがと……それと、紹介するでもないけど、
ノノンはご報告コーデのスカートを両手に持ち、貴族のようにしずしずと頭を下げた。
こんなのいつ覚えたの? って思ったけど、恐らく日和さんあたりだろう。
ゆっくりと顔を上げると、ノノンは母さんへと練習通りの挨拶をしたんだ。
「む、むむむ、むすこさんを、わたしにください!」
おめめグルグルの状態で、ノノンは母さんへと叫ぶ。
後で古都さんと日和さんにお説教をしておこう。
そう、決意した瞬間だった。
§
「あの時の子が……桂君、この一年でずいぶんと頑張ったのね」
「話したら語りつくせないくらいには、いろいろと経験したつもりだよ」
「さすが私の息子、ノノンちゃんも幸せそうで何よりね。それにしても」
ちらりと、母さんは僕たちの繋がっている手を見やる。
「ふふっ、そういうことなの?」
「……一応、そういうこと」
「あらあら、じゃあノノンちゃんには、黒崎家直伝の料理を教えてあげないとかな」
ウチに伝わる直伝料理なんてあるのか、知らなかったぞ。
ノノンはそれを聞くなり、両手を握り締めて神に祈るように「ありがとう、ございます!」って母さん相手に叫ぶんだ。
「お昼の前に、ノノンが部屋とか見たいって言ってるんだけど、いいかな?」
「いいけど……桂君、大人な遊びは大人になってからね?」
「分かってるよ、大丈夫だから安心して」
「母さん、ちょっとだけ心配だなぁ……なんて、うそうそ。お昼ご飯はお父さん帰ってから、一緒に食べましょうね。多分、そろそろ帰ってくると思うから」
そういえば車がなかったな、父さんのことだ、釣りかゴルフにでも行っているのだろう。
「それと、お父さんなんだけど」
「父さんが、どうかした?」
「桂君、お父さんが何を言っても、怒ったりしたらダメよ?」
どういう意味だろうって思ったけど、答えに辿り着くのは簡単だった。
「大丈夫、父さんのことも説得してみせるよ」
選定者というレッテルは、通常受け入れがたいものなんだ。
親の立場からしたら、出来る事なら一緒になって欲しくない相手。
でも、例え父さんが反対したとしても、僕は僕を変えるつもりは一切ないけどね。
§
次話『お部屋でいちゃいちゃ』
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